婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

文字の大きさ
上 下
15 / 267

損壊

しおりを挟む
隣室が気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。

いつもなら寝室にまで入れるサラさえも下がらせ、ルエナはベッドに伏して泣き続けた。
できれば嗚咽どころか破壊衝動を抑えずに部屋中の物を叩き壊し、あの気色悪いスケッチブックをすべて燃やし、ドレスを切り裂き、名前を呼ぶのも嫌なあの子爵家の娘の荷物など、庭に投げ捨ててしまいたい。
それができないのはルエナ自身の生来の気質というよりも、『公爵家の娘としてあるべき行動を』と躾けられた結果である。
シーナにつけられたカロリーヌ・ドロテ・リッソン侯爵夫人ほどではないにしても、そこそこ躾の厳しかった家庭教師はことあるごとにルエナにそう言って聞かせ、その『あるべき行動』のひとつとして公爵家の娘は伯爵家よりも下の位の者や庶民などに頭を下げるのではなく、頭を下げさせ声が掛かるのを待たせるべきと教え込んだ。
そしてそれを言葉に出して強制するのは恥ずべきことで、態度や視線で相手にそのことを気づかせるために、眼力を込めて見つめ無言で圧力をかけることが必要。
弱味を見せることはすなわち社交界での敗北であり、王太子妃として失格という烙印を押され、たとえ正妃になれたとしてもせいぜい愛妃となる別の女性を守るための傀儡の盾となるしかない。そして正妃として役に立たない公爵令嬢を娶れるのは男爵や子爵などの低位に見合わぬ資産持ちの老人の性欲処理用後妻として嫁ぐか、終生修道女として生きていくしかない云々うんぬん──
そんな話をルエナが勉強や行儀で失敗をするたびに言っていた女教師は、貴族学園入学を半年後に控えたある日、勉強部屋からも与えられていた居室からも私物を全部撤去されて突然屋敷からいなくなった。

しかし、時すでに遅く──

そんな恐ろしい人生の結末をことあるごとに聞かされ、まだ世の中を知らなかったルエナは、本来持つべき貴族としての常識を徹底的に破壊されてしまい、礼儀正しく優雅に感情を殺した笑みを浮かべる公爵令嬢は、冷酷な眼差しと『格下と思った相手と関わるのは恥』という間違った矜持を持つ、他人から見れば『高慢ちきな世間知らずのお嬢様』と揶揄やゆされ、陰で嘲笑われる存在となってしまった。
そんなふうになってもなお矯正されなかったのは、幼くともこの国に五家ある公爵家の中で第二位の地位にあるディーファン家のひとり娘であり、早くから王太子の婚約者と決定していたのと、壊れた人形のような娘になってしまった原因を放置していた罪悪感を持つ両親と純粋に愛する兄が極端に甘やかしてしまったためである。
王宮で王太子妃としての勉強もあったが、取り付く島もないほどただ静かに教授の言葉を聞き、書き取るその姿勢をある人は「冷静沈着にして王太子妃にふさわしく」と評価し、ある人は「覇気が見られず政敵を退けられるか不安」と評した。
しかしながら王太子自身がルエナを手放さないと明言し、ついで宣言書に自筆のサインとやり過ぎ感の強い意思表示を両親である国王と王妃に提出してしまったため、『人格的に劣る令嬢』としてルエナではなく自分の娘を推そうとしていた別の公爵家や侯爵家は黙するよりほかはなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

生命(きみ)を手放す

基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。 平凡な容姿の伯爵令嬢。 妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。 なぜこれが王太子の婚約者なのか。 伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。 ※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。 にんにん。

処理中です...