38 / 50
38
しおりを挟む
産院はつつがなく出来上がり、では誰がその院長になるか──というところで、大問題が持ち上がった。
いや正確には問題というか、『大事件』に近い。
まずヒロトたちのいる町にいる医師の腕は悪くないのだが、前世の記憶のあるヒロトやアキ、ルネにしてみれば医学的知識の遅れが甚だしい。
アキに関してはヒロトが産まれるまで前世の記憶が戻らなかったこともあり、この世界での『母体任せの出産方法』に異論はなかったが、もしアキがどこかのお嬢さんと再婚して赤ん坊が生まれる時に、運と母体に任せっきりの自然分娩や『衛生管理』という部分において不安があるのに、産婆にもこの町の医者にも病院を預けることはできなかった。
だがそのことに解決策を授けたのがルネで、そしてそれこそが『大事件』だったのである。
目の覚めるような美女を見て、チャムシィやデラ、グラどころかヒロトまでがその場に固まった。
ルネが蕩けるような顔を見せているその女性こそが新しくできた産院の院長であり、今までまったく女性の影がなかったルネの想い人である。
自分には結婚願望はないと言っていたのに──いや、そもそも恋愛感情も少ないと言っていたルネが女性を愛おしそうに見つめるなんて…と、少しヒロトは裏切られた感じに陥った。
「君たちがルネの教え子さん?ひとりしかいないって聞いてたのに、あんがいちゃんと先生してるのね!」
「あ……いや……」
教え子というか、ちゃんとした弟子はデラだけで、ひょっとするとロメウス先生もルネの弟子になるのかもしれないけれど、少なくとも魔力のほとんどないヒロトに関してはハッキリと『違う』といえる。
「違う違う。その子はね、せんぱ……いや、ボクの大親友のお子さん!居候させてもらって、ご飯作ってもらって、お風呂入れてもらって……」
「ペットかよ!」
ルネの軽い口調の否定に、ヒロトはいつもの調子を取り戻す。
それからやっぱりいつも通り「え~」とか「だって~」というルネに向かって、「だってじゃない!」と窘める子供をジィッと見つめ、美女はクスッと笑った。
「なぁるほど~……君がアレね?ルゥが『結婚しなくてもとっても幸せ』って言っていたヒロ君ね?ふふ……そっかぁ……君がいたから、ルゥはとっても子供の扱いが上手だったのねぇ」
「え?子供?扱う?」
「うん、そう。その話もちゃんとしたいけど……まずは自己紹介をしなくちゃね?ねえ、私の患者さん第一号はどちら?」
ふわっと良い匂いを纏わせた美女はヒロトの頭をひとつ撫でると、綺麗に直立してルネを振り返った。
ちょうどそこにはかなり大きくなったお腹を抱えた奥さんを気遣いつつロメウス先生が入室して──思わず立ち止まる。
この町どころか、ロメウス先生たちの住んでいた村にも、彼女のような女性はいないだろうが、こんなところで奥さん以外の女性に目を奪われるのは夫婦喧嘩になりかねない。
実際イリーナは微笑みを引っ込めて、怒りとはいかないまでもその手前に行きそうな無表情になっている。
「なるほど……」
美女はうんと頷くと、スタスタとふたりの方へ歩いて行き──挨拶のためか嬉しそうに手を差し伸べてきたロメウス先生を無視して、サッとイリーナがお腹に当てていた手を取り腰を支えながら椅子へと誘った。
そのまま彼女の前に膝をつくと、その艶やかな容姿からは発せられるとは思えないほどの凛々しさで、恭しくイリーナに名前を告げる。
「初めまして。私はヴィオレット・ジョアン・シュー。あなたの主治医となります。歳は30歳。こう見えても三児の母よ!だから安心してお産に挑んでね?ルゥから聞いているかと思うけど、あなたのお腹には赤ん坊がふたりいるの。だから普通の妊婦よりもいろいろと違うことがあるけど、王都式で進んだ医学であなたも大切なふたりの命も、ちゃんと守るからね!」
「………っ……はいっ………」
いろいろと思うところはあるのだろうが、多子出産では母は何とか助かっても赤ん坊の方がダメになってしまうことも多いし、またそんな不安を面白がるように煽る者も多い。
だからこそ夫よりも先に自分に挨拶をし、不安を取り除くことを約束してくれた女医の方に縋るようにして、新米妊婦は堰を切ったように泣き出した。
いや正確には問題というか、『大事件』に近い。
まずヒロトたちのいる町にいる医師の腕は悪くないのだが、前世の記憶のあるヒロトやアキ、ルネにしてみれば医学的知識の遅れが甚だしい。
