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前世・2
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リオン・シュタイン・ダンガフは王宮の自室でシーナ・ティア・オイン嬢が一番最初に描いたルエナ嬢のデッサンを手にし、物思いに耽っている。
誰にも──シーナ・ティア・オインとして転生していた双子の妹、詩音以外には──話したことのない、自分の最後の瞬間を、後悔しかないあの時を思い返していた。
『凛音』だった前世、自分は二度も唯一の妹を守れなかった。
しかも敵は、凛音と同じく詩音を『唯一の妹』と守るはずだった次兄である。
風邪でもない、頭痛でもない──一応大病院の院長である祖父が家で詩音を診てくれたが、とにかくある程度熱を抑える薬と抗生剤を出すぐらいしかできないということで、病院に入っている医局に連絡してくれ、祖父と共に職場見学のような気軽さで出掛けた。
それが間違いだった。
祖父がまた一緒に戻ってきてくれたのだが、閉めたはずの詩音と凛音の部屋のドアは開いたままで、不自然にベッドが軋む音がしたが、その時の莉音にはそのおかしな音の意味するところが解らなかった。
理解したのは祖父──
「なっ……何をしてるのだ、お前は───っ!!」
聞いたこともないような怒鳴り声と見たこともない素早さで祖父は部屋に入ったかと思うと、ガツッドザッと酷い音が響いた。
何事かと凛音も後に続くと、次兄が汚れたままの下半身を丸出しにし、壁に激突して後頭部でも打ったのか蹲っている。
祖父は息を荒くし、背中を向けたまま立ちすくむ凛音に入るなと再び怒鳴り、すぐさま両親を呼んで来いと命令した。
父は病院にいたためいなかったが母がちょうど外出から戻ってきたところで、祖父が自分たちの部屋に恋と呼んでいると言ったが、最初はのんびりと外出着を脱ぐから待てと言われてしまった。
「で、でも……何か、ちい兄がパンツ脱いでて、お祖父ちゃんは僕に部屋に入っちゃだめだって……」
「え……?」
「で、でも、詩音はまだ寝てるのに、どうしたらいい……?」
「り、凛音はここにいなさい!」
そう叫んだ母はようやく緊急に呼びつけられたと理解し、出迎えていた家政婦に凛音を預けて、子供部屋に向かい──修羅場が始まった。
詩音は目を見開いたまま身動きもせずに担架に乗せられ、半月ほど家には帰ってこなかった。
それと同時に次兄もどこかに連れて行かれ、家には不機嫌な両親と歳の離れた双子の弟妹を無視すると決めている長兄と、何も教えてもらえずに精神的に不安定になった凛音が生活することになったのである。
詩音はもうこの家には戻らないと伝えられた日、凛音は母に連れられて、父も兄たちもいない見知らぬマンションに連れてこられ、ずっと黙って本だけを黙々と読む妹と新しい生活が始まった。
その時に凛音がようやく知らされたのは、長兄が双子がいないように振る舞っていたのは本当に歳の離れた弟妹を嫌っていたということと、次兄が異常性愛者のために二度と妹を傷つけないようにと祖父が所有するマンションに引っ越してきたこと。
「……もう、あの家に帰らなくて、いいの?」
「ええ…もちろんよ……」
久しぶりに効いた妹の声は掠れていて、母は双子を纏めて抱きしめ、学校どころかこの家からすら出なくていいと言ってくれた。
通信通学制度が世間的にも認められていたことも味方して、詩音も凛音も本当に必要以外は通学することなく中等教育も専修学校での准看護師の免許を取得して卒業することもできたのである。
免許を取ってもふたりとも病院に──父や祖父のいる病院に勤める気など全くなく、詩音は子供の頃から好きで描いていた絵画を本格的に始めたりデジタル漫画を投稿し、凛音はそれを手伝いながら乙女ゲームや異世界転生小説を読み耽って、ふたりともオタク生活のまま一生引き籠りでいいとすら思っていたのに、その平穏は壊された。
どうやってか狂った目をした次兄が突然マンションに現れ、隠し持っていた包丁で突然凛音を刺したのである。
「どう…して……」
最初にレイプされた恐怖が蘇ってしまったのか、まったく動くことができない凛音に抱きついて庇うと、背中に灼熱が走った。
何度も。何度も。
力も意識も抜けかけると、次兄に蹴り飛ばされて詩音から離れてしまった。
「クッソゥ!何で俺が家にいない間に出て行くんだ!てめぇは!!てめぇのせいでなぁ!俺は女を痛めつけてからじゃないとセックスできなくなったんだぞ?!責任取れよ!てめぇ!!」
訳の分からないことを言いながら次兄は拳を固め、床に押し倒した詩音の顔を殴った。
