婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

文字の大きさ
上 下
26 / 267

思慕

しおりを挟む
アルベールは公爵邸の北側にある公爵家所属の兵たちが訓練するための修練場で、一心不乱に剣を振っている。

己の捧げた剣を手に取り、主君から与えられた正式な宣誓ではなかった──だが、あの子爵令嬢は怯まず、言い間違いや言葉遣いの違いはあってもまっすぐに自分を見つめ、誓いを受け入れてくれた。
だが──叶うなら、本当の主君であるリオン王太子殿下の許可さえあれば、本気で婚約の申し込みをしたかった。

しかしそれでは、今三人が目指している『ルエナ・リル・ディーファンが無実の罪で処罰され、シーノ・ティア・オインに複数の男が侍る』という結末を捻じ曲げる計画が潰れてしまう。
シーナ嬢が危害を加えられ、暴言に晒されているのは事実であり、それに関わり犯行すれすれの命令をしているのがルエナ公爵令嬢かもしれない・・・・・・という憶測が飛び交っている現在。
憶測だけで決めつけるなと思うが、王家の次に位置する公爵家の子息令嬢という立場では調べる側が配慮した消極的な捜索だけで『そんな証拠はなかった』という発表がされれば、逆に事実を権力でもみ消したのではと疑われる。
そんなことが起こりうると容易に想像できる今、シーナ嬢に対して選択権を与えることも控えた方がいいというのが、シーナ嬢と同じ『夢』の内容を知っている王太子から言われていた。
「……クソッ!」
思わず大声が出たが、その勢いのまままた模擬剣を振る。
そのあまりの気迫に誰も近付けないため、アルベールは目の前に立てた訓練用の案山子にその念を叩きつけた。
シーナ嬢を匿う計画もルエナ嬢を救う計画も共にあったが、それをいっぺんに解決しようと卒業パーティーの前に動いたのは、シーナ嬢が説明してくれた『逆ハーエンド』という言葉のせいである。
逆ハー──いわゆる『逆ハーレム』状態。
ひとりの女性に対して複数の男性が誰も嫉妬心を持たずに心からの愛を捧げて侍ることだという、荒唐無稽な現象のことらしい。
それを男性に置き換えればおかしくないだろうとも言われたが、たとえ後宮に複数の側妃がいたとして、全員が自分以外を寵愛されることを平常心で受け入れることなど想像できなかった。
実際リオン王太子は王宮の慣例に逆らい、正妃以外を側に置くつもりはないと公言しており、アルベールもその意見に全面的に賛成である。

だからこそ──


寝室からは応接だけでなく浴室にも不浄の部屋にも行けるため、ルエナは特に不便を感じずに過ごしていた。
時間を選べば、庭に出ている母も、何故か庭園に興味を持ったらしい子爵令嬢も目に入れることなく風を入れることができる。
唯一不満といえば応接室に置いてある本はすべて読み尽くしており、新しい物を手に入れようと思ったら、階下にある図書室まで足を運ばねばならない。
「……それも、嫌だわ」
シーナ嬢がサラの控室だった部屋にいるかどうかを確かめさせればいいのだが、そこに侍女をやることはまるで自分が彼女を気にしているという意思表示に思え──実際気にしているのだが、ルエナはその気持ちをかたくなに認めるつもりはなかった。
父と母と兄が『あんな低位貴族の女を客人として持て成すなんて、品位を落すようなことを悪かった』と頭を下げ、孤高を保つルエナに家族の元に戻るようにと言われるのを待っている──つもりである。
しかしそんなルエナの心の慰めのひとつとなっているのが、シーナ嬢の物だという綺麗な水彩のスケッチブックである矛盾に思い至らず、何故かルエナは美しい湖畔やどこかの町の背の高い教会などを飽きずに見ていた。
特に気に入ったのは、ガラス玉に色のついた帯が入っている絵である。

こんな物が実際にあるわけではないだろうが、これを描いた人はなんと想像力が豊かなのだろう──

フッと心が緩み、ついで頬も緩むが、どうしてこの絵を見ると自分が幼く感じるかわからない。
毛糸玉にじゃれつく子猫、帽子を被せられた頬皮の弛む犬、雲と空に浮かぶボール、キラキラと水滴を乗せる瑞々しい何かの植物の葉。
「……お嬢様、新しいものが置かれていました」
サラが少し不機嫌そうに新しいスケッチブックを持って入ってくる。
ルエナはその様子を気にせず、ただ心急いて腕を伸ばした。
これはシーナ嬢から、ルエナに対する献上物である。
どうにかルエナを懐柔しようと下手したてに出てご機嫌を取ろうとしている行動だと思えば、この美しい絵を楽しみにしている気持ちを誤魔化して、自分が優位に立っているように思えた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。

藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。 「……旦那様、何をしているのですか?」 その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。 そして妹は、 「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と… 旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。 信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

処理中です...