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侵入
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ルエナが飲んでいたお茶には、思考力を奪う禁薬が仕込まれていた。
しかも部屋に置いてあるそのポットどころか、ルエナ専用として特別に置かれていた茶葉入れにたっぷりと混ぜられ、どうやっても取り除けないほどの量が検出されたのである。
いったいいつから──
それを問うのは、愚かかもしれない。
「先生がご用意してくれたお茶を持ってきてちょうだい!」
解雇された女家庭教師をいまだ慕うかのように、そう命じるルエナのために同じ物を仕入れるよう奔走したが、商会を通じて同じ茶葉を仕入れても「これは違う」と退けられ──しかしサラがルエナの専任侍女になってからは、彼女がその茶葉を用立てるようになり、彼女の淹れるお茶だけを飲むようになった。
「……中毒、か」
「手遅れになっていないといいのですが」
成分的にはそんなに強いものではないかもしれないが、あまりにも長い間、知らずに服用し続けてしまった。
それが今後のルエナにどう影響するのか──
「サラ自身は?」
「茶葉が無くなる頃に決められた場所に置かれており、いつも『お嬢様を思って』という女の手によると思われる便箋が添えられているため、出所はルエナが慕っていた女家庭教師が手配した物なんだろうと思っていた……と。それには毎回必ず『内緒だからか必ず燃やして』と書かれていて、それに従い処分しているため、現物は残っていないと話しましたが……それ以上は何も言いません」
しかもその場所は時折り変えられており、同じ場所に行っても手紙で次の場所が簡単な図で示されるだけで、それを推測して探さないと見つけられないという。
「……手が込み過ぎてて、気持ち悪い」
「そう、だな……」
今やアルベールは偶然ではなく、しっかりとシーナの手を握っていた。
それはまるでどこにも行かせないと宣言しているようで──シーナ嬢は何とかその手をのけようとさりげなく動くが、スルリとアルベールはまた捕らえてしまう。
だがその表情は晴れず、逆に心配そうに何度もシーナ嬢を見つめ、逸らしてはカップに満たされた紅茶を睨みつけた。
公爵家の裏手に建てられた物置小屋。
一見すれば頑健な物だが周りに鬱蒼と木々が生い茂るために湿気も酷く、夜になれば光源など全くない暗闇に紛れるように、本邸から見えない壁には漆喰の壊れた部分がある。
ズズズッ……と不快な音を立てていくつかの塊になったレンガが抜かれ、黒装束の男がヌッと頭を突き出した。
「チッ……あんな低位貴族の娘がどうやってアルベール様に取り入ったの……?あの忌々しい絵なんて……せっかく盗み出すチャンスだったのに……」
「よお!」
「ヒッ!!」
サラはビクッと身体を震わせ、声のした方を見る。
「『商品』をもらいに来た奴らが帰ってこないんでね。別の物を用意しなって言っておいたよな?」
「べ…別の物って……む、無理よ……お茶のこと調べられてるし、あの部屋にはもう入れないし……何より、私がここにいるのよ?どうやってあの忌々しい娘の絵を盗めっていうのよ……」
サラが言い募っていると、さらにその後ろからもまた人影が現れた。
「つべこべうるせぇなぁ。俺ぁ、貴族の女を味わえるって言うからついてきたのに……もうこいつでいいだろう?連れて行こうぜ」
「そうだな……いや、それよりも」
先に入ってきた男は考える素振りをしたが、それは格好だけで、すでに結論は雇い主から決められていた。
それなのにわざと答えを長引かせたのは、単に目の前の女が怯えている様を一秒でも長く楽しみたいからである。
「どうせならここで甚振っていいぜ。この小屋はもう使われてないって話だしな。どうせもう今日は取り調べになんか来やしねぇだろうから、どんなに泣き叫ばせても助けなんか来っこねぇし……明日の朝にこいつの死体がここで転がってりゃあ、お偉い顔をした公爵様の警備も大したことねぇって醜聞撒き散らかせるってさ」
「こっ……殺す、のっ……?この、私を……?」
「ああ、その『私』を、だ。たっぷり子種仕込んでからやるから、せいぜいあの世に行くまで楽しめよ?最も澄ました貴族様なら、まぁだ生娘って可能性もあるけどな!」
「きっ……聞いてないっ……た、助けてくれる…って……」
「ああ、だから助けてやるよ?どうせここから出たって、あんた貴族裁判だろう?だったら、後生大事にしてる貞操も命も俺らがもらっていいって言われてるんだよ。だから、この世から助けてもらえよ?」
その言葉と同時に後から入ってきた男に突然飛びかかられ、サラは固い床の上に押し倒される。
勢いで後頭部が激しく床に当たり、抵抗しようにも眩暈と耳鳴りと背中の痛みで息をすることも難しかった。
ベロリと舌を出して気持ちの悪い笑みを浮かべる男の顔が、涙で滲む。
薄暗い路地裏でなら運が悪かったと思うかもしれないが、しっかりとした高位貴族の屋敷がある敷地内で、どこの誰ともわからない男に犯され、そして殺される──今ようやくサラは状況を理解し、そのままぐるりと白目を剥いて気絶した。
