66 / 267
観察
しおりを挟む
「……だからと言って……そんな……」
「お嬢様と違って、次期様は早々に王太子殿下の近衛や文官を兼ねる側近候補としてお側に上がっていましたから、シーナ様にお会いする機会が多かったようでございますよ?」
「え?」
ルエナが呟いていたのは学園内で王太子が子爵令嬢を優遇して側に置いている理不尽さについてだったが、ポリエットが話しているのはアルベールやルエナが幼子だった頃のことだ。
噛み合わないその言葉に、ようやくルエナの注意が向く。
「会う機会が多い……?」
「ええ。何故わたくしをこのお屋敷に戻るように説得されるために次期様とシーナ様が同席されるのかとお聞きしましたら、オイン子爵当主様に引き取られる時に国王ご夫妻にお目通りするまで男の子の姿で、たびたび王太子殿下と次期様とご一緒に遊ばれていたそうなのですよ?」
「……え?」
「……ひょっとして、ルエナは覚えていないのか?」
兄は確かにそう言った。
覚えてなんか、いるわけがない。
ルエナは拒否をした。
シーナ・ティア・オイン嬢を。
茶色い帽子をかぶったあの男の子を。
だが──
「でも……あの子は、とても……とても、汚い……汚かったわ……ええ……くすんだ、変な黒っぽい……」
「お母様譲りの赤みがかった金髪を隠すために、実のお父様がわざと木炭で髪を染め隠し、オイン子爵家譲りの瞳の色になるべく気付かれないようにと苦心されて、あのように育てられたと」
「染め……」
それならば、気づかなくても仕方ないではないか。
年に一度、もしくは二度、しかも絵を描くためだけに父親に連れられた少年。
そんな者に気を遣る必要など──
「……次期様はシーナ様が何者であっても、友人にならないという理由にはならない、と。たとえ貴族籍があってもなくても」
そしてシーナ嬢を見る目が、友情以上であることも。
ポリエットは客観的に見ればまったく隠しきれていない次期様──アルベール・ラダ・ディーファン次期公爵の熱い視線に関しては口を噤んだ。
それこそ──ちゃんと目を開いて見れば、家族であれば、わかるはずだから。
だがルエナはポリエットの言わんとすることには気が付かず、ただ自分が今まで学んできた『下位貴族や平民は相手にする必要はない』という常識を否定されたことに混乱している。
その姿は間もなく貴族学園を卒業し王太子妃として王宮に昇るにはあまりにも幼く、そして王宮に勤める者たちから侮られたり疎まれたりしかねない思考を持った『資格のない少女』にしか見えない。
このままこの家から出すわけにはいかないことは、ただの乳母であったポリエットでもわかる。
いや──このまま王宮に昇ってから国王夫妻によって『王太子妃にふさわしくない』と断罪され、傷物として降殿させることが目的ならば、他の高位貴族家としてはルエナの思想教育を偏らせることに、そして煽ることに注力するかもしれない。
そうして傷心し、しかも王太子婚約者として教育を受けたルエナを、下位貴族であろうとも簡単に受け入れてくれるところはないだろうから、そこに付け込んでディーファン公爵家の財産と他国の尊い血統とを手に入れるための『道具』として利用されるしか道が無くなってしまう。
シーナ嬢がそのように予測しながら公爵夫妻やポリエットに向かって話した『最悪の未来図』はあり得ないものではなく、しかもおかしなお茶を飲まされて洗脳されている状態のルエナにはこの言葉は響かないだろうというその意味を、目の前で処理しきれない姿を見せるお嬢様を見たポリエットは正しく理解した。
「お嬢様と違って、次期様は早々に王太子殿下の近衛や文官を兼ねる側近候補としてお側に上がっていましたから、シーナ様にお会いする機会が多かったようでございますよ?」
「え?」
ルエナが呟いていたのは学園内で王太子が子爵令嬢を優遇して側に置いている理不尽さについてだったが、ポリエットが話しているのはアルベールやルエナが幼子だった頃のことだ。
噛み合わないその言葉に、ようやくルエナの注意が向く。
「会う機会が多い……?」
「ええ。何故わたくしをこのお屋敷に戻るように説得されるために次期様とシーナ様が同席されるのかとお聞きしましたら、オイン子爵当主様に引き取られる時に国王ご夫妻にお目通りするまで男の子の姿で、たびたび王太子殿下と次期様とご一緒に遊ばれていたそうなのですよ?」
「……え?」
「……ひょっとして、ルエナは覚えていないのか?」
兄は確かにそう言った。
覚えてなんか、いるわけがない。
ルエナは拒否をした。
シーナ・ティア・オイン嬢を。
茶色い帽子をかぶったあの男の子を。
だが──
「でも……あの子は、とても……とても、汚い……汚かったわ……ええ……くすんだ、変な黒っぽい……」
「お母様譲りの赤みがかった金髪を隠すために、実のお父様がわざと木炭で髪を染め隠し、オイン子爵家譲りの瞳の色になるべく気付かれないようにと苦心されて、あのように育てられたと」
「染め……」
それならば、気づかなくても仕方ないではないか。
年に一度、もしくは二度、しかも絵を描くためだけに父親に連れられた少年。
そんな者に気を遣る必要など──
「……次期様はシーナ様が何者であっても、友人にならないという理由にはならない、と。たとえ貴族籍があってもなくても」
そしてシーナ嬢を見る目が、友情以上であることも。
ポリエットは客観的に見ればまったく隠しきれていない次期様──アルベール・ラダ・ディーファン次期公爵の熱い視線に関しては口を噤んだ。
それこそ──ちゃんと目を開いて見れば、家族であれば、わかるはずだから。
だがルエナはポリエットの言わんとすることには気が付かず、ただ自分が今まで学んできた『下位貴族や平民は相手にする必要はない』という常識を否定されたことに混乱している。
その姿は間もなく貴族学園を卒業し王太子妃として王宮に昇るにはあまりにも幼く、そして王宮に勤める者たちから侮られたり疎まれたりしかねない思考を持った『資格のない少女』にしか見えない。
このままこの家から出すわけにはいかないことは、ただの乳母であったポリエットでもわかる。
いや──このまま王宮に昇ってから国王夫妻によって『王太子妃にふさわしくない』と断罪され、傷物として降殿させることが目的ならば、他の高位貴族家としてはルエナの思想教育を偏らせることに、そして煽ることに注力するかもしれない。
そうして傷心し、しかも王太子婚約者として教育を受けたルエナを、下位貴族であろうとも簡単に受け入れてくれるところはないだろうから、そこに付け込んでディーファン公爵家の財産と他国の尊い血統とを手に入れるための『道具』として利用されるしか道が無くなってしまう。
シーナ嬢がそのように予測しながら公爵夫妻やポリエットに向かって話した『最悪の未来図』はあり得ないものではなく、しかもおかしなお茶を飲まされて洗脳されている状態のルエナにはこの言葉は響かないだろうというその意味を、目の前で処理しきれない姿を見せるお嬢様を見たポリエットは正しく理解した。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです
灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。
それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。
その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。
この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。
フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。
それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが……
ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。
他サイトでも掲載しています。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。


【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる