間の悪い幸運勇者

行枝ローザ

文字の大きさ
上 下
44 / 259

祈られる者。

しおりを挟む
それから何を思ったのかマロシュ老に連れられて行ったのは武器屋や防具屋ではなく神殿──聖ガイ教のこの町にある小さな分殿と言われる建物だった。
碌でもない神官も多いが、しっかりと自分の務めを自覚し果たしている者も多い──ここまで巨大に膨れ過ぎた組織というものは神聖なものであろうと俗なものであろうと、そこにいる人間としての在り方は変わらないのだろう。
だからこそマロシュ老は自分の財を寄進してまで、バルトロメイのために不可思議な加護の付いた革袋を購入するつもりだった。
だが対応してくれた神官はとても敬虔で、自分の師匠であるバルトバーシュをほうふつとさせるようなその人物をバルトロメイはぼんやりと眺めてしまう。
「これこれ。神官様の前じゃぞ?頭を下げんか……」
そっとマロシュ老に囁かれて、慌ててバルトロメイは師匠たちと共に過ごしていた小屋で行っていた祈りの形で跪いた。
「いえいえ。初めて神殿に来られたのでしょう。こちらはこの町の住人ではないようですが……?」
そんなに大きくはない町だからか、長くこの分殿に努める神官は町に生まれてきた子供たちのほとんどに祝福を授けており、たとえ聖ガイ教を信仰していない家の子供でもちゃんと顔を覚えていた。
「えっ……あ、ああ……あの……この子は3年前に我が家に来まして……この町の子供ではないのですじゃ」
「ああ!ではこの少年があなたの弟様のご遺児ですか……どうかあなた様のお父様を失われた辛さ悲しさが癒され、これから先幸福の光が降り注ぎますように……」
そう祈られたが、バルトロメイはキョトンとしてしまう。
何せ生みの親とは捨てられて以来会ったことはないし、13歳までは人外の『家族』と共にあったがそこからも出されて辺境にある聖ガイ・トゥーオン神殿で師匠となったバルトバーシュに会ったが、結界が壊れて起こった魔物の襲来のせいで今いる見知らぬ地に飛ばされてしまったのだ。
故に『父を失った辛さと悲しさ』というのは自分に当てはまらないし、生きている毎日が続かなくなるのが『終わり』ということなのでそれが幸か不幸かということにどう繋がるのかわかっていない。
とりあえず「健やかにあれ」と祈られているのだけはわかったので、それだけは何の疑いもなく受け取る。
それからマロシュ老が特別に祈祷してもらったのは真新しい四角い革袋で、『財布』という名前がついていた。
「ではこちらに手を置いてください」
そう言われて素直に革袋の上に自分の手を置くと、神官はところどころ文言を間違えながらも神語の祈りを捧げた。
[我 祈る この 袋 価値 ある この者 この 袋 持ち主 他人 触れない 災いあれ]
[我は祈る これは我にのみ価値ある 我以外 悪意ある者 触れるなかれ]
何やら恐ろし気なことを告げるので、こっそりその後にバルトロメイは神語を唱え直す。
誰かは知らないが『持ち主となるバルトロメイ自分以外の者がこの袋に触ったらとんでもないことが起こる』という呪文など付与することはできない。
おそらくこの神官としては『この皮袋を手にしても悪いことをすることはできない』というつもりだろうが、唱えたままの意味ではたとえバルトロメイが落としてしまったのを拾ったとしても、その者にこの神官が持つ法力に見合った災いが降りかかるのだ。
文言が少し間違っているからそんなにひどいことにはならないと思いたいが、万が一善意で拾った者が命を落とすような災いを受けるなどあってはならないだろう。

幸いにもその神官は自分がとんでもない祈祷を行ったことには気付かず、穏やかにその『財布』という革袋はバルトロメイの物になった。
「いやぁ、いつもより力を入れてしまいましたわい」
「いやいやいや…世間知らずの子供ですから、大いなるご加護があれば安心ですわい」
のんびりと笑みを交わす老人たちの話を聞いてみれば、どうやらこの神官もあんな物騒な加護を授けることはめったにないらしく、いつもは単に『持ち主からこの皮袋を盗んだら転んで怪我をしろ』ぐらいの祈祷らしい。
どれくらいの大金を寄進したのかと恐れ入るが、本来なら中銅貨10枚とか20枚で祈祷するようなところを大銅貨5枚──小銅貨でいえば5000枚分に当たるほどの大金を出してくれたらしい。
「なぁに、気にせんでいい。わしの大事な孫みたいなもんなんじゃから、お前さんは……」
少し寂しそうにそういうマロシュ老を見て老神官も何か感じたのかもしれないが、何も言わずにただ祈りを捧げてくれた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

処理中です...