35 / 267
嫌悪
しおりを挟む
アルベール・ラダ・ディーファンは、自室に閉じ籠り続けたルエナを横抱きにして、自室から母自慢のサンルームに運ぶ。
食事はきちんと取っていたはずだが、その身体の軽さはまるで羽根のようだった。
リオン王太子の側近候補として名が上がる前より鍛えているせいで筋力も上がり、そのせいで重さを感じないのかもしれないが、だがやはりルエナ自身の全身から肉がそぎ落とされているような気もしないではない。
頬もわずかにこけているような──どうすれば元通りの美しい妹に戻るのだろうか。
そんな妹は身じろぎもせず、生気さえ抜けて、兄に運ばれるままにサンルームに置かれたカウチソファに横たわらされても、少し離れた場所に座ってイーゼルに向かっている人物を気にもしない。
ふわふわと飛び跳ねるピンクブロンドの髪は、普通の貴族令嬢なら考えられない肩上のボブヘアで癖のある毛先のせいでさらに膨らんでいる。
デイドレスでもなく、アルベールが十五歳の時に来ていた訓練用の服を仕立て直すでもなく、ぶかぶかのままベルトや革のハイコルセットで体裁を整えて着用しているが、それはまるで自然体だ。
「ふっふ~ん♪ふふふ~♪あおーいーうみ~~~♪」
聞いたことのないメロディーを鼻歌と思い出したかのように歌詞を挟んで歌うが、やっぱり忘れてしまっているのか、またふんふんやらラララと言う意味不明なハミングで歌い続ける。
そののんきな姿に何を思うのか、ルエナの虚ろな瞳にわずか怒りの火が灯る。
「……ぜ……」
「え?」
「何故?!何故、お前なぞがこの屋敷にいるのですか?こっ…ここはっ、公爵家っ!お前のような下賤な者がっ……平民が、我が屋敷にあるなど……汚らわしいっ!ゲホッ!ゴホッガハッ……」
まだ力が入らないであろう腕を必死で動かし、ルエナは上体を起こそうとして支えきれずに伏せて咳き込んだ。
アルベールは手を貸そうとして、けれどもルエナの異常な様子に固まって助けきれずにいる。
「……何で、っても……これ、覚えてない?」
貴族らしい言葉遣いではなく、あえて砕けた口調でシーナは壁に立てかけておいたスケッチを取り上げてぺらりとめくりながら、ふたりに近付いた。
スッと差し出されたのを見ると、そこには疲れ切った顔でへの字口をした少女と、困ったように覗き込む少年。
六歳のルエナと、七歳のアルベール。
もう一枚めくると、まだ機嫌の悪そうな少女と、困った表情を何とか隠そうと不自然な真顔の少年。
「……し、って……いる……わ……」
ルエナが知っているのは、こんな木炭で描かれたデッサンではなく、鮮やかな色のついた、でも嫌いな一枚。
何故か画家のおじさんが「記念に持っておくといい」と言って持ってきたのを、父や母が苦笑しながら受け取っていた。
他にも肖像画を描く画家は何人も家にやってきたが、その絵以上の素晴らしい物はなく、そしてどんなに不機嫌そうな顔で座っていても、出来上がったのは全部笑顔で代わり映えのしない作り物のルエナしか書いてくれないことに不満を持ったことを覚えている。
嫌いだったけど、『本当』を描いてくれて好きだった一枚の、デッサン。
食事はきちんと取っていたはずだが、その身体の軽さはまるで羽根のようだった。
リオン王太子の側近候補として名が上がる前より鍛えているせいで筋力も上がり、そのせいで重さを感じないのかもしれないが、だがやはりルエナ自身の全身から肉がそぎ落とされているような気もしないではない。
頬もわずかにこけているような──どうすれば元通りの美しい妹に戻るのだろうか。
そんな妹は身じろぎもせず、生気さえ抜けて、兄に運ばれるままにサンルームに置かれたカウチソファに横たわらされても、少し離れた場所に座ってイーゼルに向かっている人物を気にもしない。
ふわふわと飛び跳ねるピンクブロンドの髪は、普通の貴族令嬢なら考えられない肩上のボブヘアで癖のある毛先のせいでさらに膨らんでいる。
デイドレスでもなく、アルベールが十五歳の時に来ていた訓練用の服を仕立て直すでもなく、ぶかぶかのままベルトや革のハイコルセットで体裁を整えて着用しているが、それはまるで自然体だ。
「ふっふ~ん♪ふふふ~♪あおーいーうみ~~~♪」
聞いたことのないメロディーを鼻歌と思い出したかのように歌詞を挟んで歌うが、やっぱり忘れてしまっているのか、またふんふんやらラララと言う意味不明なハミングで歌い続ける。
そののんきな姿に何を思うのか、ルエナの虚ろな瞳にわずか怒りの火が灯る。
「……ぜ……」
「え?」
「何故?!何故、お前なぞがこの屋敷にいるのですか?こっ…ここはっ、公爵家っ!お前のような下賤な者がっ……平民が、我が屋敷にあるなど……汚らわしいっ!ゲホッ!ゴホッガハッ……」
まだ力が入らないであろう腕を必死で動かし、ルエナは上体を起こそうとして支えきれずに伏せて咳き込んだ。
アルベールは手を貸そうとして、けれどもルエナの異常な様子に固まって助けきれずにいる。
「……何で、っても……これ、覚えてない?」
貴族らしい言葉遣いではなく、あえて砕けた口調でシーナは壁に立てかけておいたスケッチを取り上げてぺらりとめくりながら、ふたりに近付いた。
スッと差し出されたのを見ると、そこには疲れ切った顔でへの字口をした少女と、困ったように覗き込む少年。
六歳のルエナと、七歳のアルベール。
もう一枚めくると、まだ機嫌の悪そうな少女と、困った表情を何とか隠そうと不自然な真顔の少年。
「……し、って……いる……わ……」
ルエナが知っているのは、こんな木炭で描かれたデッサンではなく、鮮やかな色のついた、でも嫌いな一枚。
何故か画家のおじさんが「記念に持っておくといい」と言って持ってきたのを、父や母が苦笑しながら受け取っていた。
他にも肖像画を描く画家は何人も家にやってきたが、その絵以上の素晴らしい物はなく、そしてどんなに不機嫌そうな顔で座っていても、出来上がったのは全部笑顔で代わり映えのしない作り物のルエナしか書いてくれないことに不満を持ったことを覚えている。
嫌いだったけど、『本当』を描いてくれて好きだった一枚の、デッサン。
12
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完】婚約してから十年、私に興味が無さそうなので婚約の解消を申し出たら殿下に泣かれてしまいました
さこの
恋愛
婚約者の侯爵令嬢セリーナが好きすぎて話しかけることができなくさらに近くに寄れないジェフェリー。
そんなジェフェリーに嫌われていると思って婚約をなかった事にして、自由にしてあげたいセリーナ。
それをまた勘違いして何故か自分が選ばれると思っている平民ジュリアナ。
あくまで架空のゆる設定です。
ホットランキング入りしました。ありがとうございます!!
2021/08/29
*全三十話です。執筆済みです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる