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困惑
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主に家族だけや特に親しい友人などしか招かれない第二応接室に入っても、ルエナの孤独感は癒されなかった。
父も母も誇らしげで特に怒り心頭ということもないのがおかしいと言えなくもないが、とにかくルエナが皆の前で酷い侮辱を受け、身に覚えのない罪で婚約者が囲う子爵令嬢を自分の側仕えという名目で引き取り、自分と見劣りしないぐらいの礼儀作法や貴族的教育を施せと命令されたことについて、悪印象どころか嬉しがっているように見える。
「あの………」
「話は聞いた。お前も懐かしいだろう。部屋はお前の横に用意させるから、仲良くしてやるといい」
「あっ……あのっ……わたくしの隣の部屋は……サラの控室ですが……」
「ん?そうだったか……?では同じ階にもうひとつ控えの部屋があったろう」
父が機嫌良さそうに話すのを遮るのは得策ではないと思ったが、多少叱られてもシーナ嬢を側に置かれるのだけは避けたいと思って、ルエナは震える声で考え直してほしいと言外に頼む。
──が。
「そちらにサラの物を移すように。何かあればすぐに呼べるように呼び鈴もある。心配することはない」
「は…はい……っ」
「ふふ……そういえば、あなたの友人を泊まらせることなんか、王太子妃教育が始まってからはなかったものね!私は婚姻前から実家でよくお友達とガーデンパーティーやお泊り会なんかもしていたから、あなたにそんな経験をさせてあげられないことが悲しかったわ。ああ、でもこれで少しは寂しさも紛れるわね?」
そう言ってにっこりと笑う母に、ルエナは反論することができない。
叫びたい。
子爵令嬢であるシーナ・ティア・オインなんかとは友達じゃない、と。
彼女を側付き侍女の部屋になど住まわせたくはない、と。
だが公爵家に生まれたその身が、教育が、そして王太子の婚約者という立場が、ルエナから言葉を奪った。
「いやしかし……思ってもみなかった。あの子は男の子でなかったなど」
「仕方がありませんわ。男手ひとりで子供を育てるのに、女の子であれば何かと疑われますもの……ましてや平民の出ではないと知れれば、かどわかしにあってしまう可能性もありますわ。そうなれば、縁を切ったはずの生家に迷惑が掛かって、自分たちの居所がわかってしまう……」
「実際今回はオイン子爵に預けたわけだろう?」
ここでやっと父が眉を顰めたが、それは平民との間に生まれたシーナを厭うてのことではないらしい。
「仕方ありませんでしょう?オイン子爵家に今いるのはオイン子爵ご本人の希望ですもの。でも、おかげで感動の再会だわ!」
かんどう?
さいかい?
ルエナは困惑に浮かびかけていた涙もやり場のない怒りも霧散し、ポカンと両親と兄の顔を順番に見る。
「……ひょっとして、ルエナは覚えていないのか?」
「……何の、お話でしょうか?」
固い口調になってしまったのは、自分にはまったくわからない思い出話らしき会話を両親だけでなく、聞いているだけの兄も楽しんでいるようで、ルエナだけ仲間外れにされている気持ちになってしまったからだった。
「そうか……覚えていないのか……なるほど……ああ、だからこそ」
兄が何か企むように、意地の悪い笑みを浮かべる。
そんな目で見れば、父も母もルエナを憐れむような笑みを浮かべていた。
「……お話が終わりでしたら、下がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え?」
「いや、ど、どうした……?」
いつもの従順な態度ではなく、もうすぐ成人になるはずの令嬢らしからぬ反抗的な態度でルエナは父が止める間もなく、さっさと立ち上がり、一礼して退室した。
父も母も誇らしげで特に怒り心頭ということもないのがおかしいと言えなくもないが、とにかくルエナが皆の前で酷い侮辱を受け、身に覚えのない罪で婚約者が囲う子爵令嬢を自分の側仕えという名目で引き取り、自分と見劣りしないぐらいの礼儀作法や貴族的教育を施せと命令されたことについて、悪印象どころか嬉しがっているように見える。
「あの………」
「話は聞いた。お前も懐かしいだろう。部屋はお前の横に用意させるから、仲良くしてやるといい」
「あっ……あのっ……わたくしの隣の部屋は……サラの控室ですが……」
「ん?そうだったか……?では同じ階にもうひとつ控えの部屋があったろう」
父が機嫌良さそうに話すのを遮るのは得策ではないと思ったが、多少叱られてもシーナ嬢を側に置かれるのだけは避けたいと思って、ルエナは震える声で考え直してほしいと言外に頼む。
──が。
「そちらにサラの物を移すように。何かあればすぐに呼べるように呼び鈴もある。心配することはない」
「は…はい……っ」
「ふふ……そういえば、あなたの友人を泊まらせることなんか、王太子妃教育が始まってからはなかったものね!私は婚姻前から実家でよくお友達とガーデンパーティーやお泊り会なんかもしていたから、あなたにそんな経験をさせてあげられないことが悲しかったわ。ああ、でもこれで少しは寂しさも紛れるわね?」
そう言ってにっこりと笑う母に、ルエナは反論することができない。
叫びたい。
子爵令嬢であるシーナ・ティア・オインなんかとは友達じゃない、と。
彼女を側付き侍女の部屋になど住まわせたくはない、と。
だが公爵家に生まれたその身が、教育が、そして王太子の婚約者という立場が、ルエナから言葉を奪った。
「いやしかし……思ってもみなかった。あの子は男の子でなかったなど」
「仕方がありませんわ。男手ひとりで子供を育てるのに、女の子であれば何かと疑われますもの……ましてや平民の出ではないと知れれば、かどわかしにあってしまう可能性もありますわ。そうなれば、縁を切ったはずの生家に迷惑が掛かって、自分たちの居所がわかってしまう……」
「実際今回はオイン子爵に預けたわけだろう?」
ここでやっと父が眉を顰めたが、それは平民との間に生まれたシーナを厭うてのことではないらしい。
「仕方ありませんでしょう?オイン子爵家に今いるのはオイン子爵ご本人の希望ですもの。でも、おかげで感動の再会だわ!」
かんどう?
さいかい?
ルエナは困惑に浮かびかけていた涙もやり場のない怒りも霧散し、ポカンと両親と兄の顔を順番に見る。
「……ひょっとして、ルエナは覚えていないのか?」
「……何の、お話でしょうか?」
固い口調になってしまったのは、自分にはまったくわからない思い出話らしき会話を両親だけでなく、聞いているだけの兄も楽しんでいるようで、ルエナだけ仲間外れにされている気持ちになってしまったからだった。
「そうか……覚えていないのか……なるほど……ああ、だからこそ」
兄が何か企むように、意地の悪い笑みを浮かべる。
そんな目で見れば、父も母もルエナを憐れむような笑みを浮かべていた。
「……お話が終わりでしたら、下がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え?」
「いや、ど、どうした……?」
いつもの従順な態度ではなく、もうすぐ成人になるはずの令嬢らしからぬ反抗的な態度でルエナは父が止める間もなく、さっさと立ち上がり、一礼して退室した。
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