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第二章 アーウェン少年期 領地編
伯爵夫妻は雪解けを待つ ②
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領都の教育水準は高い。
むろん最高峰といわれる王都の貴族学園や大学院には敵わないと言われているが、ターランド伯爵家がウェルエスト王国に組み込まれる前の旧公国の歴史だけでなく、ウェネリドン辺境地やそこに隣接する国の文化なども可能な限り取りいれていた。
それはウェネリドン辺境地から越境して輸入される物が関係し、そのための教育を奨励しているうちに、取り扱う商売をする者や書物を翻訳する仕事をする者も多くなったのである。
もっともこのターランド伯爵領で流通しているからといって、全地域で親しまれているわけではなく、閉鎖的でプライドの高いウェルエスト王国民は逆に『野蛮な品を扱っている』と公言して忌避する傾向があったため、一般的にこの独自の教育方法はこの地域限定だった。
だがこの国は広く、そのためすべての辺境の外にある国の文化を知ることは、現在は一地域であるターランド伯爵領内では方向違いのガブス共和国に関しては、名前すら聞いたこともない者もいるだろう。
高位貴族の中でも位置的には真ん中ぐらいになるはずの伯爵家ではあっても、かなりの資産家であるターランド伯爵家にいても、南地方の名前を聞いたことはあっても文化に触れることは少ない。
それが縁あって、自分たちだけでなく領民たちにもまた新しい文化を知ることができる──ラウドとヴィーシャムは始めそんなつもりではなかったが、クレファー・チュラン・グラウエスという青年とその家族の境遇を考えれば、そのまま見捨てて去ることができなかっただけであるが。
そこまで考え、ふとヴィーシャムは思いつく。
「ねえ、あなた……次の外出にはアーウェンもお連れになっては?」
「うん?」
妻の提案の意図がわからず、ラウドは思わず聞き返した。
「もうそろそろあの子も、ここの気候にも身体が慣れたのではなくって?」
「まあ……完全に、ではないが。だがそれでもアーウェンを連れ出すのは……もう少し教育が終わってからでも……」
ギンダーに対して秘かに期限を切ったひと月などという時間はすぐ経ってしまい、あっという間にリグレを連れて王都に戻ってしまうだろう。
自分がいる間にしっかりとアーウェンが教えられていることを確認し、休息の日は家族だけの団欒を──
「あなたが王都に戻られても、わたくしがいますわ。それに今すぐというわけでもないですし……」
「そうは言ってもなぁ……」
「そういえばエレノアももうすぐ四歳になりますから、間もなく女家庭教師をつけなければならないでしょう?その前にクレファーにエレノアの基礎学力がどれくらいあるのかを判断してもらうのもいいかしら……ええ、その時にはアーウェンが席を外している方がいいのですけども」
「……席を外すなら、何も邸の外に連れ出さなくても……」
「アーウェンをお連れになって。ギンダーは残してくださらないかしら?エレノアと面談する時に同席させたいと思いますから」
「えっ……あ、ああ~!なるほど」
義息子を邸の外には出したくないと渋るラウドもようやく妻の意図を汲み、真面目に考える。
どうせなら完璧に、しっかり、抜かりないほど準備をし、心身ともに健康になったアーウェンを見せびらかしたい──その気持ちの方が強い。
だがヴィーシャムが未だ判断に迷う家令代理の煮え切らない態度に、少しばかり苛立っていることも知っている。
だがやはり領都内の者に少しでも『新しい息子』がいるということを周知することも必要だ。
葛藤は続く──
だが結局は妻に軍配が上がる。
そのための巡回路を考えればだんだんとそちらにのめり込み、いつの間にかアーウェンとカラをこの町の重要人物に引き合わせることと、評判の店に連れていくことに思考がシフトされていった。
むろん最高峰といわれる王都の貴族学園や大学院には敵わないと言われているが、ターランド伯爵家がウェルエスト王国に組み込まれる前の旧公国の歴史だけでなく、ウェネリドン辺境地やそこに隣接する国の文化なども可能な限り取りいれていた。
それはウェネリドン辺境地から越境して輸入される物が関係し、そのための教育を奨励しているうちに、取り扱う商売をする者や書物を翻訳する仕事をする者も多くなったのである。
もっともこのターランド伯爵領で流通しているからといって、全地域で親しまれているわけではなく、閉鎖的でプライドの高いウェルエスト王国民は逆に『野蛮な品を扱っている』と公言して忌避する傾向があったため、一般的にこの独自の教育方法はこの地域限定だった。
だがこの国は広く、そのためすべての辺境の外にある国の文化を知ることは、現在は一地域であるターランド伯爵領内では方向違いのガブス共和国に関しては、名前すら聞いたこともない者もいるだろう。
高位貴族の中でも位置的には真ん中ぐらいになるはずの伯爵家ではあっても、かなりの資産家であるターランド伯爵家にいても、南地方の名前を聞いたことはあっても文化に触れることは少ない。
それが縁あって、自分たちだけでなく領民たちにもまた新しい文化を知ることができる──ラウドとヴィーシャムは始めそんなつもりではなかったが、クレファー・チュラン・グラウエスという青年とその家族の境遇を考えれば、そのまま見捨てて去ることができなかっただけであるが。
そこまで考え、ふとヴィーシャムは思いつく。
「ねえ、あなた……次の外出にはアーウェンもお連れになっては?」
「うん?」
妻の提案の意図がわからず、ラウドは思わず聞き返した。
「もうそろそろあの子も、ここの気候にも身体が慣れたのではなくって?」
「まあ……完全に、ではないが。だがそれでもアーウェンを連れ出すのは……もう少し教育が終わってからでも……」
ギンダーに対して秘かに期限を切ったひと月などという時間はすぐ経ってしまい、あっという間にリグレを連れて王都に戻ってしまうだろう。
自分がいる間にしっかりとアーウェンが教えられていることを確認し、休息の日は家族だけの団欒を──
「あなたが王都に戻られても、わたくしがいますわ。それに今すぐというわけでもないですし……」
「そうは言ってもなぁ……」
「そういえばエレノアももうすぐ四歳になりますから、間もなく女家庭教師をつけなければならないでしょう?その前にクレファーにエレノアの基礎学力がどれくらいあるのかを判断してもらうのもいいかしら……ええ、その時にはアーウェンが席を外している方がいいのですけども」
「……席を外すなら、何も邸の外に連れ出さなくても……」
「アーウェンをお連れになって。ギンダーは残してくださらないかしら?エレノアと面談する時に同席させたいと思いますから」
「えっ……あ、ああ~!なるほど」
義息子を邸の外には出したくないと渋るラウドもようやく妻の意図を汲み、真面目に考える。
どうせなら完璧に、しっかり、抜かりないほど準備をし、心身ともに健康になったアーウェンを見せびらかしたい──その気持ちの方が強い。
だがヴィーシャムが未だ判断に迷う家令代理の煮え切らない態度に、少しばかり苛立っていることも知っている。
だがやはり領都内の者に少しでも『新しい息子』がいるということを周知することも必要だ。
葛藤は続く──
だが結局は妻に軍配が上がる。
そのための巡回路を考えればだんだんとそちらにのめり込み、いつの間にかアーウェンとカラをこの町の重要人物に引き合わせることと、評判の店に連れていくことに思考がシフトされていった。
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