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産院はつつがなく出来上がり、では誰がその院長になるか──というところで、大問題が持ち上がった。
いや正確には問題というか、『大事件』に近い。
まずヒロトたちのいる町にいる医師の腕は悪くないのだが、前世の記憶のあるヒロトやアキ、ルネにしてみれば医学的知識の遅れが甚だしい。
アキに関してはヒロトが産まれるまで前世の記憶が戻らなかったこともあり、この世界での『母体任せの出産方法』に異論はなかったが、もしアキがどこかのお嬢さんと再婚して赤ん坊が生まれる時に、運と母体に任せっきりの自然分娩や『衛生管理』という部分において不安があるのに、産婆にもこの町の医者にも病院を預けることはできなかった。
だがそのことに解決策を授けたのがルネで、そしてそれこそが『大事件』だったのである。
目の覚めるような美女を見て、チャムシィやデラ、グラどころかヒロトまでがその場に固まった。
ルネが蕩けるような顔を見せているその女性こそが新しくできた産院の院長であり、今までまったく女性の影がなかったルネの想い人である。
自分には結婚願望はないと言っていたのに──いや、そもそも恋愛感情も少ないと言っていたルネが女性を愛おしそうに見つめるなんて…と、少しヒロトは裏切られた感じに陥った。
「君たちがルネの教え子さん?ひとりしかいないって聞いてたのに、あんがいちゃんと先生してるのね!」
「あ……いや……」
教え子というか、ちゃんとした弟子はデラだけで、ひょっとするとロメウス先生もルネの弟子になるのかもしれないけれど、少なくとも魔力のほとんどないヒロトに関してはハッキリと『違う』といえる。
「違う違う。その子はね、せんぱ……いや、ボクの大親友のお子さん!居候させてもらって、ご飯作ってもらって、お風呂入れてもらって……」
「ペットかよ!」
ルネの軽い口調の否定に、ヒロトはいつもの調子を取り戻す。
それからやっぱりいつも通り「え~」とか「だって~」というルネに向かって、「だってじゃない!」と窘める子供をジィッと見つめ、美女はクスッと笑った。
「なぁるほど~……君がアレね?ルゥが『結婚しなくてもとっても幸せ』って言っていたヒロ君ね?ふふ……そっかぁ……君がいたから、ルゥはとっても子供の扱いが上手だったのねぇ」
「え?子供?扱う?」
「うん、そう。その話もちゃんとしたいけど……まずは自己紹介をしなくちゃね?ねえ、私の患者さん第一号はどちら?」
ふわっと良い匂いを纏わせた美女はヒロトの頭をひとつ撫でると、綺麗に直立してルネを振り返った。
ちょうどそこにはかなり大きくなったお腹を抱えた奥さんを気遣いつつロメウス先生が入室して──思わず立ち止まる。
この町どころか、ロメウス先生たちの住んでいた村にも、彼女のような女性はいないだろうが、こんなところで奥さん以外の女性に目を奪われるのは夫婦喧嘩になりかねない。
実際イリーナは微笑みを引っ込めて、怒りとはいかないまでもその手前に行きそうな無表情になっている。
「なるほど……」
美女はうんと頷くと、スタスタとふたりの方へ歩いて行き──挨拶のためか嬉しそうに手を差し伸べてきたロメウス先生を無視して、サッとイリーナがお腹に当てていた手を取り腰を支えながら椅子へと誘った。
そのまま彼女の前に膝をつくと、その艶やかな容姿からは発せられるとは思えないほどの凛々しさで、恭しくイリーナに名前を告げる。
「初めまして。私はヴィオレット・ジョアン・シュー。あなたの主治医となります。歳は30歳。こう見えても三児の母よ!だから安心してお産に挑んでね?ルゥから聞いているかと思うけど、あなたのお腹には赤ん坊がふたりいるの。だから普通の妊婦よりもいろいろと違うことがあるけど、王都式で進んだ医学であなたも大切なふたりの命も、ちゃんと守るからね!」
「………っ……はいっ………」
いろいろと思うところはあるのだろうが、多子出産では母は何とか助かっても赤ん坊の方がダメになってしまうことも多いし、またそんな不安を面白がるように煽る者も多い。
だからこそ夫よりも先に自分に挨拶をし、不安を取り除くことを約束してくれた女医の方に縋るようにして、新米妊婦は堰を切ったように泣き出した。
