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記憶
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ルエナはあの学期末の交流会で、初めて『シーナ・ティナ・オイン』の顔をしっかりと見て対峙したが、彼女がリオン王太子とたびたび学園内で行動を共にしているという噂だけは聞いていた。
だからといって婚約者である王太子に直接言いに行くという行為は侯爵令嬢としてあるまじきものであると判断し、本当に二人が一緒にいたのかを見たことはなかったが、侍女を遣わせて『特定の女性を仲良くするのはいかがなものか』という忠告をしていたのである。
他人が言うことがすべて──
それがすべてだった。
赤ん坊の時から女家庭教師が来るまで面倒を看てくれたポリエットは優しかったが、簡単な読み書きぐらいしかできなかったため、絵本を読むぐらいしかできなかったが、代わりに母の庭で遊ぶことを厭わず、花や草や虫や鳥、小さな生き物、農民たちが仕事の合間に歌う歌を教えてくれた。
だが女家庭教師はルエナの中に芽吹いていた『美しいものに感動する心』を下品と蔑み、暗い部屋へと閉じ込め、あの毒の入ったお茶を飲ませ始めたのである。
ルエナ自身の希望である『母の庭で走り回りたい』という希望はことごとく潰され、「それは公爵令嬢としてやってはいけない」と言われ続けた。
そのせいでルエナは自分がかつて母の庭で蝶を捕まえ、リスを追いかけ、香り高い野花で花冠を作って自分の人形に被せた思い出まで固く封じてしまったのである。
「……シーナ様が、このようなことをされていましたか?と、とても懐かしいお嬢様をお描きいただきました」
「……え?」
ドクン、と心臓が痛く波打ち、思わずポリエットが目の前に差し出した絵から目を逸らす。
「素晴らしいですわね。本当に『天才』とか『才能がある』というのは、あの方のことを言うのでしょうね。お小さい時に遊ばれていた人形を餞別にお嬢様からいただいたので、それを持参してこちらに戻ってきたと話したら、そのままお人形とお嬢様を描かれて……」
「私……と……人形……?」
ボンヤリと覚えている。
確かそれもあの『先生』が言ったのだ。
そんな汚い人形なぞ、ルエナお嬢様にはふさわしくありませんわ!お捨てにならなければ!
いやぁ!わたしのおともだちなの!
そう言って拒否したのに、あの人形は捨てられてしまって──そして、泣いて──
「でも……餞別に……?」
「ええ。とはいえ、わたくしが勝手に拾わせていただいたのですが。まさかあの『先生』が本当にお人形を捨てるなんて……お別れする時に『わたくしのお家で大事にお預かりします』とこっそりお話したら『いつか会いに行くからね!』と返していただいて……ですので、こうしてここに」
そっと絵の横に、落とし切れない汚れがあるものの、あの時と同じ生地で作られた新たな服を纏った人形が置かれた。
「ルピンちゃん……っ!」
どうしてその人形の名がその名になったのかはわからないが、ルエナが『ルピン』と呼んでいた『妹』がいる。
そして絵の中には、幼い頃のルエナが小さい手で作った花冠をルピンの頭に乗せて笑って──
「ど……して……っ……」
「この頃のお嬢様の絵を描きに、公爵家へ画家の親子が参りましたでしょう?」
「え……ええ……?」
「本当は次期様がお嬢様に直接ご紹介するつもりだったとおっしゃっておりましたが……」
「お兄様が?」
「あの時、画家の連れていた小さな男の子が……シーナ嬢であったと」
だからといって婚約者である王太子に直接言いに行くという行為は侯爵令嬢としてあるまじきものであると判断し、本当に二人が一緒にいたのかを見たことはなかったが、侍女を遣わせて『特定の女性を仲良くするのはいかがなものか』という忠告をしていたのである。
他人が言うことがすべて──
それがすべてだった。
赤ん坊の時から女家庭教師が来るまで面倒を看てくれたポリエットは優しかったが、簡単な読み書きぐらいしかできなかったため、絵本を読むぐらいしかできなかったが、代わりに母の庭で遊ぶことを厭わず、花や草や虫や鳥、小さな生き物、農民たちが仕事の合間に歌う歌を教えてくれた。
だが女家庭教師はルエナの中に芽吹いていた『美しいものに感動する心』を下品と蔑み、暗い部屋へと閉じ込め、あの毒の入ったお茶を飲ませ始めたのである。
ルエナ自身の希望である『母の庭で走り回りたい』という希望はことごとく潰され、「それは公爵令嬢としてやってはいけない」と言われ続けた。
そのせいでルエナは自分がかつて母の庭で蝶を捕まえ、リスを追いかけ、香り高い野花で花冠を作って自分の人形に被せた思い出まで固く封じてしまったのである。
「……シーナ様が、このようなことをされていましたか?と、とても懐かしいお嬢様をお描きいただきました」
「……え?」
ドクン、と心臓が痛く波打ち、思わずポリエットが目の前に差し出した絵から目を逸らす。
「素晴らしいですわね。本当に『天才』とか『才能がある』というのは、あの方のことを言うのでしょうね。お小さい時に遊ばれていた人形を餞別にお嬢様からいただいたので、それを持参してこちらに戻ってきたと話したら、そのままお人形とお嬢様を描かれて……」
「私……と……人形……?」
ボンヤリと覚えている。
確かそれもあの『先生』が言ったのだ。
そんな汚い人形なぞ、ルエナお嬢様にはふさわしくありませんわ!お捨てにならなければ!
いやぁ!わたしのおともだちなの!
そう言って拒否したのに、あの人形は捨てられてしまって──そして、泣いて──
「でも……餞別に……?」
「ええ。とはいえ、わたくしが勝手に拾わせていただいたのですが。まさかあの『先生』が本当にお人形を捨てるなんて……お別れする時に『わたくしのお家で大事にお預かりします』とこっそりお話したら『いつか会いに行くからね!』と返していただいて……ですので、こうしてここに」
そっと絵の横に、落とし切れない汚れがあるものの、あの時と同じ生地で作られた新たな服を纏った人形が置かれた。
「ルピンちゃん……っ!」
どうしてその人形の名がその名になったのかはわからないが、ルエナが『ルピン』と呼んでいた『妹』がいる。
そして絵の中には、幼い頃のルエナが小さい手で作った花冠をルピンの頭に乗せて笑って──
「ど……して……っ……」
「この頃のお嬢様の絵を描きに、公爵家へ画家の親子が参りましたでしょう?」
「え……ええ……?」
「本当は次期様がお嬢様に直接ご紹介するつもりだったとおっしゃっておりましたが……」
「お兄様が?」
「あの時、画家の連れていた小さな男の子が……シーナ嬢であったと」
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