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想定
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しかしようやく──詩音が前世で培った医学的知識と自分なりにアロマセラピーや薬物植物その毒性など好奇心を満たすために得た知識が、シーナ・ティア・オイン子爵令嬢として役に立った。
王太子宮でのルエナ生誕祭で怒鳴りつけられたその時から、ルエナ自身に日常的に摂取していた物や一緒にいる人物、どういう生活をしていたかということが聞けていたならば、ひょっとしたらサラからまた薬物を与えられることはなかったのかもしれない。
しかしあの状態では──『平民』以下の身分であると知られれば、側に寄せないどころか、肖像画を描くために年に一度か二度、ディーファン家に呼ばれることすら難しくなっていただろう。
人の好すぎる公爵夫妻が王家の庇護を得ているわけでもないことが、さらに事態をややこしくした感もあった。
しかし今や脅威は──完全にではないにしても──シーナがこの屋敷にいるというこの状況が『ルエナ冤罪救出作戦』の一端となるはずである。
そして次にルエナのために行ったのは、公爵夫妻を説き伏せて、かつてルエナの乳母だった侍女を呼び戻して側につけることだった。
年齢的にはフルール夫人と同年代であるためかなり年上だが、今は逆に若い侍女を付けることの方がルエナにとってあまりよろしくないと言われて、公爵夫妻は躊躇った。
専属侍女は婚姻でもしない限りはそのまま娘の婚家まで付き従い、盟友として夫や婚家側から非道をされた場合の支えとなり、またそれを実家に伝える耳目の役目も果たすのである。
それなのにすでに家族もおり、それを捨ててまで王太子妃になるはずの娘と共に王宮に入ることは元乳母には難しいと判断しての躊躇いだったが、アルベールがそもそも実家で雇用した侍女を連れて王家に嫁ぐことは王太子が許さないのだと反論してくれた。
「王家に入るのに身分だけでなくその素行までも詳しく精査されるんですよ?我が家の杜撰な選定よりもよっぽど厳しいのです。確かにサラはビュッカム侯爵家の次女でしたが、当初から二年奉公という約束で雇われており、どちらにしろルエナと共に王宮にあがる予定などありませんでしたよ?お忘れですか?」
そこでやっと気が付いたかのように公爵夫妻は顔を見合わせる。
そうであった──そうなれば二年後のルエナとリオン王太子の婚姻に際してまた新たな側仕えを選定せねばならないのに、何故かふたりともサラがいなくなることを失念していたのだ。
そうして油断した二年間──気のおかしくなるお茶を飲ませ続けられたルエナは、見た目には普通であろう。
しかし王宮勤めをしている者の中にはその才能を見込まれて平民から騎士になった者や、上級使用人ではないにしても王太子夫妻のための女中がいた場合、今回シーナを罵倒したよりももっとひどい惨事が起こり得た。
想定される未来の中で気狂いの王妃を人前に出すわけにはいかないと離縁されれば良し、しかしリオン王太子殿下の執着具合を考えれば人目に付かないように隔離監禁され、別の令嬢を側妃ながらもほぼ『正妃』として国内外で王太子の横に立たせる可能性だってある。
「そうすればディーファン公爵家は今以上に王家から遠ざけられ、最悪ルエナが死亡するまで監禁されて一目も会えなくなるか、王太子殿下の情けだけで宮の奥で子供を産んだとしてもその存在自体を秘匿されるか、もしくは王太子が絶対に拒否する『側妃』という名の影武者的存在をその子の実母とするかもしれません」
ディーファン家の血が流れる正統な王位継承者がその血統を否定され、他の高位貴族の血筋とされる。
娘が手元に帰らずに、今は王太子が溺愛とも言える態度を取っていたとしても、将来はどうなるかわからない。
ルエナという婚約者も、王太子妃になったことも、ひょっとしたらディーファン家にいたことも抹消されるかもしれないと息子に諭され、ようやく危機感を覚えた公爵夫妻は自分たちがいかに貴族として隙があったのかを自覚した。
王太子宮でのルエナ生誕祭で怒鳴りつけられたその時から、ルエナ自身に日常的に摂取していた物や一緒にいる人物、どういう生活をしていたかということが聞けていたならば、ひょっとしたらサラからまた薬物を与えられることはなかったのかもしれない。
しかしあの状態では──『平民』以下の身分であると知られれば、側に寄せないどころか、肖像画を描くために年に一度か二度、ディーファン家に呼ばれることすら難しくなっていただろう。
人の好すぎる公爵夫妻が王家の庇護を得ているわけでもないことが、さらに事態をややこしくした感もあった。
しかし今や脅威は──完全にではないにしても──シーナがこの屋敷にいるというこの状況が『ルエナ冤罪救出作戦』の一端となるはずである。
そして次にルエナのために行ったのは、公爵夫妻を説き伏せて、かつてルエナの乳母だった侍女を呼び戻して側につけることだった。
年齢的にはフルール夫人と同年代であるためかなり年上だが、今は逆に若い侍女を付けることの方がルエナにとってあまりよろしくないと言われて、公爵夫妻は躊躇った。
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それなのにすでに家族もおり、それを捨ててまで王太子妃になるはずの娘と共に王宮に入ることは元乳母には難しいと判断しての躊躇いだったが、アルベールがそもそも実家で雇用した侍女を連れて王家に嫁ぐことは王太子が許さないのだと反論してくれた。
「王家に入るのに身分だけでなくその素行までも詳しく精査されるんですよ?我が家の杜撰な選定よりもよっぽど厳しいのです。確かにサラはビュッカム侯爵家の次女でしたが、当初から二年奉公という約束で雇われており、どちらにしろルエナと共に王宮にあがる予定などありませんでしたよ?お忘れですか?」
そこでやっと気が付いたかのように公爵夫妻は顔を見合わせる。
そうであった──そうなれば二年後のルエナとリオン王太子の婚姻に際してまた新たな側仕えを選定せねばならないのに、何故かふたりともサラがいなくなることを失念していたのだ。
そうして油断した二年間──気のおかしくなるお茶を飲ませ続けられたルエナは、見た目には普通であろう。
しかし王宮勤めをしている者の中にはその才能を見込まれて平民から騎士になった者や、上級使用人ではないにしても王太子夫妻のための女中がいた場合、今回シーナを罵倒したよりももっとひどい惨事が起こり得た。
想定される未来の中で気狂いの王妃を人前に出すわけにはいかないと離縁されれば良し、しかしリオン王太子殿下の執着具合を考えれば人目に付かないように隔離監禁され、別の令嬢を側妃ながらもほぼ『正妃』として国内外で王太子の横に立たせる可能性だってある。
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娘が手元に帰らずに、今は王太子が溺愛とも言える態度を取っていたとしても、将来はどうなるかわからない。
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