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損壊
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隣室が気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
いつもなら寝室にまで入れるサラさえも下がらせ、ルエナはベッドに伏して泣き続けた。
できれば嗚咽どころか破壊衝動を抑えずに部屋中の物を叩き壊し、あの気色悪いスケッチブックをすべて燃やし、ドレスを切り裂き、名前を呼ぶのも嫌なあの子爵家の娘の荷物など、庭に投げ捨ててしまいたい。
それができないのはルエナ自身の生来の気質というよりも、『公爵家の娘としてあるべき行動を』と躾けられた結果である。
シーナにつけられたカロリーヌ・ドロテ・リッソン侯爵夫人ほどではないにしても、そこそこ躾の厳しかった家庭教師はことあるごとにルエナにそう言って聞かせ、その『あるべき行動』のひとつとして公爵家の娘は伯爵家よりも下の位の者や庶民などに頭を下げるのではなく、頭を下げさせ声が掛かるのを待たせるべきと教え込んだ。
そしてそれを言葉に出して強制するのは恥ずべきことで、態度や視線で相手にそのことを気づかせるために、眼力を込めて見つめ無言で圧力をかけることが必要。
弱味を見せることはすなわち社交界での敗北であり、王太子妃として失格という烙印を押され、たとえ正妃になれたとしてもせいぜい愛妃となる別の女性を守るための傀儡の盾となるしかない。そして正妃として役に立たない公爵令嬢を娶れるのは男爵や子爵などの低位に見合わぬ資産持ちの老人の性欲処理用後妻として嫁ぐか、終生修道女として生きていくしかない云々──
そんな話をルエナが勉強や行儀で失敗をするたびに言っていた女教師は、貴族学園入学を半年後に控えたある日、勉強部屋からも与えられていた居室からも私物を全部撤去されて突然屋敷からいなくなった。
しかし、時すでに遅く──
そんな恐ろしい人生の結末をことあるごとに聞かされ、まだ世の中を知らなかったルエナは、本来持つべき貴族としての常識を徹底的に破壊されてしまい、礼儀正しく優雅に感情を殺した笑みを浮かべる公爵令嬢は、冷酷な眼差しと『格下と思った相手と関わるのは恥』という間違った矜持を持つ、他人から見れば『高慢ちきな世間知らずのお嬢様』と揶揄され、陰で嘲笑われる存在となってしまった。
そんなふうになってもなお矯正されなかったのは、幼くともこの国に五家ある公爵家の中で第二位の地位にあるディーファン家のひとり娘であり、早くから王太子の婚約者と決定していたのと、壊れた人形のような娘になってしまった原因を放置していた罪悪感を持つ両親と純粋に愛する兄が極端に甘やかしてしまったためである。
王宮で王太子妃としての勉強もあったが、取り付く島もないほどただ静かに教授の言葉を聞き、書き取るその姿勢をある人は「冷静沈着にして王太子妃にふさわしく」と評価し、ある人は「覇気が見られず政敵を退けられるか不安」と評した。
しかしながら王太子自身がルエナを手放さないと明言し、ついで宣言書に自筆のサインとやり過ぎ感の強い意思表示を両親である国王と王妃に提出してしまったため、『人格的に劣る令嬢』としてルエナではなく自分の娘を推そうとしていた別の公爵家や侯爵家は黙するよりほかはなかった。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
いつもなら寝室にまで入れるサラさえも下がらせ、ルエナはベッドに伏して泣き続けた。
できれば嗚咽どころか破壊衝動を抑えずに部屋中の物を叩き壊し、あの気色悪いスケッチブックをすべて燃やし、ドレスを切り裂き、名前を呼ぶのも嫌なあの子爵家の娘の荷物など、庭に投げ捨ててしまいたい。
それができないのはルエナ自身の生来の気質というよりも、『公爵家の娘としてあるべき行動を』と躾けられた結果である。
シーナにつけられたカロリーヌ・ドロテ・リッソン侯爵夫人ほどではないにしても、そこそこ躾の厳しかった家庭教師はことあるごとにルエナにそう言って聞かせ、その『あるべき行動』のひとつとして公爵家の娘は伯爵家よりも下の位の者や庶民などに頭を下げるのではなく、頭を下げさせ声が掛かるのを待たせるべきと教え込んだ。
そしてそれを言葉に出して強制するのは恥ずべきことで、態度や視線で相手にそのことを気づかせるために、眼力を込めて見つめ無言で圧力をかけることが必要。
弱味を見せることはすなわち社交界での敗北であり、王太子妃として失格という烙印を押され、たとえ正妃になれたとしてもせいぜい愛妃となる別の女性を守るための傀儡の盾となるしかない。そして正妃として役に立たない公爵令嬢を娶れるのは男爵や子爵などの低位に見合わぬ資産持ちの老人の性欲処理用後妻として嫁ぐか、終生修道女として生きていくしかない云々──
そんな話をルエナが勉強や行儀で失敗をするたびに言っていた女教師は、貴族学園入学を半年後に控えたある日、勉強部屋からも与えられていた居室からも私物を全部撤去されて突然屋敷からいなくなった。
しかし、時すでに遅く──
そんな恐ろしい人生の結末をことあるごとに聞かされ、まだ世の中を知らなかったルエナは、本来持つべき貴族としての常識を徹底的に破壊されてしまい、礼儀正しく優雅に感情を殺した笑みを浮かべる公爵令嬢は、冷酷な眼差しと『格下と思った相手と関わるのは恥』という間違った矜持を持つ、他人から見れば『高慢ちきな世間知らずのお嬢様』と揶揄され、陰で嘲笑われる存在となってしまった。
そんなふうになってもなお矯正されなかったのは、幼くともこの国に五家ある公爵家の中で第二位の地位にあるディーファン家のひとり娘であり、早くから王太子の婚約者と決定していたのと、壊れた人形のような娘になってしまった原因を放置していた罪悪感を持つ両親と純粋に愛する兄が極端に甘やかしてしまったためである。
王宮で王太子妃としての勉強もあったが、取り付く島もないほどただ静かに教授の言葉を聞き、書き取るその姿勢をある人は「冷静沈着にして王太子妃にふさわしく」と評価し、ある人は「覇気が見られず政敵を退けられるか不安」と評した。
しかしながら王太子自身がルエナを手放さないと明言し、ついで宣言書に自筆のサインとやり過ぎ感の強い意思表示を両親である国王と王妃に提出してしまったため、『人格的に劣る令嬢』としてルエナではなく自分の娘を推そうとしていた別の公爵家や侯爵家は黙するよりほかはなかった。
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