婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

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離脱

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ルエナはあまり晴れた気分にはならず、黙々と針を進めていたが、いったい自分は何のために刺繍をしているのかと悲しくなってきた。
これは別に誰にあげるというわけでもなく、花束を差したいなとふと思って差し始めた習作である。
だからどうということでもないが、乱れた心で差した花はまるでルエナ自身を現わすかのように糸と糸の間が離れてしまったり、変に重なってしまったりと、見ていて嫌になるようなひどい出来になってしまった。
人目さえなければ刺繍枠ごと床に叩きつけ、大声を上げて目障りな存在と化した目の前の子爵令嬢を名指しで罵倒していたかもしれない。

──そんなこと、できるはずがないじゃない。

感情が昂りすぎてツンと鼻の奥が痛くなったと思った瞬間、ルエナはポロリと涙を零していた。
まさか人前で泣く姿を晒すことになるなど、混乱の極みである。
膝の上、ソファの上に置いていた刺繍籠、ひじ掛けの上の本──それらがテラコッタの床に散らばって落ちるのも構わず、ルエナは無言で立ち上がると、断りを入れることすらせずに食堂へ駆け戻り、そのまま従僕が開けてくれた扉を抜けて自室へと駆け戻ってしまった。


後に残された者たちは呆然とするしかない。
それぞれにルエナが思うところがあることはわかっていたが、まさか泣き出して逃げてしまうなど、想像以上の行動だった。
「……ま、まあね……アタシだって急に知らない女の子を連れてこられて『面倒みろ』って言われたら、皿のひとつぐらいは投げつけるわ」
「お前は確か灰皿じゃなかったっけ?」
「あれはオブジェよ!使ってないもん!非喫煙者に失礼な!」
リオン王太子とシーナ嬢が掛け合いのような会話を聞き流し、アルベールは妹が出ていった扉の方を睨みつけながら、小さくない声で心の中を漏らす。
「……失礼な奴だ、まったく。シーナ嬢、妹が大変失礼な態度を取って、申し訳ない」
「アルベール様……そこは私を非難してくださいな。『突然訪ねてきたと思ったら、我が家の平和を乱して、なんということだ!我が麗しい妹にしっかりと礼儀を教えてもらうがいい!』って……」
「それはお前の趣味全開だろうが……」
キラキラと目を輝かせるシーナから目を逸らし、リオンはハァ…と溜息をついた。
「しかしリアルでルエナ嬢に会えたからって、突然スケッチ始めるって、マジビョーキだよ……」
「し、仕方ないでしょぉ?!学園ならどうにかこっそり盗み見して描くことができたけど……せっかく……せっかうゼロではないにしても、こんなに近い距離!隣の部屋!一緒のご飯!ハラショー!」
「最後のは聞かなかったことにする……どこから引き出すんだか。いっそのこと、屋根裏でもよかったんだぞ?こんなやつ」
「いっ、いや!シーナ嬢をそんな扱いにするわけにはいかないでしょう?!」
公爵家のアルベールとリオン王太子は年齢がひとつ違いであり、側近として幼い頃から王太子の側にあるからこその気安さだが、さすがに『王太子から預けられた女性』に対してたとえ低位貴族であろうとなかろうとぞんざいな扱いをするつもりは、たとえ親に命じられたとしてもするつもりはなかった。
「あらん♪やっぱりアルベール様って紳士的!屋根裏に閉じ込めるって、私は公女様ではなくってよ?」
「へいへい……お前がここで暖炉掃除でも始めたら、ちゃんと『公女様』って呼んでやるから安心しな?」
「……本当に、あなたたちふたりの話は、いつ聞いてもわからない」
まるで暗号か何かのように、ふたりにだけわかる会話。
しかしそこに愛とか恋とかそういった感情は存在せず、王族に対するギラついた出世欲も感じず、この庶民育ちの令嬢の存在は不思議に満ちている。
しかも──
「こっ、これは!大変失礼いたしました、王太子殿下!」
「お、お出迎えもせず……我が家の使用人がご無礼をいたしまして……」
青褪めて食堂に飛び込んできた両親に向かい、王太子は完璧な礼を返し、そのやや後ろで子爵令嬢もふらつくことなく腰を落としたカーテシーをしながらも無言で声が掛けられるのを待っている。
「いや、私が早くルエナ嬢にお会いしたくて、ご両親への取次ぎの前にアルベールに案内を頼んでしまったのだ。失礼はこちらの方。ご容赦いただけるとありがたい」
「そ、そんな…もったいないお言葉です」
「ええ……そして?」
促すように公爵夫人がチラリと頭を下げたままの令嬢に問いかける視線を向けると、ようやく王太子がシーナ嬢を紹介した。
「こちらがお願いしたオイン子爵令嬢シーナ・ティア嬢です」
「まあ……よくお越しくださいましたわね、シーナ・ティア・オイン子爵令嬢」
「うむ、実に可愛らしいお嬢さんだ」
「……ありがとう存じます。ディーファン公爵閣下、ディーファン公爵夫人におかれましても、ご健勝のこととお喜び申し上げます」
さらに深く腰を落としてから、ゆっくりとその短いピンクゴールドの髪を揺らして、シーナ嬢はようやく姿勢を正して顔を上げた。


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