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微変
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そのことは『貴族』として正しい礼儀だとはわかっているが、ずっと引きずっている前世の『自分』がリオン以外の人に『シオン』と、この世界のイントネーションでいいから呼んでほしいと願ってしまう。
だから実は秘かに決めていることがある。
シーナは婚姻の際に『改名』を考えていた。
前世とは違い、身分を捨てたり家名が変わる際、改名するのはそんなに難しくない。
さすがに王族や王家に嫁ぐ者はそうはいかないが、例えば王や王妃、または先代が暗愚であるにも関わらず、同じ名前をもらってしまった二世などはその悪いイメージを払拭するために改名することはある。
その際には国中に知らしめるため大きな行事になってしまうのだが、例えば低位貴族や平民同士の婚姻での改名なら、招待する者にその旨を記した招待状を出せばよい。
だいたいはまったくの改名というよりは『呼び慣れたあだ名の方が気に入っているから。呼ばれ慣れているから』という理由が圧倒的だ。
であれば『シーナ』よりも『シオン』と呼ばれたい。
成人するまでの最短十八年より、その後の人生の方が長く続くのだから。
今日のルエナは珍しく自分の寝室から、共同となってしまった応接室に出てきていた。
乳母だったポリエットが一緒だったというのもあるが、彼女に頼んで子爵令嬢が自室にいないことを確認してもらったからこそ、恐々とではあるが出てこれたのである。
歩く力もずいぶん衰えてしまってはいたが、もうしばらくすれば学園が始まってしまうから、自分を律することを始めなければならない。
とはいえ──実は王太子教育もあるため学園の勉強については先取りして学んでおり、次の学期をまるごと休んでしまっても、最後の学期さえ出れば全く支障がないほどの成績は修めている。
自分は優秀だ。
驕ったつもりはないが、そういう自覚はあり、実際そうであることは他も認めている。
しかしそれまでのルエナの隠された低位貴族以下への選民意識があからさまになった今、見たままに受け取ってくれる者は少ないかもしれない。
少なくとも学期末のあの交流会での出来事はしばらく尾を引いたはずだし、長期休暇に入ってからまったく公爵令嬢として行うべき社交すら怠っていることもあって、きっと学友たちの記憶から消え去っているとは言い難いだろう。
体力だけでなく気力すらおぼつかない今、学園の中で晒されるであろう好奇と蔑みが混じるかもしれない視線に耐えられるとは思えないが、父も母も進んで学園を休ませようとは思わないはずだ。
そうなれば他の公爵家から「そんな気弱で偏見の強い令嬢は王太子妃にふさわしくない」と、リオン王太子自身が保留とした婚約者という座から引きずり降ろされるかもしれない。
それは学園に出ても同じことだろう──「気高さを保つことは大切であっても、単なる傲慢さで他者へ跪くことを矯正する婚約者は、未来の王にとって害にしかならない」と。
「……そんなつもりは、なかったのに」
「ではまずは子爵令嬢に頭を下げることをなさいませ」
「っ……っで、でもっ………」
「元は平民の出と聞きました。しかし、シーナ様はすでにこの家を去らせていただいた私をお嬢様の下に呼んでほしいと言われ、『ルエナお嬢様を元気にしてください』と頭を下げました。立派な淑女の礼をされて。使用人の礼ではありません。よほど引き取られたご実家で厳しく躾け直されたのでございましょうね」
本当は彼女に淑女としての立ち居振る舞いを教えなければ、いやそのための手配をしなければならなかったのはルエナである。
婚約者であるリオン王太子直々にそう命じられたのだから。
だから実は秘かに決めていることがある。
シーナは婚姻の際に『改名』を考えていた。
前世とは違い、身分を捨てたり家名が変わる際、改名するのはそんなに難しくない。
さすがに王族や王家に嫁ぐ者はそうはいかないが、例えば王や王妃、または先代が暗愚であるにも関わらず、同じ名前をもらってしまった二世などはその悪いイメージを払拭するために改名することはある。
その際には国中に知らしめるため大きな行事になってしまうのだが、例えば低位貴族や平民同士の婚姻での改名なら、招待する者にその旨を記した招待状を出せばよい。
だいたいはまったくの改名というよりは『呼び慣れたあだ名の方が気に入っているから。呼ばれ慣れているから』という理由が圧倒的だ。
であれば『シーナ』よりも『シオン』と呼ばれたい。
成人するまでの最短十八年より、その後の人生の方が長く続くのだから。
今日のルエナは珍しく自分の寝室から、共同となってしまった応接室に出てきていた。
乳母だったポリエットが一緒だったというのもあるが、彼女に頼んで子爵令嬢が自室にいないことを確認してもらったからこそ、恐々とではあるが出てこれたのである。
歩く力もずいぶん衰えてしまってはいたが、もうしばらくすれば学園が始まってしまうから、自分を律することを始めなければならない。
とはいえ──実は王太子教育もあるため学園の勉強については先取りして学んでおり、次の学期をまるごと休んでしまっても、最後の学期さえ出れば全く支障がないほどの成績は修めている。
自分は優秀だ。
驕ったつもりはないが、そういう自覚はあり、実際そうであることは他も認めている。
しかしそれまでのルエナの隠された低位貴族以下への選民意識があからさまになった今、見たままに受け取ってくれる者は少ないかもしれない。
少なくとも学期末のあの交流会での出来事はしばらく尾を引いたはずだし、長期休暇に入ってからまったく公爵令嬢として行うべき社交すら怠っていることもあって、きっと学友たちの記憶から消え去っているとは言い難いだろう。
体力だけでなく気力すらおぼつかない今、学園の中で晒されるであろう好奇と蔑みが混じるかもしれない視線に耐えられるとは思えないが、父も母も進んで学園を休ませようとは思わないはずだ。
そうなれば他の公爵家から「そんな気弱で偏見の強い令嬢は王太子妃にふさわしくない」と、リオン王太子自身が保留とした婚約者という座から引きずり降ろされるかもしれない。
それは学園に出ても同じことだろう──「気高さを保つことは大切であっても、単なる傲慢さで他者へ跪くことを矯正する婚約者は、未来の王にとって害にしかならない」と。
「……そんなつもりは、なかったのに」
「ではまずは子爵令嬢に頭を下げることをなさいませ」
「っ……っで、でもっ………」
「元は平民の出と聞きました。しかし、シーナ様はすでにこの家を去らせていただいた私をお嬢様の下に呼んでほしいと言われ、『ルエナお嬢様を元気にしてください』と頭を下げました。立派な淑女の礼をされて。使用人の礼ではありません。よほど引き取られたご実家で厳しく躾け直されたのでございましょうね」
本当は彼女に淑女としての立ち居振る舞いを教えなければ、いやそのための手配をしなければならなかったのはルエナである。
婚約者であるリオン王太子直々にそう命じられたのだから。
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