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才能
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ルエナもサラも、アルベールの言葉に呆然とした。
「何を……おっしゃってるの?お兄様……お兄様はシーナ様と……シーナ・ティア・オイン子爵令嬢とは、どんな関係ですの……?」
「どんなって……」
言い淀むその顔がふわりと緩んだ気がして、ルエナはヒュッと息を飲む。
「友人だよ……ただの」
何となく引っかかるような言い方だが、それ以上語るつもりはないのかアルベールは唇を引き結び、リボンを軽く巻いて簡単に縛ると、ルエナに向かって差し出してきた。
「彼女から『よろしければお好きに見てください』とのことだ。いるか?」
「いっ、いりませんっ!そんな物!!」
どんな思いでシーナ嬢がルエナのスケッチを描いたのかは知らないが、知りたくもない。
まさかと思うが、ここにあるすべてのスケッチブックにあんな悍ましい妄想の産物が描かれているかと思うと、下男に言いつけてすべて運び出して燃やしてしまいたい気持ちになった。
「……そうか。まあ、自分の顔を見てもそんなに感動はしないか……では、これはどうだ?」
「いっ、いやぁっ!!」
思わず嫌悪感から激しくかぶりを振って拒否を示したが、兄はどうやら差し出したスケッチブックを見るまではその場から動いてくれそうにもない。
恐る恐る薄目を開けると──
先ほどの木炭スケッチではなく、綺麗な水彩絵の具で描かれた湖畔と山々の絵。
これは──
「ずいぶん前にツェリー伯爵家の屋敷に避暑に行っただろう?たまたまシーナ嬢も父君と訪れたことがあるらしい。記憶をもとに描いてくれたんだ。それと……」
次に出てきたのは景色ではなく、戯れる子猫たち。
不思議な黒い眼鏡らしきものを掛けた犬──犬に眼鏡をかけてどうするのだろう?
微妙な色の違いを持つ小鳥。
見たこともない小さな赤い魚がガラスの器に入っている絵。
不思議な模様の入ったガラス玉と思しき物が散らばった絵。
ただの石畳が平面なのにでこぼこ具合が指先に伝わってきそうな絵。
「何ですの……これ……」
先ほど自分の姿を勝手に描かれた物に感じた気色悪さはまったくなく、ただ淡く濃く美しい水彩画ばかりがそのスケッチブックにはあった。
「これを……シーナ様が?」
「ああ。確か十歳の頃に描きまくったと言っていたな。本当ならば水彩絵の具なども買えないのに、叔父上で今の養父となったオイン子爵が毎年誕生日に贈ってくれた物を父君が保管しておいたのを、まとめて渡してくれたんだとか。きっと生活の足しに売り払おうとしたのかもしれないが、シーナ嬢の才能に気付いて止めたんじゃないのかな?」
そういえばシーナ・ティア・オイン子爵令嬢の実父はオイン子爵家の次男ではあったが、身分を捨ててしまったのであれば、日銭を稼いで暮らしていくのも容易ではなかったのかもしれない。
「でも……だからと言って……」
美しいものを見れば気持ちは揺れる。
ルエナは特に感受性が強く、彼女が描いたという絵画などを見れば、毛嫌いする気も失せるかもしれないと兄は読んでいたのかもしれない。
「ルエナのスケッチが受け取ってもらえなかったら、どうかこちらを受け取ってほしいと。他にも動物だけでなく、風景画をいくつか描いてあるはずと言っていたな」
「そう……」
悔しいがルエナはゆっくりと手を伸ばし、汚いものを受け取るように顔を顰めつつも、兄の差し出したそのスケッチブックを受け取った。
ようやく渡せたことに安心したのか、兄がホッと溜め息をつくのをチラリと見上げ、やはり嵌められたのだと受け取ったことをルエナは後悔する。
「ここ最近の物はますます磨きがかかっているよ。そのうち見に行こう」
「え?見に?」
「ああ。いくつかの絵は買い取られて、あるお屋敷にあるんだ。ちょっとした見ものになるはずらしい」
「は…あ……」