しかも部屋に置いてあるそのポットどころか、ルエナ専用として特別に置かれていた茶葉入れにたっぷりと混ぜられ、どうやっても取り除けないほどの量が検出されたのである。
いったいいつから──
それを問うのは、愚かかもしれない。
「先生がご用意してくれたお茶を持ってきてちょうだい!」
解雇された女家庭教師をいまだ慕うかのように、そう命じるルエナのために同じ物を仕入れるよう奔走したが、商会を通じて同じ茶葉を仕入れても「これは違う」と退けられ──しかしサラがルエナの専任侍女になってからは、彼女がその茶葉を用立てるようになり、彼女の淹れるお茶だけを飲むようになった。
「……中毒、か」
「手遅れになっていないといいのですが」
成分的にはそんなに強いものではないかもしれないが、あまりにも長い間、知らずに服用し続けてしまった。
それが今後のルエナにどう影響するのか──
「サラ自身は?」
「茶葉が無くなる頃に決められた場所に置かれており、いつも『お嬢様を思って』という女の手によると思われる便箋が添えられているため、出所はルエナが慕っていた女家庭教師が手配した物なんだろうと思っていた……と。それには毎回必ず『内緒だからか必ず燃やして』と書かれていて、それに従い処分しているため、現物は残っていないと話しましたが……それ以上は何も言いません」
しかもその場所は時折り変えられており、同じ場所に行っても手紙で次の場所が簡単な図で示されるだけで、それを推測して探さないと見つけられないという。
「……手が込み過ぎてて、気持ち悪い」
「そう、だな……」
今やアルベールは偶然ではなく、しっかりとシーナの手を握っていた。
それはまるでどこにも行かせないと宣言しているようで──シーナ嬢は何とかその手をのけようとさりげなく動くが、スルリとアルベールはまた捕らえてしまう。
だがその表情は晴れず、逆に心配そうに何度もシーナ嬢を見つめ、逸らしてはカップに満たされた紅茶を睨みつけた。
公爵家の裏手に建てられた物置小屋。
一見すれば頑健な物だが周りに鬱蒼と木々が生い茂るために湿気も酷く、夜になれば光源など全くない暗闇に紛れるように、本邸から見えない壁には漆喰の壊れた部分がある。
ズズズッ……と不快な音を立てていくつかの塊になったレンガが抜かれ、黒装束の男がヌッと頭を突き出した。
「チッ……あんな低位貴族の娘がどうやってアルベール様に取り入ったの……?あの忌々しい絵なんて……せっかく盗み出すチャンスだったのに……」
「よお!」
「ヒッ!!」
サラはビクッと身体を震わせ、声のした方を見る。
「『商品』をもらいに来た奴らが帰ってこないんでね。別の物を用意しなって言っておいたよな?」
「べ…別の物って……む、無理よ……お茶のこと調べられてるし、あの部屋にはもう入れないし……何より、私がここにいるのよ?どうやってあの忌々しい娘の絵を盗めっていうのよ……」
サラが言い募っていると、さらにその後ろからもまた人影が現れた。
「つべこべうるせぇなぁ。俺ぁ、貴族の女を味わえるって言うからついてきたのに……もうこいつでいいだろう?連れて行こうぜ」
「そうだな……いや、それよりも」
先に入ってきた男は考える素振りをしたが、それは格好だけで、すでに結論は雇い主から決められていた。
それなのにわざと答えを長引かせたのは、単に目の前の女が怯えている様を一秒でも長く楽しみたいからである。
「どうせならここで甚振っていいぜ。この小屋はもう使われてないって話だしな。どうせもう今日は取り調べになんか来やしねぇだろうから、どんなに泣き叫ばせても助けなんか来っこねぇし……明日の朝にこいつの死体がここで転がってりゃあ、お偉い顔をした公爵様の警備も大したことねぇって醜聞撒き散らかせるってさ」
「こっ……殺す、のっ……?この、私を……?」
「ああ、その『私』を、だ。たっぷり子種仕込んでからやるから、せいぜいあの世に行くまで楽しめよ?最も澄ました貴族様なら、まぁだ生娘って可能性もあるけどな!」
「きっ……聞いてないっ……た、助けてくれる…って……」
「ああ、だから助けてやるよ?どうせここから出たって、あんた貴族裁判だろう?だったら、後生大事にしてる貞操も命も俺らがもらっていいって言われてるんだよ。だから、この世から助けてもらえよ?」
その言葉と同時に後から入ってきた男に突然飛びかかられ、サラは固い床の上に押し倒される。
勢いで後頭部が激しく床に当たり、抵抗しようにも眩暈と耳鳴りと背中の痛みで息をすることも難しかった。
ベロリと舌を出して気持ちの悪い笑みを浮かべる男の顔が、涙で滲む。
薄暗い路地裏でなら運が悪かったと思うかもしれないが、しっかりとした高位貴族の屋敷がある敷地内で、どこの誰ともわからない男に犯され、そして殺される──今ようやくサラは状況を理解し、そのままぐるりと白目を剥いて気絶した。
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