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葛藤
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言い過ぎた──責め過ぎた──彼女のせいではないのに。
シーナは両手を組み、青褪めた顔でアルベールの後ろをついていく。
あの後ルエナは糸が切れたかのように気を失い、しばらくカウチの上で安静にしたが目を覚ます様子がなかったため、アルベールが抱きかかえて自室へ運んでいるのだ。
側付きだった侍女のサラはまだ公爵邸の半地下牢に閉じ込められているため専任の侍女はいないが、部屋の隅に控えている慌てた顔をした侍女には部屋を整えるようにとアルベールが指示をするとすぐ退出したから、到着する頃にはルエナのために様々な準備がされているはずである。
シーナ嬢の提言でルエナのベッドの中には熱湯を入れた革袋がいくつも入れられており、暖炉を焚いてはいないが、寝具は温まっているだろう。
同じように寛ぐための寝間着も温めた石を入れたアイロンをかけられ、ルエナに着せられるようにスタンバイされているはずだ。
「気が利くな……シーナ嬢、さっきもお茶を飲んだばかりだが、どうか座ってくれ」
「は…はい……」
気を失い脱力したままのルエナを侍女たちの手に任せ、アルベールはシーナに応接室の椅子をすすめる。
確かにそこには新たに淹れられたハーブティーが置かれ、先ほど用意されていたのとは別の茶菓子が添えられていた。
「……先ほどの話だが、ルエナにはあの話は理解できなかったようだ。申し訳ない」
「いえ……私も言いすぎました……」
シーナはさっきまでのキリッとした態度はどこに行ったのかと思うほど、シュンと小さくなっているのを見ると、アルベールは思わず抱きしめたくなって手を伸ばしかけたが、今はそんな時ではないと自分の前にセットされているカップに手を伸ばす。
草っぽいレモンの香りが鼻を擽るが、レモンティーとはまた違う気がする。
「レモングラスね……蜂蜜を入れると飲みやすくなりますよ?」
「ああ……それと、その……話し方を……」
「え?あ……う、うん……いえ、でも、ほら……」
チラリと部屋に控える侍女たちに目線をやるのを見て、アルベールはシーナが弁えて普段の言葉遣いを控えていることに気付き、小さく溜息をついた。
王太子といる時はかなり砕けた口調で、アルベールといる時だって──しかしここは公爵邸の中でも妹の私室であるため、数人の侍女の目がある。
婚約すらしていない男女がふたりっきりになることなどありえず、ましてやどこで知ったのかと思えるような親しさが伺えるような言動は控えた方がいいと考えているのは一目でわかった。
しかしアルベールとしては特に使用人に対して主人がそんな気を使う必要は感じていないし、確かにここに勤める者のほとんどは子爵令嬢のシーナよりも身分の高い実家から奉公に来ているという事実があったとしても、彼女に気を使ってほしくないという、自分勝手な想いを抱く。
しかし、それこそが自ら妹に向かって説教した『他人を格下だと見下す選民思考』に他ならないと理解もしており、その矛盾に葛藤した。
シーナは両手を組み、青褪めた顔でアルベールの後ろをついていく。
あの後ルエナは糸が切れたかのように気を失い、しばらくカウチの上で安静にしたが目を覚ます様子がなかったため、アルベールが抱きかかえて自室へ運んでいるのだ。
側付きだった侍女のサラはまだ公爵邸の半地下牢に閉じ込められているため専任の侍女はいないが、部屋の隅に控えている慌てた顔をした侍女には部屋を整えるようにとアルベールが指示をするとすぐ退出したから、到着する頃にはルエナのために様々な準備がされているはずである。
シーナ嬢の提言でルエナのベッドの中には熱湯を入れた革袋がいくつも入れられており、暖炉を焚いてはいないが、寝具は温まっているだろう。
同じように寛ぐための寝間着も温めた石を入れたアイロンをかけられ、ルエナに着せられるようにスタンバイされているはずだ。
「気が利くな……シーナ嬢、さっきもお茶を飲んだばかりだが、どうか座ってくれ」
「は…はい……」
気を失い脱力したままのルエナを侍女たちの手に任せ、アルベールはシーナに応接室の椅子をすすめる。
確かにそこには新たに淹れられたハーブティーが置かれ、先ほど用意されていたのとは別の茶菓子が添えられていた。
「……先ほどの話だが、ルエナにはあの話は理解できなかったようだ。申し訳ない」
「いえ……私も言いすぎました……」
シーナはさっきまでのキリッとした態度はどこに行ったのかと思うほど、シュンと小さくなっているのを見ると、アルベールは思わず抱きしめたくなって手を伸ばしかけたが、今はそんな時ではないと自分の前にセットされているカップに手を伸ばす。
草っぽいレモンの香りが鼻を擽るが、レモンティーとはまた違う気がする。
「レモングラスね……蜂蜜を入れると飲みやすくなりますよ?」
「ああ……それと、その……話し方を……」
「え?あ……う、うん……いえ、でも、ほら……」
チラリと部屋に控える侍女たちに目線をやるのを見て、アルベールはシーナが弁えて普段の言葉遣いを控えていることに気付き、小さく溜息をついた。
王太子といる時はかなり砕けた口調で、アルベールといる時だって──しかしここは公爵邸の中でも妹の私室であるため、数人の侍女の目がある。
婚約すらしていない男女がふたりっきりになることなどありえず、ましてやどこで知ったのかと思えるような親しさが伺えるような言動は控えた方がいいと考えているのは一目でわかった。
しかしアルベールとしては特に使用人に対して主人がそんな気を使う必要は感じていないし、確かにここに勤める者のほとんどは子爵令嬢のシーナよりも身分の高い実家から奉公に来ているという事実があったとしても、彼女に気を使ってほしくないという、自分勝手な想いを抱く。
しかし、それこそが自ら妹に向かって説教した『他人を格下だと見下す選民思考』に他ならないと理解もしており、その矛盾に葛藤した。
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