アキに関してはヒロトが産まれるまで前世の記憶が戻らなかったこともあり、この世界での『母体任せの出産方法』に異論はなかったが、もしアキがどこかのお嬢さんと再婚して赤ん坊が生まれる時に、運と母体に任せっきりの自然分娩や『衛生管理』という部分において不安があるのに、産婆にもこの町の医者にも病院を預けることはできなかった。
だがそのことに解決策を授けたのがルネで、そしてそれこそが『大事件』だったのである。
目の覚めるような美女を見て、チャムシィやデラ、グラどころかヒロトまでがその場に固まった。
ルネが蕩けるような顔を見せているその女性こそが新しくできた産院の院長であり、今までまったく女性の影がなかったルネの想い人である。
自分には結婚願望はないと言っていたのに──いや、そもそも恋愛感情も少ないと言っていたルネが女性を愛おしそうに見つめるなんて…と、少しヒロトは裏切られた感じに陥った。
「君たちがルネの教え子さん?ひとりしかいないって聞いてたのに、あんがいちゃんと先生してるのね!」
「あ……いや……」
教え子というか、ちゃんとした弟子はデラだけで、ひょっとするとロメウス先生もルネの弟子になるのかもしれないけれど、少なくとも魔力のほとんどないヒロトに関してはハッキリと『違う』といえる。
「違う違う。その子はね、せんぱ……いや、ボクの大親友のお子さん!居候させてもらって、ご飯作ってもらって、お風呂入れてもらって……」
「ペットかよ!」
ルネの軽い口調の否定に、ヒロトはいつもの調子を取り戻す。
それからやっぱりいつも通り「え~」とか「だって~」というルネに向かって、「だってじゃない!」と窘める子供をジィッと見つめ、美女はクスッと笑った。
「なぁるほど~……君がアレね?ルゥが『結婚しなくてもとっても幸せ』って言っていたヒロ君ね?ふふ……そっかぁ……君がいたから、ルゥはとっても子供の扱いが上手だったのねぇ」
「え?子供?扱う?」
「うん、そう。その話もちゃんとしたいけど……まずは自己紹介をしなくちゃね?ねえ、私の患者さん第一号はどちら?」
ふわっと良い匂いを纏わせた美女はヒロトの頭をひとつ撫でると、綺麗に直立してルネを振り返った。
ちょうどそこにはかなり大きくなったお腹を抱えた奥さんを気遣いつつロメウス先生が入室して──思わず立ち止まる。
この町どころか、ロメウス先生たちの住んでいた村にも、彼女のような女性はいないだろうが、こんなところで奥さん以外の女性に目を奪われるのは夫婦喧嘩になりかねない。
実際イリーナは微笑みを引っ込めて、怒りとはいかないまでもその手前に行きそうな無表情になっている。
「なるほど……」
美女はうんと頷くと、スタスタとふたりの方へ歩いて行き──挨拶のためか嬉しそうに手を差し伸べてきたロメウス先生を無視して、サッとイリーナがお腹に当てていた手を取り腰を支えながら椅子へと誘った。
そのまま彼女の前に膝をつくと、その艶やかな容姿からは発せられるとは思えないほどの凛々しさで、恭しくイリーナに名前を告げる。
「初めまして。私はヴィオレット・ジョアン・シュー。あなたの主治医となります。歳は30歳。こう見えても三児の母よ!だから安心してお産に挑んでね?ルゥから聞いているかと思うけど、あなたのお腹には赤ん坊がふたりいるの。だから普通の妊婦よりもいろいろと違うことがあるけど、王都式で進んだ医学であなたも大切なふたりの命も、ちゃんと守るからね!」
「………っ……はいっ………」
いろいろと思うところはあるのだろうが、多子出産では母は何とか助かっても赤ん坊の方がダメになってしまうことも多いし、またそんな不安を面白がるように煽る者も多い。
だからこそ夫よりも先に自分に挨拶をし、不安を取り除くことを約束してくれた女医の方に縋るようにして、新米妊婦は堰を切ったように泣き出した。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
素材採取家の異世界旅行記
木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。
可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。
個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。
この度アルファポリスより書籍化致しました。
書籍化部分はレンタルしております。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる