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出て行く者。
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石は戻ってきた──マロシュの曾祖母の物だったというペンダントの台座ではなく、弟が加工してもらった小刀の柄の飾りとなって。
黒と見紛うほどの濃い紫色の石の名はわからなかったが何か『とても高価な石』だと言い伝えられてきたのだが、曾祖母のさらに数代前の女性にだけ受け継がれてきたという以外は由来も素性もわからないので平民が簡単に売り払うわけにもいかず、だが何故かそれはマロシュのきょうだいの中でたった2人の妹には預けられなかった。
理由は簡単──産まれたのはきょうだいの中でも末でしかも双子だったから石を割るわけにもいかず、ましてやまだ赤ん坊だったその妹たちが1歳になるぐらいが一番家計が苦しかったため、この家宝を町長を伝手にどこかの貴族に買い取ってもらうべきかというところまで追いつめられていたのである。
だが父と母が悩みに悩んでいる間に石は盗難されてしまって売り払うことができず、代わりにマロシュがすぐ下とその下の弟を連れて手入れの行き届かない自山に分け入って山菜やキノコを採取しては売っていた。
その中にあった木の皮のようなキノコを買った学者風の男が、翌日も同じ場所で露商していた少年3人の前に再び現れたのが、運気上昇のきっかけだった。
「まさかその『木の皮』みたいなもんが、王様の口に入るようなすごいもんだったとは知らずにのぅ。おかげでこの石をばあさまの寝床に隠していたことは最後まで知られんかったよ」
そう──家宝の盗難騒ぎはマロシュの苦肉の策で思いついた自演で、『王様の口に入ったキノコ』は心臓が弱っていた国王のための特効薬だったのである。
マロシュは家のために金が稼げればよく、名誉などいらないと言って四季折々に山に生えるキノコ類を薬の研究のために買い取ってもらう契約で満足した。
満足しなかったのは、上の兄たちが手柄を得て家の役に立ったことを羨む怠け者の六男ドウシュだった。
「俺は兄貴たちなんかより、もっとすごいお宝を見つけるんだ!」
そう言って勉学ではなく剣術や体術を習い出した。
師に払う金は自分で稼ぐのではなく、こっそりと兄の財布から抜いていたがマロシュは気付かないふりをし、16歳になる日の前夜に黙って旅立とうとしていたドウシュを待ち伏せして、隠したままだった家宝のペンダントヘッドを渡したのである。
「いや、そんな…こ、これはさすがに、うちの家宝だろ?!こんなの持って出れねぇよ!」
「お前はこれからこの地を出て行くんだろう?ばあさまのばあさまだって、そんな遠くから嫁に来たわけじゃあないだろうから、こっから離れれば、たとえ売っぱらっちまってもだぁれも気づかん。そりゃぁ、お前がこれを持ったまんま帰ってくれることが俺には一番嬉しいが……冒険者に国境はないんだろう?ひょっとしたらずっと遠い国に行っちまって、帰って来るのに路銀でも必要な時にでも用立ててくれ。何でも『邪悪なモノから守ってくれる』ってぇ意味もあるそうなんだが……ばあさまも耄碌しちまって、ちっとも意味が通らねぇ」
そう言ってマロシュは笑ったが、ばあさま──祖母が伝えたかったのは『その石は愛と家庭を守り、邪悪な者たちからも身を守る』ということだったのだが、後半しかマロシュは汲み取らなかったのである。
幸いにも家族は継続的に得られる『研究協力費』のおかげで豊かになりつつあり、石の守護に頼らずともよくなったために弟の手に渡っても問題はなかった。
だから、ほら……そう言って差し出された石を乱暴に懐にしまった弟は「ありがとう」とも言わずに、たったひとりの見送りを背中に夜の闇に消えてしまった。
黒と見紛うほどの濃い紫色の石の名はわからなかったが何か『とても高価な石』だと言い伝えられてきたのだが、曾祖母のさらに数代前の女性にだけ受け継がれてきたという以外は由来も素性もわからないので平民が簡単に売り払うわけにもいかず、だが何故かそれはマロシュのきょうだいの中でたった2人の妹には預けられなかった。
理由は簡単──産まれたのはきょうだいの中でも末でしかも双子だったから石を割るわけにもいかず、ましてやまだ赤ん坊だったその妹たちが1歳になるぐらいが一番家計が苦しかったため、この家宝を町長を伝手にどこかの貴族に買い取ってもらうべきかというところまで追いつめられていたのである。
だが父と母が悩みに悩んでいる間に石は盗難されてしまって売り払うことができず、代わりにマロシュがすぐ下とその下の弟を連れて手入れの行き届かない自山に分け入って山菜やキノコを採取しては売っていた。
その中にあった木の皮のようなキノコを買った学者風の男が、翌日も同じ場所で露商していた少年3人の前に再び現れたのが、運気上昇のきっかけだった。
「まさかその『木の皮』みたいなもんが、王様の口に入るようなすごいもんだったとは知らずにのぅ。おかげでこの石をばあさまの寝床に隠していたことは最後まで知られんかったよ」
そう──家宝の盗難騒ぎはマロシュの苦肉の策で思いついた自演で、『王様の口に入ったキノコ』は心臓が弱っていた国王のための特効薬だったのである。
マロシュは家のために金が稼げればよく、名誉などいらないと言って四季折々に山に生えるキノコ類を薬の研究のために買い取ってもらう契約で満足した。
満足しなかったのは、上の兄たちが手柄を得て家の役に立ったことを羨む怠け者の六男ドウシュだった。
「俺は兄貴たちなんかより、もっとすごいお宝を見つけるんだ!」
そう言って勉学ではなく剣術や体術を習い出した。
師に払う金は自分で稼ぐのではなく、こっそりと兄の財布から抜いていたがマロシュは気付かないふりをし、16歳になる日の前夜に黙って旅立とうとしていたドウシュを待ち伏せして、隠したままだった家宝のペンダントヘッドを渡したのである。
「いや、そんな…こ、これはさすがに、うちの家宝だろ?!こんなの持って出れねぇよ!」
「お前はこれからこの地を出て行くんだろう?ばあさまのばあさまだって、そんな遠くから嫁に来たわけじゃあないだろうから、こっから離れれば、たとえ売っぱらっちまってもだぁれも気づかん。そりゃぁ、お前がこれを持ったまんま帰ってくれることが俺には一番嬉しいが……冒険者に国境はないんだろう?ひょっとしたらずっと遠い国に行っちまって、帰って来るのに路銀でも必要な時にでも用立ててくれ。何でも『邪悪なモノから守ってくれる』ってぇ意味もあるそうなんだが……ばあさまも耄碌しちまって、ちっとも意味が通らねぇ」
そう言ってマロシュは笑ったが、ばあさま──祖母が伝えたかったのは『その石は愛と家庭を守り、邪悪な者たちからも身を守る』ということだったのだが、後半しかマロシュは汲み取らなかったのである。
幸いにも家族は継続的に得られる『研究協力費』のおかげで豊かになりつつあり、石の守護に頼らずともよくなったために弟の手に渡っても問題はなかった。
だから、ほら……そう言って差し出された石を乱暴に懐にしまった弟は「ありがとう」とも言わずに、たったひとりの見送りを背中に夜の闇に消えてしまった。
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