その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

文字の大きさ
上 下
309 / 417
第二章 アーウェン少年期 領地編

伯爵は義息子の前で剣を揮う ①

しおりを挟む
ゆっくりと上半身を起こす。
「お腹のですね、ここ、ここです。わかりますか?」
太い指が二本、アーウェンの薄い腹部の下の方に置かれ、そっと押される。
「はい!じゃ、グッと力を入れてみてください」
「ぐっ!」
「ククッ…うぅんっ…そう、そうです。そのまま起き上がって…」
ギリーの言葉どおりに「ぐっ!」と言っただけなのに、アーウェンの足首を押さえているカラも含めて皆が思わず吹き出しそうになったが、何とか傷つけないようにと堪えた。
そうして腹筋をやらせようとしたが、いかんせん筋肉が無さすぎて、小さな身体ではあるがアーウェンは上半身を上げきることができない。
持久力もなく途中でぱたんと倒れ込んだが、きちんとできないのが悔しいのかアーウェンは諦めず、「ぐっ!ん~…」を何度か繰り返してようやく『腹筋一回目』が完成した瞬間、その場にいた全員から盛大な拍手が送られた。

さてコツさえつかめば次からは何度でも──となればいいのだが、アーウェンの筋力的にしっかりと上半身を持ち上げられたのは三回までで、だんだんとその角度は保てなくなってしまう。
それから腕たてふせ運動、背筋運動、屈伸運動、反復運動や飛んで障害を避ける運動など様々にあるが、アーウェンはそのどれも正しい姿勢では二回ほどできればいいというぐらい、筋力が足りないのが判明した。
「ずいぶん食べるようにはなったんだがな……」
「そうですね。しかし護衛の者が言っておりましたが、立ち寄った町の散策でもあまり長くは歩けず、走ることもほとんどしないとか」
「そうか……」
姻戚関係にあるグリアース伯爵の妻であるターニャ夫人の出身地であるアズ町──滞在した時は勝手に次男が自分の名である『クージャ』と改名していた──でアーウェンから一気に黒魔法が抜ける前、『ウサギを見つけた』と言って走り出したらしいから、足が動かないということはないのだろう。
無意識下か黒魔法なり呪いなりが発動すると、勝手にアーウェンの筋肉が動くのかもしれない。
「……まさかそれを確認するために、アーウェンを危険にさらすわけにもいくまい」
「そうですね」
アーウェンが軽すぎる体重をかけながらカラの足先を押さえ、腹筋するのを助けているのを見ながら、ギリーは当然とラウドの言葉に頷く。
だいたいアーウェンの身体に影響のあった『悪いモノ』はすべて排除されたはずで、今さらあの状態に戻して確認したいと思うような者はここにはいない。
「それではそろそろ、私も『父』として格好いいところでも見せてやろうではないか」
「えっ……きょ、今日は本当に参加なさるので?」
「当然だろう。何のために私が模擬剣を用意させたと思っているのだ?」
「い、いえ…あの、はい……」
加減知らずの総隊長の膨大な魔力が揮われる模擬戦など、明日の訓練にどれだけの者が無傷で出てこれるのか疑問に思いつつ、止めようがないとギリーは諦観の籠った笑いを溢しながら頷いた。


しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。

下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。 ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。 小説家になろう様でも投稿しています。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

処理中です...