49 / 267
憂悶
しおりを挟む
しかしその時はまだ原因がお茶に混入させられたモノだったとは判明しておらず、単純に『公爵令嬢が慣れた物に固執する性格が行き過ぎただけ』で片付けられ、そしてルエナ自身も一週間も王太子宮で過ごすうちに、体内に残存していた毒素がすっかり抜けて落ち着いてしまったせいもある。
きっとまだその頃はあまり大量に薬自体も混ぜられていなかったに違いない。
それゆえルエナを『癇癪持ちで人を見下す悪辣な性格で、王太子妃としてふさわしくない公女』に仕立て上げ、それを理由で王家側から婚約破棄となるように仕向けた可能性が高かった。
幼いとはいえ『人格的に問題があるかもしれない』となって王家から見捨てられれば、高位貴族の中で次の婚約者を見つけることは難しいだろう。
そうなれば自国の王族の血は入っていないとはいえ、他国の王族の血縁者ということで他の公爵家にとっては都合の良い公女だったために、『たとえ人格欠陥者でも我が公爵家で迎えてやろう』という威圧的な態度で縁を結べると思ったのかもしれない。
ディーファン家としても伯爵どころか子爵家でも引き受けないかもしれない傷物公女を、今までと同格の生活をさせてくれるなら…と、喜んで差し出すだろうという皮算用を行った末の犯行かもしれないが、その頃は誰もルエナ自身に非があると思い込んでいた。
しかしそう計画していたからこそ、将来のために薬物中毒者になるような量を与えることは控えられていた可能性があり、王太子宮で大量の『普通のお茶』や果実水を飲ませ続けた結果、攻撃的な態度は融解した。
その代わり自分が同い年の少年に対して彼の身分を嘲るような言動をしたことを自覚してさらに委縮し、滞在期間として許された時間のうち三日間も客室に閉じ籠ってしまう──それがまたルエナの評判を落としてしまうとも思わずに。
偽名として『シオン』と名乗ってルエナの誕生日会に呼ばれたシーナは信じられない速さでキャンバスへの下書きをし、薄く下地の色まで乗せてその日の作業を終えた。
リオンが『その労をねぎらい、今日の主役であるルエナと会わせたい』と側に呼び寄せたことが、今回の騒動の原因である。
「まったく!ちゃんとルエナ様に話が通ってるかと思ったら、サプライズで会わせるなんて!」
「うん……ごめん。まさかあんな態度に出るとは思わなくて……」
「ぼくからも、ごめん。シーナ……」
「シッ!アル!!ダメだよ、ぼくは『シオン』だよ?」
「あっ……ご、ごめん……」
夜も更け、王太子宮にあるリオンの私室にシーナとアルベールは招かれており、階下の客室から出てこないルエナを心配して作戦会議中だった。
本来ならばあの場では
「ごきげんよう!こちらが今回の絵です。出来上がったらお届けに参りますね!」
「ごきげんよう。まあ、素敵。完成を楽しみにしております」
という和やかで子供が大人びた会話を交わして、その他大勢の招待客に『微笑ましい邂逅』を見せつけてシーナの存在をアピールするつもりだった。
そうしてルエナともアルベールとも、そして何より『王太子の友人』というシーナ──シオンが顔見知りであり、今以上に三人と共にいても不自然ではないようにしたい──そう思っていたのに。
「……それにしても、ルエナ嬢があんな偏見を持っていたとは……確かにお茶会に招いて将来どうなりたいかという話題では『わたくしたち選ばれた者は、けっして格下の者に劣ってはなりません』だとか『平民になれなれしくしてはいけないと思います』とか言っていたが……てっきりぼくは『だれよりもしっかり勉強しなければいけない』とか『貴族として威厳のある姿勢を崩してはいけない』という言葉をまぁ……ちょっときつい言い方で話しているのかな?ぐらいに思っていたんだけど」
リオンがルエナの口調を真似してみせたが、その表情はおどけているというよりも困惑し、ルエナの兄であるアルベールも同じような表情で首を傾げる。
「ぼくもです……ルエナの家庭教師はあの子がリオン様の婚約者に決まってから、どこかの家から『ふさわしい公女様にならねば』と紹介されてきたと聞いています。父上と母上が『公爵家の血族なら安心ね』と言っていたから、ちゃんとした人だとは思いますが……」
「その割には選民思考がひどいわね。虫けら…とまではいかないまでも、まるで生きている世界が違うみたいな考え方になってしまっている」
シーナの言葉に、少年二人は顔を強張らせた。
きっとまだその頃はあまり大量に薬自体も混ぜられていなかったに違いない。
それゆえルエナを『癇癪持ちで人を見下す悪辣な性格で、王太子妃としてふさわしくない公女』に仕立て上げ、それを理由で王家側から婚約破棄となるように仕向けた可能性が高かった。
幼いとはいえ『人格的に問題があるかもしれない』となって王家から見捨てられれば、高位貴族の中で次の婚約者を見つけることは難しいだろう。
そうなれば自国の王族の血は入っていないとはいえ、他国の王族の血縁者ということで他の公爵家にとっては都合の良い公女だったために、『たとえ人格欠陥者でも我が公爵家で迎えてやろう』という威圧的な態度で縁を結べると思ったのかもしれない。
ディーファン家としても伯爵どころか子爵家でも引き受けないかもしれない傷物公女を、今までと同格の生活をさせてくれるなら…と、喜んで差し出すだろうという皮算用を行った末の犯行かもしれないが、その頃は誰もルエナ自身に非があると思い込んでいた。
しかしそう計画していたからこそ、将来のために薬物中毒者になるような量を与えることは控えられていた可能性があり、王太子宮で大量の『普通のお茶』や果実水を飲ませ続けた結果、攻撃的な態度は融解した。
その代わり自分が同い年の少年に対して彼の身分を嘲るような言動をしたことを自覚してさらに委縮し、滞在期間として許された時間のうち三日間も客室に閉じ籠ってしまう──それがまたルエナの評判を落としてしまうとも思わずに。
偽名として『シオン』と名乗ってルエナの誕生日会に呼ばれたシーナは信じられない速さでキャンバスへの下書きをし、薄く下地の色まで乗せてその日の作業を終えた。
リオンが『その労をねぎらい、今日の主役であるルエナと会わせたい』と側に呼び寄せたことが、今回の騒動の原因である。
「まったく!ちゃんとルエナ様に話が通ってるかと思ったら、サプライズで会わせるなんて!」
「うん……ごめん。まさかあんな態度に出るとは思わなくて……」
「ぼくからも、ごめん。シーナ……」
「シッ!アル!!ダメだよ、ぼくは『シオン』だよ?」
「あっ……ご、ごめん……」
夜も更け、王太子宮にあるリオンの私室にシーナとアルベールは招かれており、階下の客室から出てこないルエナを心配して作戦会議中だった。
本来ならばあの場では
「ごきげんよう!こちらが今回の絵です。出来上がったらお届けに参りますね!」
「ごきげんよう。まあ、素敵。完成を楽しみにしております」
という和やかで子供が大人びた会話を交わして、その他大勢の招待客に『微笑ましい邂逅』を見せつけてシーナの存在をアピールするつもりだった。
そうしてルエナともアルベールとも、そして何より『王太子の友人』というシーナ──シオンが顔見知りであり、今以上に三人と共にいても不自然ではないようにしたい──そう思っていたのに。
「……それにしても、ルエナ嬢があんな偏見を持っていたとは……確かにお茶会に招いて将来どうなりたいかという話題では『わたくしたち選ばれた者は、けっして格下の者に劣ってはなりません』だとか『平民になれなれしくしてはいけないと思います』とか言っていたが……てっきりぼくは『だれよりもしっかり勉強しなければいけない』とか『貴族として威厳のある姿勢を崩してはいけない』という言葉をまぁ……ちょっときつい言い方で話しているのかな?ぐらいに思っていたんだけど」
リオンがルエナの口調を真似してみせたが、その表情はおどけているというよりも困惑し、ルエナの兄であるアルベールも同じような表情で首を傾げる。
「ぼくもです……ルエナの家庭教師はあの子がリオン様の婚約者に決まってから、どこかの家から『ふさわしい公女様にならねば』と紹介されてきたと聞いています。父上と母上が『公爵家の血族なら安心ね』と言っていたから、ちゃんとした人だとは思いますが……」
「その割には選民思考がひどいわね。虫けら…とまではいかないまでも、まるで生きている世界が違うみたいな考え方になってしまっている」
シーナの言葉に、少年二人は顔を強張らせた。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる