18 / 267
花園
しおりを挟む
ディーファン家の館の南西に広がる庭は、王都内でもかなり有名な庭園である。
他の公爵家と違って血ではなく、他国の姫を迎えるために王妃の弟を陞爵させたというご都合用の姻戚貴族のため、王家からの手当てが一番少ない。
そのためこの館の美しい庭園を、庭の無いタウンハウスに住む貴族たちにガーデンパーティー開催のために貸し出すというアイデアで、手当て代わりの利益を生み出している。
近年は庭を眺めながら結婚披露宴をいかがという宣伝文句と共に、門塀を背にした小さなコテージが建てられ、まず公爵家になど招かれもしない低位貴族の令嬢がこの庭で披露宴をするのが夢だと言われるほどだ。
表向きは『緑の手を持つ魔女と謂われる凄腕女庭師が庭の手入れをしている』となっているが、まさか誰もその『魔女』がディーファン公爵夫人その人だとは思わないだろう。
元々は園芸が趣味だということで、実家であるルーウェン伯爵家の小さな庭を色とりどりに飾っていたのだが、現在は第一位にあるウェイリーナ公爵家に降嫁された第一王女のエミリエンヌ様が披かれたガーデンパーティーでテーブルを飾ったフラワーアレンジメントが縁で、当時のディーファン公爵夫人が未来のルエナの母となるフルール・テュア・ルーウェン伯爵令嬢との面会を求めた。
「フルールって、本当にあなたにぴったりね!」
母に連れられてお目通りしたフルールが、ディーファン公爵夫人が好きだという花を中心に贈ったコサージュを見て喜んだが、さらに伯爵家のサンルームを本来の温室として使い、たまたま季節違いのその花を育てていたのだとフルールが言ったのを聞いてその言葉を放ったというのは、今でも貴族の間では有名である。
次には公爵夫人が跡取り息子のランベールを伴って伯爵家を訪れ、言葉どおりに花々の溢れる庭と温室を見て、その場で二人の婚約を纏めることとなった。
そんなに裕福さを感じないルーウェン伯爵家の令嬢が公爵家に嫁入りするなど、経済的援助目当てと言われたこともあったが、それは単に浪費を好まない家柄だったというだけで、実際は農作物や園芸に関する事業で資産があったため雑音はすぐにかき消された。
その時もこの館の庭でガーデンパーティーを行ったとリオン王太子は何度、叔母であるエミリエンヌから聞かされたことか──今の素晴らしい庭と違い、単に芝生の手入れをし、花嫁の手になるフラワーアレンジメントをあしらったドレスや髪に編み込んだ花飾りの方がよほど目の保養になった、と。
しかし館の私的な部分である北東の庭は表よりも広く、しかも花だけでなく様々なハーブも育てていると来る。
アルベールが「ある人に教わった」と言って持って帰ってきた苗をたちまちのうちに増やし、カモミールやラベンダー、花茶に使用できる花は幾種類あるのだろうか。
「……あいつも大概だけど、植物に関しては本当に魔女だな、義母上は」
ルエナがどう思おうとまったく手放す気のないリオン王太子は、今やすっかり打ち解けてアルベールのエスコートする腕から手を放し、逆に夫人に腕を貸してゆっくりと歩きながら花々を見るシーナ嬢を眺めた。
その様子は、ようやくベッドから起き出したルエナの目にも入った。
幼い頃に王太子との婚約が調ってから、母とは一線を画すようにと家庭教師に言われたのが習性となってしまい、甘えたい年齢の頃も我慢して母に触れないようにしていたというのに、何故かあの娘が母の支えとなっている。
まるで自分の側女ではなく、母の話し相手のようではないか──
グッと口を結んだルエナは、今度は涙を溢すまいと堪えてふたたびベッドの方へと引き返して、窓のすべてにカーテンを引くようにと命じた。
他の公爵家と違って血ではなく、他国の姫を迎えるために王妃の弟を陞爵させたというご都合用の姻戚貴族のため、王家からの手当てが一番少ない。
そのためこの館の美しい庭園を、庭の無いタウンハウスに住む貴族たちにガーデンパーティー開催のために貸し出すというアイデアで、手当て代わりの利益を生み出している。
近年は庭を眺めながら結婚披露宴をいかがという宣伝文句と共に、門塀を背にした小さなコテージが建てられ、まず公爵家になど招かれもしない低位貴族の令嬢がこの庭で披露宴をするのが夢だと言われるほどだ。
表向きは『緑の手を持つ魔女と謂われる凄腕女庭師が庭の手入れをしている』となっているが、まさか誰もその『魔女』がディーファン公爵夫人その人だとは思わないだろう。
