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不快
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手紙は思っていたよりも、恐ろしくも気持ち悪くもなかった。
本当にシーナ嬢とは恋仲などではなく、幼い頃から年に数回顔を合わせる幼なじみというほどではなくとも知り合いというよりは深い友であること。
むろんアルベールとも何度か顔を合わせたことがあること。
また不快な思いをさせることになってしまった交流会での断罪は、名前を明かせないシーナ嬢を狙った犯人を焙りだすための芝居であり、けっしてルエナのことを嫌ったり、婚約者の座を他の誰かに変えるつもりなどないこと。
スチュアートに持たせた調香油は、頭痛や目が疲れた時にとても効き目のある花の香油を合わせてシーナ嬢が自分の知識から作った物だが、絶対に多く使いすぎないようにという注意書きと、湯の中に数滴落して部屋に微かに香らせると安眠できるはずだということ。
安眠?
こんなに気持ち悪いのに、安眠などできるはずがない。
知り合い?
リオン王太子とはほぼ毎日顔を合わせていたのに、シーナ嬢と一緒だった時などないではないか。
言い訳にしても酷すぎると、ルエナはギュッと手紙を握りしめる。
しかも兄まであの低位貴族の令嬢と親しくするなど、公爵家の矜持を持たないのかと、別の意味で頭痛がしてくるではないか。
しかし気になる言葉がある──再三繰り返される『シーナ嬢の命が狙われ、その犯人はルエナではない』という一文だ。
口頭で一度、そして手紙で二度。
しかもそんな話を、まったくルエナは聞いたことがないのだ。
「……お手紙、確かに読ませていただきました」
「はい」
「しかし、やはり今は体調が優れず、お会いすることもお返事を書くこともままなりません……ですので、今日はこのまま失礼したいと……お伝え、して……」
「畏まりました」
今度は何も強要せず、スチュアートは一礼してついてきた侍女を寝室に控えさせる許可をルエナに請い、しばらくは冷たいタオルと熱いタオルを瞼の上に交互に乗せて手当てするようにと、ルエナに聞こえるように指示をする。
「では失礼いたします」
ひんやりとしたタオルを乗せられたが、香りがない分、少し物足りない。
しかしシーナ嬢が調合した香を気に入ったなどとは口が裂けても言えないと思い、黙って瞼が冷されるに任せた。
どれくらい経ったのか、静かな室内でうとうとしていたルエナの目の上が軽くなり、今度は少し熱いと感じるぐらいのタオルが先ほどと同じ花々の香りを纏って乗せられる。
もうあの香りはいらないと思ったはずなのに、熱いタオルが気持ち良くて大きく息を吐いてから深呼吸して、その花々に隠れるスゥッとした香りを感じ──ストンと意識が途切れてしまった。
「……そうか」
家令が伝えてきたルエナの言葉と、ちゃんと手紙を読んだ様子を聞いたリオンは、はぁ…と溜息をついた。
できれば怒り狂って、子爵令嬢をこの館に連れてきたことを直に説明しろと言ってくれれば。
弱々しく縋ってでも、子爵令嬢と自分とを比べるのかと罵ってくれれば。
理解不能と考えて、子爵令嬢の命が狙われ、なぜ自分がそれに巻き込まれているのかと尋ねてくれれば。
答えて、一緒に考えて、誤解を解いて、愛を打ち明けて。
リオンは自分が考えていたよりもルエナの心が固く閉ざされていることを知って、鍵穴と鍵の在り処を探さねばならない困難さを思い、とりあえずはヒントをもらおうと庭でまだ交流しているはずの公爵一家とシーナ嬢の下に合流しようと、待っている間に出されたコーヒーを飲み干してから静かに立ち上がった。
本当にシーナ嬢とは恋仲などではなく、幼い頃から年に数回顔を合わせる幼なじみというほどではなくとも知り合いというよりは深い友であること。
むろんアルベールとも何度か顔を合わせたことがあること。
また不快な思いをさせることになってしまった交流会での断罪は、名前を明かせないシーナ嬢を狙った犯人を焙りだすための芝居であり、けっしてルエナのことを嫌ったり、婚約者の座を他の誰かに変えるつもりなどないこと。
スチュアートに持たせた調香油は、頭痛や目が疲れた時にとても効き目のある花の香油を合わせてシーナ嬢が自分の知識から作った物だが、絶対に多く使いすぎないようにという注意書きと、湯の中に数滴落して部屋に微かに香らせると安眠できるはずだということ。
安眠?
こんなに気持ち悪いのに、安眠などできるはずがない。
知り合い?
リオン王太子とはほぼ毎日顔を合わせていたのに、シーナ嬢と一緒だった時などないではないか。
言い訳にしても酷すぎると、ルエナはギュッと手紙を握りしめる。
しかも兄まであの低位貴族の令嬢と親しくするなど、公爵家の矜持を持たないのかと、別の意味で頭痛がしてくるではないか。
しかし気になる言葉がある──再三繰り返される『シーナ嬢の命が狙われ、その犯人はルエナではない』という一文だ。
口頭で一度、そして手紙で二度。
しかもそんな話を、まったくルエナは聞いたことがないのだ。
「……お手紙、確かに読ませていただきました」
「はい」
「しかし、やはり今は体調が優れず、お会いすることもお返事を書くこともままなりません……ですので、今日はこのまま失礼したいと……お伝え、して……」
「畏まりました」
今度は何も強要せず、スチュアートは一礼してついてきた侍女を寝室に控えさせる許可をルエナに請い、しばらくは冷たいタオルと熱いタオルを瞼の上に交互に乗せて手当てするようにと、ルエナに聞こえるように指示をする。
「では失礼いたします」
ひんやりとしたタオルを乗せられたが、香りがない分、少し物足りない。
しかしシーナ嬢が調合した香を気に入ったなどとは口が裂けても言えないと思い、黙って瞼が冷されるに任せた。
どれくらい経ったのか、静かな室内でうとうとしていたルエナの目の上が軽くなり、今度は少し熱いと感じるぐらいのタオルが先ほどと同じ花々の香りを纏って乗せられる。
もうあの香りはいらないと思ったはずなのに、熱いタオルが気持ち良くて大きく息を吐いてから深呼吸して、その花々に隠れるスゥッとした香りを感じ──ストンと意識が途切れてしまった。
「……そうか」
家令が伝えてきたルエナの言葉と、ちゃんと手紙を読んだ様子を聞いたリオンは、はぁ…と溜息をついた。
できれば怒り狂って、子爵令嬢をこの館に連れてきたことを直に説明しろと言ってくれれば。
弱々しく縋ってでも、子爵令嬢と自分とを比べるのかと罵ってくれれば。
理解不能と考えて、子爵令嬢の命が狙われ、なぜ自分がそれに巻き込まれているのかと尋ねてくれれば。
答えて、一緒に考えて、誤解を解いて、愛を打ち明けて。
リオンは自分が考えていたよりもルエナの心が固く閉ざされていることを知って、鍵穴と鍵の在り処を探さねばならない困難さを思い、とりあえずはヒントをもらおうと庭でまだ交流しているはずの公爵一家とシーナ嬢の下に合流しようと、待っている間に出されたコーヒーを飲み干してから静かに立ち上がった。
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