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激昂
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その誤解や偏見を与えたのはむろん女家庭教師ではあるが、まさかそこまで影響を与えていると気付かなかったのは公爵夫妻の怠慢である。
女家庭教師という職業は家政婦長や執事長を介さず、直接夫人に雇用される立場であるため、他の使用人たちは口出しをできないものだった。
しかしそれでも子息や令嬢に対して不適切と思われる言動に関しては、側にいる侍女たちが侍女長を通して報告していたにも関わらず、性格増長にまで及ぶとは思ってはいなかったのである。
「……もっ、申し訳ございませんっ」
「あのっ……あの子には、すぐにでも貴族としての心得などをしっかり言い聞かせますので!どうかっ……」
両親は当然平謝りであり、招待客の中には当然ディーファン公爵家の失態と失脚を願い、婚約者失格という声があったのも事実である。
しかしそれを拒否したのは、他でもない当の王太子だった。
「確かに彼女に『貴族と平民』という立場の違いを歪んで教えた者がいるのでしょう。しかし公爵令嬢というのは、立場的に平民たちがどのように暮らし、そして貴族が彼らに対して負わねばならない義務があるかということを知る機会も少ない。僕もまだ勉強中ですから、よろしければご一緒に勉強していきましょうと、ルエナ嬢にお伝えいただけませんか?」
にっこり笑ってそう言えば、それでもと縋る者はなく、表面上は滞りなく主人公不在の誕生日は過ぎて行った。
客室に戻り、公爵家で飲んでいるいつものお茶ではなく、王宮で嗜まれているお茶を飲んだルエナは少しだけ落ち着きを取り戻し、それからわずかに自分の言ったことを思い返していた。
平民ではあるけれど、そして単に年に一度か二度だけ屋敷に招かれ肖像画を描く親子という立場ではあるけれど、あの少年はルエナとだけでなくどうやら王太子とも知り合いであるらしいこと。
声を掛けたり気軽に呼び寄せたことから考えるに、彼は王太子の私的な『友人』という立場であるかもしれないこと。
男性と女性では関わり合いになる人間というものも違っており、確かにルエナにとっては何の必要もない平民かもしれないが、王太子にとっては必要な人材だったかもしれないこと。
それを自分が勝手に口を出して遠ざけようとしたこと──
サァッと顔が青褪める。
兄以外で歳の近い異性という者はほとんど排除され、いとこですらあまり会ったことがないルエナにとって、リオンはキラキラした初恋の相手だった。
故に兄と一緒にいる時は『嫉妬』のような感情を覚えたことはないが、あの少年がルエナより近い位置にいることにどうしても苛立ちを覚え、身勝手にも排除しようと口が動いてしまったのである。
それは今本格的になりつつある王太子妃の教育を受け、またいずれは王妃となるために淑女教育を受けているはずの公爵令嬢としてはあるまじき失態。
いったい自分がどうしてそんなことをしてしまったのか──また落ち着こうとしてお茶を口に含み、それがやっといつもの味ではないと気が付いて、気持ちが絶望感に覆われた。
「い…いつものお茶は?せっ、先生の淹れてくださるお茶はっ……?」
「も、申し訳ございません。あのお茶の管理は女家庭教師が管理をしておりますゆえ、私どもでは手配いたしかねまして……今回のご滞在には同行しておりませんので、お屋敷に戻りませんと……」
「でっ、ではっ……い、今すぐ!今すぐ屋敷に使いを出し、先生をお連れして!」
「それは……で、できかねます……」
「なぜよっ?!わたくしが命じているのよっ?!連れていらっしゃい!」
突然の落ち込みからの激昂。
『表情がクルクル変わる』などという可愛らしいものではないその変化に、ようやく侍女のひとりが危機感を覚え、王宮の医務室へと向かった。
女家庭教師という職業は家政婦長や執事長を介さず、直接夫人に雇用される立場であるため、他の使用人たちは口出しをできないものだった。
しかしそれでも子息や令嬢に対して不適切と思われる言動に関しては、側にいる侍女たちが侍女長を通して報告していたにも関わらず、性格増長にまで及ぶとは思ってはいなかったのである。
「……もっ、申し訳ございませんっ」
「あのっ……あの子には、すぐにでも貴族としての心得などをしっかり言い聞かせますので!どうかっ……」
両親は当然平謝りであり、招待客の中には当然ディーファン公爵家の失態と失脚を願い、婚約者失格という声があったのも事実である。
しかしそれを拒否したのは、他でもない当の王太子だった。
「確かに彼女に『貴族と平民』という立場の違いを歪んで教えた者がいるのでしょう。しかし公爵令嬢というのは、立場的に平民たちがどのように暮らし、そして貴族が彼らに対して負わねばならない義務があるかということを知る機会も少ない。僕もまだ勉強中ですから、よろしければご一緒に勉強していきましょうと、ルエナ嬢にお伝えいただけませんか?」
にっこり笑ってそう言えば、それでもと縋る者はなく、表面上は滞りなく主人公不在の誕生日は過ぎて行った。
客室に戻り、公爵家で飲んでいるいつものお茶ではなく、王宮で嗜まれているお茶を飲んだルエナは少しだけ落ち着きを取り戻し、それからわずかに自分の言ったことを思い返していた。
平民ではあるけれど、そして単に年に一度か二度だけ屋敷に招かれ肖像画を描く親子という立場ではあるけれど、あの少年はルエナとだけでなくどうやら王太子とも知り合いであるらしいこと。
声を掛けたり気軽に呼び寄せたことから考えるに、彼は王太子の私的な『友人』という立場であるかもしれないこと。
男性と女性では関わり合いになる人間というものも違っており、確かにルエナにとっては何の必要もない平民かもしれないが、王太子にとっては必要な人材だったかもしれないこと。
それを自分が勝手に口を出して遠ざけようとしたこと──
サァッと顔が青褪める。
兄以外で歳の近い異性という者はほとんど排除され、いとこですらあまり会ったことがないルエナにとって、リオンはキラキラした初恋の相手だった。
故に兄と一緒にいる時は『嫉妬』のような感情を覚えたことはないが、あの少年がルエナより近い位置にいることにどうしても苛立ちを覚え、身勝手にも排除しようと口が動いてしまったのである。
それは今本格的になりつつある王太子妃の教育を受け、またいずれは王妃となるために淑女教育を受けているはずの公爵令嬢としてはあるまじき失態。
いったい自分がどうしてそんなことをしてしまったのか──また落ち着こうとしてお茶を口に含み、それがやっといつもの味ではないと気が付いて、気持ちが絶望感に覆われた。
「い…いつものお茶は?せっ、先生の淹れてくださるお茶はっ……?」
「も、申し訳ございません。あのお茶の管理は女家庭教師が管理をしておりますゆえ、私どもでは手配いたしかねまして……今回のご滞在には同行しておりませんので、お屋敷に戻りませんと……」
「でっ、ではっ……い、今すぐ!今すぐ屋敷に使いを出し、先生をお連れして!」
「それは……で、できかねます……」
「なぜよっ?!わたくしが命じているのよっ?!連れていらっしゃい!」
突然の落ち込みからの激昂。
『表情がクルクル変わる』などという可愛らしいものではないその変化に、ようやく侍女のひとりが危機感を覚え、王宮の医務室へと向かった。
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