元々は園芸が趣味だということで、実家であるルーウェン伯爵家の小さな庭を色とりどりに飾っていたのだが、現在は第一位にあるウェイリーナ公爵家に降嫁された第一王女のエミリエンヌ様が披かれたガーデンパーティーでテーブルを飾ったフラワーアレンジメントが縁で、当時のディーファン公爵夫人が未来のルエナの母となるフルール・テュア・ルーウェン伯爵令嬢との面会を求めた。
「フルールって、本当にあなたにぴったりね!」
母に連れられてお目通りしたフルールが、ディーファン公爵夫人が好きだという花を中心に贈ったコサージュを見て喜んだが、さらに伯爵家のサンルームを本来の温室として使い、たまたま季節違いのその花を育てていたのだとフルールが言ったのを聞いてその言葉を放ったというのは、今でも貴族の間では有名である。
次には公爵夫人が跡取り息子のランベールを伴って伯爵家を訪れ、言葉どおりに花々の溢れる庭と温室を見て、その場で二人の婚約を纏めることとなった。
そんなに裕福さを感じないルーウェン伯爵家の令嬢が公爵家に嫁入りするなど、経済的援助目当てと言われたこともあったが、それは単に浪費を好まない家柄だったというだけで、実際は農作物や園芸に関する事業で資産があったため雑音はすぐにかき消された。
その時もこの館の庭でガーデンパーティーを行ったとリオン王太子は何度、叔母であるエミリエンヌから聞かされたことか──今の素晴らしい庭と違い、単に芝生の手入れをし、花嫁の手になるフラワーアレンジメントをあしらったドレスや髪に編み込んだ花飾りの方がよほど目の保養になった、と。
しかし館の私的な部分である北東の庭は表よりも広く、しかも花だけでなく様々なハーブも育てていると来る。
アルベールが「ある人に教わった」と言って持って帰ってきた苗をたちまちのうちに増やし、カモミールやラベンダー、花茶に使用できる花は幾種類あるのだろうか。
「……あいつも大概だけど、植物に関しては本当に魔女だな、義母上は」
ルエナがどう思おうとまったく手放す気のないリオン王太子は、今やすっかり打ち解けてアルベールのエスコートする腕から手を放し、逆に夫人に腕を貸してゆっくりと歩きながら花々を見るシーナ嬢を眺めた。
その様子は、ようやくベッドから起き出したルエナの目にも入った。
幼い頃に王太子との婚約が調ってから、母とは一線を画すようにと家庭教師に言われたのが習性となってしまい、甘えたい年齢の頃も我慢して母に触れないようにしていたというのに、何故かあの娘が母の支えとなっている。
まるで自分の側女ではなく、母の話し相手のようではないか──
グッと口を結んだルエナは、今度は涙を溢すまいと堪えてふたたびベッドの方へと引き返して、窓のすべてにカーテンを引くようにと命じた。
13
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】望んだのは、私ではなくあなたです
灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。
それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。
その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。
この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。
フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。
それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが……
ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。
他サイトでも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
生命(きみ)を手放す
基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。
平凡な容姿の伯爵令嬢。
妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。
なぜこれが王太子の婚約者なのか。
伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。
※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。
にんにん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる