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野心
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ディーファン公爵は元は侯爵とはいえ、それこそ王妃を輩出するまでは貴族派と王族派のどちらかと言われれば、穏健な王族派の田舎貴族で『国が乱れず領民が平和に暮らせていければいい』というほど中央政治には興味を持たなかった。
むろんそんな一族でも血気盛んな者はいるわけで、どうにか自領やディーファン家を盛り立てようと王都にも立派な屋敷を構えた。
しかし所詮は田舎貴族──いいように資産や立場を使われてしまい、けっきょくまた自領に戻るということから王都の屋敷はそのままに自領にこもることが多くなってしまうという悪循環。
それを一変してしまったのが農業が盛んなディーファン領全体で豊作の年、久しぶりに王都で存在を示そうと張り切る、後《のち》にディーファン公爵家初代となったクリストファー・トゥーラの存在である。
一族の中でもひと粒のルビーのような美しい姉のデビュタントで、弱冠十五歳のその少年はふたつ年上の姉をエスコートをし、その若さと商才をいかんなく駆使して王都邸での晩餐会まで仕切ってみせた。
その日は特に領地の農産物をふんだんに使ったディーファン家の晩餐会だったが、めったに社交を行わないディーファン侯爵家を訪れた当時の王太子は、ファーストダンスを弟と披露したリュシエンヌ・リューに一目惚れし、幼少から決まっていた婚約者と穏やかに関係を解消して新たに彼女に婚姻を申し込んだのである。
これを喜んだのはクリストファーだけであり、一族は戸惑い、特に姉は婚約決定時から王太子妃教育を施されていた元婚約者に対してかなりの引け目を感じていた。
それを払拭したのが当の解消された元婚約者であるリリム公爵家令嬢であったが、彼女はリュシエンヌに王太子妃教育や礼儀作法を教える補佐をし、その後望まれて隣国の王家へと嫁いだのはまた別の話である。
しかしどんなに瑕疵なく解消されたとはいえ『王家との婚姻』にまつわるその手の話は面白おかしく騒がれるもので、婚約解消とは表向きで本来は略奪だったとか、元婚約者が隣国に嫁いだのは傷心を付け込まれただとか、王侯貴族に対する不満を噂話という服を着せてまことしやかに流れた。
ついには婚約解消場面を想像だけで激しい愛憎戯曲劇に仕立て上げたり、事実無根の恋愛小説として発行されてたのだがその内容は王太子妃を誹謗中傷しているとして王家としても取り締まらざるを得なかった。
しかもそれは王太子の元婚約者が嫁いだことで太くなった隣国との交易ラインにも影響を及ぼすに至って、ディーファン侯爵家を陥れようとしていた貴族たちを慌てふためかせる大ブーメランとなって返ってきたのである。
それでもやはりクリストファー以外のディーファン侯爵家の者たちにとっては『王都怖い』の意識は抜けず、成人を待たずに当主代理として王都の屋敷を取り纏め、領地の方は父と次男以下の家族が今まで通り治めることで体面を保った。
王太子妃となったリュシエンヌもその決定に安堵したのか、婚姻して一年半後に姫君を、その後に双子の王子と、王妃になってからさらに王子を産み、王家存続を安泰へと導いたことから逆に国民の支持を得る結果となった。
しかしクリストファー自身にはあまり自分の後継ぎを作ることには積極的ではなく、それよりも自分自身で家格を上げることの方を優先したために周りとは違って婚期を逃してしまう。
まさかそれが十歳も年下の盟友国の姫君を娶ることに繋がるとは──
むろんそんな一族でも血気盛んな者はいるわけで、どうにか自領やディーファン家を盛り立てようと王都にも立派な屋敷を構えた。
しかし所詮は田舎貴族──いいように資産や立場を使われてしまい、けっきょくまた自領に戻るということから王都の屋敷はそのままに自領にこもることが多くなってしまうという悪循環。
それを一変してしまったのが農業が盛んなディーファン領全体で豊作の年、久しぶりに王都で存在を示そうと張り切る、後《のち》にディーファン公爵家初代となったクリストファー・トゥーラの存在である。
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ついには婚約解消場面を想像だけで激しい愛憎戯曲劇に仕立て上げたり、事実無根の恋愛小説として発行されてたのだがその内容は王太子妃を誹謗中傷しているとして王家としても取り締まらざるを得なかった。
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それでもやはりクリストファー以外のディーファン侯爵家の者たちにとっては『王都怖い』の意識は抜けず、成人を待たずに当主代理として王都の屋敷を取り纏め、領地の方は父と次男以下の家族が今まで通り治めることで体面を保った。
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