婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

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疎外

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何とか落ち着いた心持ちになった頃──
「はわわわわわ~~~~っ!!ああああっ!!うぅ動かないでくださぁぁぁぁいっ!!」
とてもじゃないけれど落ち着きを失ってしまうような大声を上げて、ピンクブロンドの髪を揺らした安っぽいワンピースの少女が目の前に現れた。
しかも手にはすでにスケッチブックを構え、驚いた顔のルエナをキッと見据えると、有無を言わさない強さで命じる。
「さぁ!さっきの姿勢で!アタシのことは気にせず!本を読んでいてください!!」
「えっ……」
「さぁ!!」
「えっ…えぇ……」
ビシッと木の枝で指され、行儀の悪さを眉を上げて指摘するがシーナ嬢にはまったく通じず、逆にその表情を咎められてその理不尽さに戸惑う。
「ダメですよ!せっかくご愛読書を手にされているのに、そんなしかめっ面なんて!もっとさっきみたいにリラックスして!本当にアタシのことなんかいないものだと思っていいんですから!」
そうは言われても舐めるように見つめられ、ルエナの居心地の悪さというのは言い表せない。
それでもいつしかシャッシャッと紙に枝を走らせる音で心が落ち着き、本当にシーナ嬢の存在を忘れて読書に没頭していく。
いや──どちらかというと、いつも邸のあちらこちらで待機している使用人たちのように、いるけれどいない存在として無視してよいと脳みそが思い込んだからこそ、こんな態度が取れるのかもしれなかった。
そう言えばこんなふうに通常は邸にいないのに、訪れた時にはまるで景色のように紛れてしまって、時々声を掛けるぐらいでも気に障らない優しい声で──
「では少しお休みください。次は刺繍姿をぜひ」
にっこりと笑いながら強制的ともいえる休憩を告げるピンクブロンドにハッとする。
思わず素直に頷いてサラではないサロンメイドがグラスを差し出すのを受け取って水分を取るが、なぜ自分がこのような格下の者に指示されているのかと、ルエナは微かに苛立ちを込めてシーナ嬢を見た。
しかしそこにふたりの男性が入室したことで、露わにした感情を隠すように慌てて顔を逸らす。
「……ほう」
「水彩?油彩?」
「ラフだからね~。まだ決めてない。木彫り刷りはまだ下手だから、ルエナ様の美しさを表現できないだろうし……」
「水彩がいいんじゃないか?やっぱりパステル調で」
「ああ、色鉛筆系とか……は、ないから、そうね、パステル……粉系か……」
アルベールがシーナ嬢の後ろに立ってスケッチブックを覗き込んで感嘆の声をあげるだけだったが、リオン王太子殿下は横からあれこれと口を出している──けれど、ふたりの距離が近すぎないだろうか?
婚約破棄とまではならなかったが、あの学期末に開かれたパーティーでは予告のような宣言をされていても、いまだ婚約者はルエナのままのはずである。
可愛らしい小動物のような丸い目の少女に、金髪でりりしい顔つきの王太子は、まったく関係のない他人であれば『何てお似合いな……』と言ってしまうかもしれない。

金の太陽と銀の月。

そう称されることのある王太子と自分に対し、彼女とならなんと例えられるのか、少しだけ胸がチクリとする。
──だが、そんなルエナのモヤモヤした気持ちをよそに、シーナ嬢は刺繍枠を持って次のポーズを取るようにと指示をしてきた。
「なぜ、わたくしがっ……」
「ルエナ……私も彼女の絵を見てみたい。頼むから、今だけ言うとおりにしてくれないか?」
「……お兄様……」
くっと唇を噛みそうになったが渋々兄の・・言うとおりにすると、周りが慌てるのも構わずに王太子はシーナ嬢の横に自ら椅子を持ってきて、ルエナの方に顔を向ける位置に陣取る。
「私もルエナ嬢が刺繍をするところも見てみたいなっ……んぐっ……CGじゃないリアルスチール絵……鼻血が出そうだ……」
「出たら『妄想スケベ王子』って呼んでやる。安っぽくなるから我慢しな」
「わっ……わかってるっ……だがっ……尊すぎ……だって、こんなの、設定にもなくっ……グフゥッ……」
「シッ……シーナじょっ……ククッ………」
ドスッと何か不穏な音がしたけれど、何やら仲の良さそうな会話を交わすふたりの方へ顔を向けるのが悔しく、ルエナは絶対に顔を上げないと意地を張って針を刺し進めるだけだ。
しかも聞き慣れない兄の押し殺した笑まで聞こえてきて、ますます孤独感が募っていく。


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