いや正確には問題というか、『大事件』に近い。
まずヒロトたちのいる町にいる医師の腕は悪くないのだが、前世の記憶のあるヒロトやアキ、ルネにしてみれば医学的知識の遅れが甚だしい。
アキに関してはヒロトが産まれるまで前世の記憶が戻らなかったこともあり、この世界での『母体任せの出産方法』に異論はなかったが、もしアキがどこかのお嬢さんと再婚して赤ん坊が生まれる時に、運と母体に任せっきりの自然分娩や『衛生管理』という部分において不安があるのに、産婆にもこの町の医者にも病院を預けることはできなかった。
だがそのことに解決策を授けたのがルネで、そしてそれこそが『大事件』だったのである。
目の覚めるような美女を見て、チャムシィやデラ、グラどころかヒロトまでがその場に固まった。
ルネが蕩けるような顔を見せているその女性こそが新しくできた産院の院長であり、今までまったく女性の影がなかったルネの想い人である。
自分には結婚願望はないと言っていたのに──いや、そもそも恋愛感情も少ないと言っていたルネが女性を愛おしそうに見つめるなんて…と、少しヒロトは裏切られた感じに陥った。
「君たちがルネの教え子さん?ひとりしかいないって聞いてたのに、あんがいちゃんと先生してるのね!」
「あ……いや……」
教え子というか、ちゃんとした弟子はデラだけで、ひょっとするとロメウス先生もルネの弟子になるのかもしれないけれど、少なくとも魔力のほとんどないヒロトに関してはハッキリと『違う』といえる。
「違う違う。その子はね、せんぱ……いや、ボクの大親友のお子さん!居候させてもらって、ご飯作ってもらって、お風呂入れてもらって……」
「ペットかよ!」
ルネの軽い口調の否定に、ヒロトはいつもの調子を取り戻す。
それからやっぱりいつも通り「え~」とか「だって~」というルネに向かって、「だってじゃない!」と窘める子供をジィッと見つめ、美女はクスッと笑った。
「なぁるほど~……君がアレね?ルゥが『結婚しなくてもとっても幸せ』って言っていたヒロ君ね?ふふ……そっかぁ……君がいたから、ルゥはとっても子供の扱いが上手だったのねぇ」
「え?子供?扱う?」
「うん、そう。その話もちゃんとしたいけど……まずは自己紹介をしなくちゃね?ねえ、私の患者さん第一号はどちら?」
ふわっと良い匂いを纏わせた美女はヒロトの頭をひとつ撫でると、綺麗に直立してルネを振り返った。
ちょうどそこにはかなり大きくなったお腹を抱えた奥さんを気遣いつつロメウス先生が入室して──思わず立ち止まる。
この町どころか、ロメウス先生たちの住んでいた村にも、彼女のような女性はいないだろうが、こんなところで奥さん以外の女性に目を奪われるのは夫婦喧嘩になりかねない。
実際イリーナは微笑みを引っ込めて、怒りとはいかないまでもその手前に行きそうな無表情になっている。
「なるほど……」
美女はうんと頷くと、スタスタとふたりの方へ歩いて行き──挨拶のためか嬉しそうに手を差し伸べてきたロメウス先生を無視して、サッとイリーナがお腹に当てていた手を取り腰を支えながら椅子へと誘った。
そのまま彼女の前に膝をつくと、その艶やかな容姿からは発せられるとは思えないほどの凛々しさで、恭しくイリーナに名前を告げる。
「初めまして。私はヴィオレット・ジョアン・シュー。あなたの主治医となります。歳は30歳。こう見えても三児の母よ!だから安心してお産に挑んでね?ルゥから聞いているかと思うけど、あなたのお腹には赤ん坊がふたりいるの。だから普通の妊婦よりもいろいろと違うことがあるけど、王都式で進んだ医学であなたも大切なふたりの命も、ちゃんと守るからね!」
「………っ……はいっ………」
いろいろと思うところはあるのだろうが、多子出産では母は何とか助かっても赤ん坊の方がダメになってしまうことも多いし、またそんな不安を面白がるように煽る者も多い。
だからこそ夫よりも先に自分に挨拶をし、不安を取り除くことを約束してくれた女医の方に縋るようにして、新米妊婦は堰を切ったように泣き出した。
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