その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

文字の大きさ
上 下
297 / 417
第二章 アーウェン少年期 領地編

幼い令嬢は友達を呼ぶ ③

しおりを挟む
ルダンとタリーは綺麗な服を着た女の人に連れられ、町の外にある建物に連れていかれた。
それは自分たちが住んでいたのとはまったく方向違いで、行くのも徒歩ではなく、何人も乗れる大きな馬車だった。
どこかの貴族に売られたのか──タリーは状況を飲み込めなかったが、教養はなくとも年齢相応に警戒心のあるルダンは思わず身構えたが、ロメリアと共に見送りに出てきたメイドのひとりが親しそうにその人に話しかけ、「よろしく頼むわね」「ええ、もちろん!我が校にそんなひどい父親なんか入れるもんですか!」という会話に、思わずポカンとする。
「……ルダン、だったわね?」
「あ……は……はい……」
「歳は?」
「とし?」
「そう。今年いくつになったの?」
「えぇと……な、なな…つ?」
実はルダンは自分の歳をしっかりと把握していない。
母親が溜息をつきながら自分を眺め、こう呟いたのを聞いただけである。
「まったく……まだ七歳なんて……少なくとも十にならなきゃ下働きにも出せないなんて……」
たぶんそれが自分のことだろうことは察しがついたが、それに確信が持てなかったのは、父親に振り回されるように身体を揺さぶられ、さらに何度か殴られた後だったから、朧でも覚えているだけ上出来だったというものだ。
どうしてそうなったんだか覚えていないが、確かその日は貴族の娘と目が合ったのはいいが、金ではなく温かさの残る紙袋を渡され、それを持って帰った後だった気がする。
父親はその袋を乱暴に逆さまにし、美味そうな匂いのするパンをテーブルの上にぶちまけた。
「こんなもん!酒が買えねぇじゃねぇか!」
それは父親の味覚に合わない子供の好きそうな菓子パンばかりだったのが怒りのスイッチを入れ、テーブルからそれらを叩き落とした後、そんな物しかもらってこなかったルダンへと拳が振るわれたのである。
母親はその隙にパンを全て集めて隠し、タリーが起き出して泣かないようにとギュッと抱き締めて、ルダンが殴られたり投げ飛ばされても見ない振りをした。
だがそのパンがあったからこそ、ルダンがボロボロになって外で物乞いができない間、少しずつ固くなっていくパンであっても口にすることができたのであり、父から素早く隠してくれた母のことを恨んではいない。

「そう、七つ」
もちろんその女性は、ターランド伯爵家の者が町の役場に行って調査したこの幼い兄妹の身元をしっかり知っていたが、兄の方がちゃんと知能があるのかを確認しただけである。
こんな家の子供が教会の初級教室に通わせてもらえないことは百も承知であり、読み書きどころか誕生を祝われることがないために、働きに出るまで自分の年齢を知らない場合があることもわかっていた。
それでも何らかの理由で自分の年齢を知っているということは喜ばしく、自分が勤めている学校への編入はできないまでも、下働きをさせながら少しずつ知識を与えればよいと考えていたのである。
「わたくしはこの町から少し離れた丘にある寄宿学校の副教頭を務めているラシア・ミダルン・シューと言います。シュー先生と呼ぶように」
「は……はい……」
「これからあなたたちふたりは、わたくしと共にその寄宿舎に参ります」
「え……い、家…は……?」
「今日あなたたちをお呼びになったエレノア・イェーム・デュ・ターランド伯爵令嬢のお父上、このターランド伯爵領の大領主様であるラウド・ニアス・デュ・ターランド卿が様々に町のことを正すために動かれ、あなたたちのご両親もその対象になりました。そのためあなたたちの帰る家も調査されるので、あなたたちを養育する者がいません。故にわたくしがあなたたちだけでなく、この町で幼い子供たちを皆連れて行きます」
「は…あ……?」
よく分からないまま手を振るエレノアと別れ、促されて乗ったのがこの馬車だった。

馬車にはルダンより少し大きい女の子を筆頭に数人の子供が先に乗っており、扉が開いた瞬間に少しでも隅に行こうとギュッと馬車の奥へと集まったのが見える。
「面倒はなかった?」
「はい。逃げ出そうとしましたが、警護兵様が阻止してくださいました」
「そう……ではこれからもうひとつの娼館に向かいましょう。まだ十二歳の少女がふたりほどいるそうです」
「了解しました!」
そうしてその言葉通りに娼館から痩せ細った女の子がふたり、さらにルダンたちよりは少しいい暮らしをしているぐらいの子供を数人乗せた馬車は、町の外を目指して石畳から土に代わった道を走り緩やかな坂道を登り始めた。


しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

処理中です...