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発覚
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前年と同じように、シーナとその父が屋敷を訪れ、そして同じく絵を披露した時に。
「……誰に向かって、口を利いているのです?ただお前たちは黙って絵を披露なさい。その薄汚い口を開いて、汚い息を吐くなんて、我が公爵家への侮辱ですか?この平民がっ!!」
近寄るルエナに対して、シーナが可愛らしくお辞儀をしながら挨拶を述べようとしたその瞬間に。
「黙りなさい。お前の名前など知りたくもないし、私が知らねばならぬ理由などないでしょう?平民なら平民らしく頭を下げ、私の顔を見ることなど無礼!お父様!我が家の護衛に言いつけ、この無礼者を切って下さいませ!」
十歳という年齢に見合わぬ冷たさでシーナを見下し、当然の権利とばかりに父親を振り返って要求する娘の異常さに、ディーファン公爵は一年前の王太子宮での騒ぎを思い出した。
「我が家の女家庭教師の教えが間違っていると言いますの?!平民は常に地面に這い蹲り、王侯貴族と目を合わせてはならないと教えていただきましたわ!我が家の使用人たちの中で平民はおりません!」
そう──女家庭教師。
『教えていただいた』という言葉。
『平民が使用人の中にはいない』というルエナの思い込み。
それらがパズルのように組み合わさっていく。
「あの女は……ルエナの家庭教師はどこだ?!ここへ……いや、私の執務室へ連れて来い!」
本来ならば呼ばずともその場にいるはずだった女。
ルエナが画家親子に向かって攻撃的に怒鳴り出した瞬間、彼女はどこかへ音もなく消えていた。
探したのはわずかルエナ自身の応接室と寝室、そして応接室に隣接された彼女の控え部屋。
そこにいた。
彼女はやりすぎたのである。
ルエナにお茶を、強請るままに与えすぎた。
本当は一日に二度、かなり薄めた物を与える。
それが本来与えられた命令だった。
なのに面白いぐらいにルエナはあのお茶を飲みたがった。
蜂蜜を入れて与えたのも好んでくれた理由かもしれないが、幼い脳はそのお茶を飲んだ後に来る『ふわっとした』快楽に溺れてしまっていたのである。
すでに軽い中毒症状であるが、まさか自分が与えているお茶にそのような成分があるとは思わず、いや思ってはいても『知ることは危険』だと無視した女家庭教師は、ルエナが自分に従うことを都合よく解釈し『自分のことを両親よりも信用し、心酔しているからだ』とも思いこもうとした。
そのお茶が見つかるとまずいという意識はあったために暖炉に放り込み、灰や燃えカスと混ぜてしまったから、何らかの方法でルエナに対して暗示的な選民思想を刷り込んだとしか思われず、女家庭教師は紹介してくれた紹介所に危険人物を紹介された抗議文を付けて送り返したのである。
むろん次の家庭への推薦書はつけなかった。
「ティアム公爵家所縁の者と紹介されたから、安心して決めたのに……」
ディーファン公爵と妻であるフルールはかなり落ち込んでいた。
ディーファン家は元々侯爵家であったが王妃が迎え入れられるまでまったく権力とは関わり合いのない善良な領主であったため、数代経った今でも王家に対して優位性を主張することなく淡々と権力争いから一線を引いていた。
だから他の公爵家に付け込まれたり陥れられたりするとは思ってもおらず、あまり権謀術数に長けているとは言えない。
「……誰に向かって、口を利いているのです?ただお前たちは黙って絵を披露なさい。その薄汚い口を開いて、汚い息を吐くなんて、我が公爵家への侮辱ですか?この平民がっ!!」
近寄るルエナに対して、シーナが可愛らしくお辞儀をしながら挨拶を述べようとしたその瞬間に。
「黙りなさい。お前の名前など知りたくもないし、私が知らねばならぬ理由などないでしょう?平民なら平民らしく頭を下げ、私の顔を見ることなど無礼!お父様!我が家の護衛に言いつけ、この無礼者を切って下さいませ!」
十歳という年齢に見合わぬ冷たさでシーナを見下し、当然の権利とばかりに父親を振り返って要求する娘の異常さに、ディーファン公爵は一年前の王太子宮での騒ぎを思い出した。
「我が家の女家庭教師の教えが間違っていると言いますの?!平民は常に地面に這い蹲り、王侯貴族と目を合わせてはならないと教えていただきましたわ!我が家の使用人たちの中で平民はおりません!」
そう──女家庭教師。
『教えていただいた』という言葉。
『平民が使用人の中にはいない』というルエナの思い込み。
それらがパズルのように組み合わさっていく。
「あの女は……ルエナの家庭教師はどこだ?!ここへ……いや、私の執務室へ連れて来い!」
本来ならば呼ばずともその場にいるはずだった女。
ルエナが画家親子に向かって攻撃的に怒鳴り出した瞬間、彼女はどこかへ音もなく消えていた。
探したのはわずかルエナ自身の応接室と寝室、そして応接室に隣接された彼女の控え部屋。
そこにいた。
彼女はやりすぎたのである。
ルエナにお茶を、強請るままに与えすぎた。
本当は一日に二度、かなり薄めた物を与える。
それが本来与えられた命令だった。
なのに面白いぐらいにルエナはあのお茶を飲みたがった。
蜂蜜を入れて与えたのも好んでくれた理由かもしれないが、幼い脳はそのお茶を飲んだ後に来る『ふわっとした』快楽に溺れてしまっていたのである。
すでに軽い中毒症状であるが、まさか自分が与えているお茶にそのような成分があるとは思わず、いや思ってはいても『知ることは危険』だと無視した女家庭教師は、ルエナが自分に従うことを都合よく解釈し『自分のことを両親よりも信用し、心酔しているからだ』とも思いこもうとした。
そのお茶が見つかるとまずいという意識はあったために暖炉に放り込み、灰や燃えカスと混ぜてしまったから、何らかの方法でルエナに対して暗示的な選民思想を刷り込んだとしか思われず、女家庭教師は紹介してくれた紹介所に危険人物を紹介された抗議文を付けて送り返したのである。
むろん次の家庭への推薦書はつけなかった。
「ティアム公爵家所縁の者と紹介されたから、安心して決めたのに……」
ディーファン公爵と妻であるフルールはかなり落ち込んでいた。
ディーファン家は元々侯爵家であったが王妃が迎え入れられるまでまったく権力とは関わり合いのない善良な領主であったため、数代経った今でも王家に対して優位性を主張することなく淡々と権力争いから一線を引いていた。
だから他の公爵家に付け込まれたり陥れられたりするとは思ってもおらず、あまり権謀術数に長けているとは言えない。
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