気が乗るはずもないが、一応は受け入れたと思わせた方がよいと思い渋々ルエナは頷いた。
「何を……おっしゃってるの?お兄様……お兄様はシーナ様と……シーナ・ティア・オイン子爵令嬢とは、どんな関係ですの……?」
「どんなって……」
言い淀むその顔がふわりと緩んだ気がして、ルエナはヒュッと息を飲む。
「友人だよ……ただの」
何となく引っかかるような言い方だが、それ以上語るつもりはないのかアルベールは唇を引き結び、リボンを軽く巻いて簡単に縛ると、ルエナに向かって差し出してきた。
「彼女から『よろしければお好きに見てください』とのことだ。いるか?」
「いっ、いりませんっ!そんな物!!」
どんな思いでシーナ嬢がルエナのスケッチを描いたのかは知らないが、知りたくもない。
まさかと思うが、ここにあるすべてのスケッチブックにあんな悍ましい妄想の産物が描かれているかと思うと、下男に言いつけてすべて運び出して燃やしてしまいたい気持ちになった。
「……そうか。まあ、自分の顔を見てもそんなに感動はしないか……では、これはどうだ?」
「いっ、いやぁっ!!」
思わず嫌悪感から激しくかぶりを振って拒否を示したが、兄はどうやら差し出したスケッチブックを見るまではその場から動いてくれそうにもない。
恐る恐る薄目を開けると──
先ほどの木炭スケッチではなく、綺麗な水彩絵の具で描かれた湖畔と山々の絵。
これは──
「ずいぶん前にツェリー伯爵家の屋敷に避暑に行っただろう?たまたまシーナ嬢も父君と訪れたことがあるらしい。記憶をもとに描いてくれたんだ。それと……」
次に出てきたのは景色ではなく、戯れる子猫たち。
不思議な黒い眼鏡らしきものを掛けた犬──犬に眼鏡をかけてどうするのだろう?
微妙な色の違いを持つ小鳥。
見たこともない小さな赤い魚がガラスの器に入っている絵。
不思議な模様の入ったガラス玉と思しき物が散らばった絵。
ただの石畳が平面なのにでこぼこ具合が指先に伝わってきそうな絵。
「何ですの……これ……」
先ほど自分の姿を勝手に描かれた物に感じた気色悪さはまったくなく、ただ淡く濃く美しい水彩画ばかりがそのスケッチブックにはあった。
「これを……シーナ様が?」
「ああ。確か十歳の頃に描きまくったと言っていたな。本当ならば水彩絵の具なども買えないのに、叔父上で今の養父となったオイン子爵が毎年誕生日に贈ってくれた物を父君が保管しておいたのを、まとめて渡してくれたんだとか。きっと生活の足しに売り払おうとしたのかもしれないが、シーナ嬢の才能に気付いて止めたんじゃないのかな?」
そういえばシーナ・ティア・オイン子爵令嬢の実父はオイン子爵家の次男ではあったが、身分を捨ててしまったのであれば、日銭を稼いで暮らしていくのも容易ではなかったのかもしれない。
「でも……だからと言って……」
美しいものを見れば気持ちは揺れる。
ルエナは特に感受性が強く、彼女が描いたという絵画などを見れば、毛嫌いする気も失せるかもしれないと兄は読んでいたのかもしれない。
「ルエナのスケッチが受け取ってもらえなかったら、どうかこちらを受け取ってほしいと。他にも動物だけでなく、風景画をいくつか描いてあるはずと言っていたな」
「そう……」
悔しいがルエナはゆっくりと手を伸ばし、汚いものを受け取るように顔を顰めつつも、兄の差し出したそのスケッチブックを受け取った。
ようやく渡せたことに安心したのか、兄がホッと溜め息をつくのをチラリと見上げ、やはり嵌められたのだと受け取ったことをルエナは後悔する。
「ここ最近の物はますます磨きがかかっているよ。そのうち見に行こう」
「え?見に?」
「ああ。いくつかの絵は買い取られて、あるお屋敷にあるんだ。ちょっとした見ものになるはずらしい」
「は…あ……」
気が乗るはずもないが、一応は受け入れたと思わせた方がよいと思い渋々ルエナは頷いた。
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