もうその頃には刺されたショックと出血のせいで凛音の身体は動かず、血塗れになり頬が腫れて涙と血を流す詩音が身につけていた下着を剥ぎ取られ、次兄が自分の猛り狂う逸物だけを性急に剥き出して妹の脚の間に突き入れて腰を動かしながら首を絞めているのを見ているしかなかった。
だんだんと顔色が悪くなり、眼球だけこちらを向いた気がしたが、凛音自身ももうよく見えない。
「し……お……」
その後、詩音が無事だったのか──少なくとも殺される前に母が帰ってきてくれたのか確認する前に、凛音の意識はフェードアウトした。
誰にも──シーナ・ティア・オインとして転生していた双子の妹、詩音以外には──話したことのない、自分の最後の瞬間を、後悔しかないあの時を思い返していた。
『凛音』だった前世、自分は二度も唯一の妹を守れなかった。
しかも敵は、凛音と同じく詩音を『唯一の妹』と守るはずだった次兄である。
風邪でもない、頭痛でもない──一応大病院の院長である祖父が家で詩音を診てくれたが、とにかくある程度熱を抑える薬と抗生剤を出すぐらいしかできないということで、病院に入っている医局に連絡してくれ、祖父と共に職場見学のような気軽さで出掛けた。
それが間違いだった。
祖父がまた一緒に戻ってきてくれたのだが、閉めたはずの詩音と凛音の部屋のドアは開いたままで、不自然にベッドが軋む音がしたが、その時の莉音にはそのおかしな音の意味するところが解らなかった。
理解したのは祖父──
「なっ……何をしてるのだ、お前は───っ!!」
聞いたこともないような怒鳴り声と見たこともない素早さで祖父は部屋に入ったかと思うと、ガツッドザッと酷い音が響いた。
何事かと凛音も後に続くと、次兄が汚れたままの下半身を丸出しにし、壁に激突して後頭部でも打ったのか蹲っている。
祖父は息を荒くし、背中を向けたまま立ちすくむ凛音に入るなと再び怒鳴り、すぐさま両親を呼んで来いと命令した。
父は病院にいたためいなかったが母がちょうど外出から戻ってきたところで、祖父が自分たちの部屋に恋と呼んでいると言ったが、最初はのんびりと外出着を脱ぐから待てと言われてしまった。
「で、でも……何か、ちい兄がパンツ脱いでて、お祖父ちゃんは僕に部屋に入っちゃだめだって……」
「え……?」
「で、でも、詩音はまだ寝てるのに、どうしたらいい……?」
「り、凛音はここにいなさい!」
そう叫んだ母はようやく緊急に呼びつけられたと理解し、出迎えていた家政婦に凛音を預けて、子供部屋に向かい──修羅場が始まった。
詩音は目を見開いたまま身動きもせずに担架に乗せられ、半月ほど家には帰ってこなかった。
それと同時に次兄もどこかに連れて行かれ、家には不機嫌な両親と歳の離れた双子の弟妹を無視すると決めている長兄と、何も教えてもらえずに精神的に不安定になった凛音が生活することになったのである。
詩音はもうこの家には戻らないと伝えられた日、凛音は母に連れられて、父も兄たちもいない見知らぬマンションに連れてこられ、ずっと黙って本だけを黙々と読む妹と新しい生活が始まった。
その時に凛音がようやく知らされたのは、長兄が双子がいないように振る舞っていたのは本当に歳の離れた弟妹を嫌っていたということと、次兄が異常性愛者のために二度と妹を傷つけないようにと祖父が所有するマンションに引っ越してきたこと。
「……もう、あの家に帰らなくて、いいの?」
「ええ…もちろんよ……」
久しぶりに効いた妹の声は掠れていて、母は双子を纏めて抱きしめ、学校どころかこの家からすら出なくていいと言ってくれた。
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どうやってか狂った目をした次兄が突然マンションに現れ、隠し持っていた包丁で突然凛音を刺したのである。
「どう…して……」
最初にレイプされた恐怖が蘇ってしまったのか、まったく動くことができない凛音に抱きついて庇うと、背中に灼熱が走った。
何度も。何度も。
力も意識も抜けかけると、次兄に蹴り飛ばされて詩音から離れてしまった。
「クッソゥ!何で俺が家にいない間に出て行くんだ!てめぇは!!てめぇのせいでなぁ!俺は女を痛めつけてからじゃないとセックスできなくなったんだぞ?!責任取れよ!てめぇ!!」
訳の分からないことを言いながら次兄は拳を固め、床に押し倒した詩音の顔を殴った。
もうその頃には刺されたショックと出血のせいで凛音の身体は動かず、血塗れになり頬が腫れて涙と血を流す詩音が身につけていた下着を剥ぎ取られ、次兄が自分の猛り狂う逸物だけを性急に剥き出して妹の脚の間に突き入れて腰を動かしながら首を絞めているのを見ているしかなかった。
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「し……お……」
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