婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

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激憤

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そうして周囲が止めにはいる間もなく、シーナの片頬に灼熱が走った。
そのまま衝撃で椅子から身体が浮き、丁寧に刈り込まれた芝生の上に倒れ込んでしまう──というより、頬を打たれた衝撃を受け止めるのではなく流すために、無意識にシーナの身体がその力を利用して派手に吹っ飛んだとも言える。
おかげで警護も兼ねた使用人たちが全員ふたりの下に駆け寄り、『愛しい人に手を上げた』という衝撃に立ち尽くすディディエがそのまま動けないように、勢いよくガーデンテーブルに上半身を押しつけて拘束した。
「クッ、クソッ!何をしやがる!使用人のくせにっ!!」
確かにシーナ嬢を気遣い服や身体の汚れを拭い、傷や殴打された跡を確認しているのは女中たちだが、ディディエを押さえているのはディーファン公爵家の治安を守るための騎士たちで、けっして身分的には単なる貴族子息よりも劣るものではない。
しかもシーナ嬢を心配しているのはディーファン公爵夫妻やアルベールだけでなく、王太子や『友人の娘が巻き込まれている』ということを憂いた国王から推薦を受けて警護についていた王宮兵もおり、今後学園内での側近としての立ち位置を報告する任も負っている。
「婦女子に向かって手を上げるなど、騎士精神どころか貴族紳士としても、その資質を疑わざるを得ん……お前のことは父君にご報告申し上げよう」
若い騎士たちの背後からディーファン公爵夫妻だけでなく、ディディエがよく知る顔が現れて、今まで怒りに歪んでいた表情筋が驚愕に変わる。
それはシルヴェスト・カムエ・リシュアン侯爵──ディディエが学園内側近として王太子の横に並び立つことを危惧した老練の騎士団長のひとりであった。
「クッ、クソォ──ッ!お前が素直に俺についてきさえすればよかったんだぁぁぁっ!!」
そう言うとまだテーブルの上に伏せられた姿勢だというのに、ディディエは一番近い位置にあった椅子を思いっきりシーナの方へ向かって蹴り飛ばした。
「キャァァァァっ!シーナ様っ!」
「こいつを全身拘束しろ!」
悲鳴と怒号が起こったが、軽い脳震盪に似た症状から回復しつつあったシーナは自分の方へ倒れ込んできたその椅子の下敷きになることなく、細いアイアンの背を軽く足裏でいなして誰もいない方向へとさらに押しやる。
「……ほんっとサイテー……」
次兄もよく物に当たり、テーブルの上にセッティングされたカラトリーや皿をわざと幼い双子たちに向かって叩き落すことがあったが、今のシーナはあんな無抵抗の存在ではない。
ディディエの殴打にしても「あ、殴られそう」と思ってはいたが、半分はわざと受けたのは、更なる暴力的行為に及ぶ時に護衛たちが駆け寄ってこれるくらいの距離を取りたいという考えもあった。
ガーデンテーブルがそこそこの大きさなため見栄えのために置かれていた無人の椅子が邪魔をして、この暴力男からあまり離れられなかったのはちょっと計算違いだったが、それでも可能な限りの素早さで皆助けに駆けつけてくれたのである。
その安心からか、シーナはふっと息を吐いて失神した。


アルベールに提案した『王太子宮への招待及び保護』の許可をもらうために、数週間ぶりに婚約者の邸宅ややってきたリオンは、思いがけない捕り物に顔を顰めた。
「……そういやこいつも攻略者対象だったっけ……」
「でっ…殿下……」
先ほどまでの勢いはどこに行ったのか、ディディエは顔を青くして拘束された身体をどうにかふたりから離そうと、それ以上下がれない壁に押し当ててずり下がろうとしていた。
ふたり──それは静かに怒りを湛えている王太子と、その横で殺気を隠そうともせず抜き身を手にしているアルベールである。
「……今おっしゃった言葉の意味は後ほどお聞きしますが、とりあえずシーナ嬢を殴った方の腕を切り落とす許可をいただけますでしょうか?」
「アル、お前ね……」
許可がなくても切り落としそうなぐらいに沸騰しているアルベールを下げて、リオンはにっこりと笑ってみせた。
「まあ……うん。腕を切り落とすのは許可できなくても、腱を切られても騎士生命を絶たれても文句の言えないことをしたことぐらいは理解……できてないよね?シーナ嬢は訳があって私の側に置いているけど、お前にその理由を話さなくてよかったと、今は本当に自分の危機管理を自画自賛しよう。いや……おかげで他の『攻略者』という存在も思い出させてくれたことは、素直に感謝するよ?」
「で、殿下……」
それを温情の言葉と捉えたのかもしれないが。
むろんリオンは『大切な妹』だった少女への恋慕としての行動はともかく、『監禁している』という噂を鵜呑みにして格上の公爵家に乗り込んだことや、シーナ嬢を力尽くで連れ出そうとしたこと、そしてそれを断られたことに激昂して叩きつけたことを許すつもりはなかった。


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