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第二章 アーウェン少年期 領地編
少年と少女はそれぞれ散策をする ②
しおりを挟む馬車を転換させるには道幅があまりなく、護衛のうちふたりほど残して、ラリティスはエレノアと共に今来た道を戻る。
さすがに馬が馬車を牽く速さは人の足よりも速く、エレノアが戻りたいといった場所へは思ったよりも距離があった。
「あっ!あそこぉ!」
さすがに歩き疲れた小さい姫様を護衛のひとりに抱き上げてもらい、他の者は『おめめのとれたうさぎ』を目印に、それらしきものを持つ人間がいないかと見渡していたが、目ざとく見つけたのはやはりエレノアだった。
エレノアたち侍女からはよく見えなかったが、抱き上げられていたエレノアには物陰に隠れるように座っていた子供がよく見えたのである。
突然の声と足音にビクッと怯えても逃げる様子もなく、そこにいたのはふたりの子供だった。
身形はおそらく貧民であろう──継ぎはぎが目立つほど繕われた服を着たのはリグレと同じぐらいの年の男の子と、五歳ぐらい女の子である。
「どちたの?」
女の子よりさらに小さいエレノアが抱き上げていた護衛から離れて無邪気に問いかけるが、どう見ても貴族のお嬢様らしい服を着たもっと小さい女の子に怯えて、声を出そうとはしない。
それどころか泣き出しそうにみるみる涙を浮かべる女の子を庇うように抱き締め、男の子がガバッと頭を下げる。
「すっ、すいませんっ!こ、この子…この子に悪気はっ、なかったんだ…です!あのっ…すいませんっ、見、見逃して……」
「大丈夫ですよ」
そう声を掛けたのはエレノアではなく、ラリティスである。
ふたりを見つけたエレノアは、自分より少し年上の女の子の涙につられて、同じように泣き出しそうになって護衛にしがみついていた。
「お嬢様はあなたの…妹さんかしら?」
「は…はい……」
「妹さんが持っているそのうさぎさんの目が取れてしまって可哀想だと。よかったら直して差し上げたいのだけれど?」
「あっ…え?」
言われて初めて気が付いたのかもしれない。
今にも泣きそうな妹がボタンの目が取れて空いてしまったぬいぐるみの穴に指を入れてぐりぐりと弄っており、その目はどこに行ったのかわからないのだ。
キョロキョロと虚しく辺りに目をやるが、おそらく取れたのはかなり前だろう──当然ながらボタンが落ちているはずもない。
「で、でも…あのっ……か、わりは…ないから……」
「にぃちゃ……」
「大丈夫ですよ」
ふふっと笑うと、ラリティスは別の侍女から魔獣牙から削り出されたボタンを渡してもらい、いくつか取り出してみせる。
それは護衛や侍女服に使われている物の予備だが、万が一外出先で主人に恥をかかせることがないよう身嗜みを整えるための物だ。
その中でも黒や茶色、少し灰色がかったボタンを上げて見せると、ピカピカに磨かれていることに気を取られた妹の指が伸び、兄が止める間もなくぬいぐるみに片方だけ残る木製のボタンと同じ色の物を指す。
「これ……」
「はい、お嬢さん。ではお友達を貸していただけますか?」
にっこりとラリティスが笑って手を差し出すと、女の子はグッと躊躇いなく手に持っていたぬいぐるみを突き出した。
ラリティス自身ははっきりとした属性のない魔力の持ち主だが、自分が手にした物を少しだけ強化することができる。
その力を込めてボタンを縫う糸を丈夫にし、目のところに空いた穴を閉じてボタンをつけ、もう片方も同じボタンで目を付け直した。
「さあ、これでよく見えますよ!」
「ありがとう!おねえちゃま!」
エレノアが服を破いたりぬいぐるみを乱暴に扱ったりということはほぼ無いため、裁縫の腕前は繕いをするというよりも刺繍などに限られていたが、そこで少しでも強化の加護が付けられないかと試行錯誤していたせいもあり、少しでもこの兄妹が護られればと想いを込めて繕ったぬいぐるみは、さっきよりも少し綺麗になった気がした。
さすがに馬が馬車を牽く速さは人の足よりも速く、エレノアが戻りたいといった場所へは思ったよりも距離があった。
「あっ!あそこぉ!」
さすがに歩き疲れた小さい姫様を護衛のひとりに抱き上げてもらい、他の者は『おめめのとれたうさぎ』を目印に、それらしきものを持つ人間がいないかと見渡していたが、目ざとく見つけたのはやはりエレノアだった。
エレノアたち侍女からはよく見えなかったが、抱き上げられていたエレノアには物陰に隠れるように座っていた子供がよく見えたのである。
突然の声と足音にビクッと怯えても逃げる様子もなく、そこにいたのはふたりの子供だった。
身形はおそらく貧民であろう──継ぎはぎが目立つほど繕われた服を着たのはリグレと同じぐらいの年の男の子と、五歳ぐらい女の子である。
「どちたの?」
女の子よりさらに小さいエレノアが抱き上げていた護衛から離れて無邪気に問いかけるが、どう見ても貴族のお嬢様らしい服を着たもっと小さい女の子に怯えて、声を出そうとはしない。
それどころか泣き出しそうにみるみる涙を浮かべる女の子を庇うように抱き締め、男の子がガバッと頭を下げる。
「すっ、すいませんっ!こ、この子…この子に悪気はっ、なかったんだ…です!あのっ…すいませんっ、見、見逃して……」
「大丈夫ですよ」
そう声を掛けたのはエレノアではなく、ラリティスである。
ふたりを見つけたエレノアは、自分より少し年上の女の子の涙につられて、同じように泣き出しそうになって護衛にしがみついていた。
「お嬢様はあなたの…妹さんかしら?」
「は…はい……」
「妹さんが持っているそのうさぎさんの目が取れてしまって可哀想だと。よかったら直して差し上げたいのだけれど?」
「あっ…え?」
言われて初めて気が付いたのかもしれない。
今にも泣きそうな妹がボタンの目が取れて空いてしまったぬいぐるみの穴に指を入れてぐりぐりと弄っており、その目はどこに行ったのかわからないのだ。
キョロキョロと虚しく辺りに目をやるが、おそらく取れたのはかなり前だろう──当然ながらボタンが落ちているはずもない。
「で、でも…あのっ……か、わりは…ないから……」
「にぃちゃ……」
「大丈夫ですよ」
ふふっと笑うと、ラリティスは別の侍女から魔獣牙から削り出されたボタンを渡してもらい、いくつか取り出してみせる。
それは護衛や侍女服に使われている物の予備だが、万が一外出先で主人に恥をかかせることがないよう身嗜みを整えるための物だ。
その中でも黒や茶色、少し灰色がかったボタンを上げて見せると、ピカピカに磨かれていることに気を取られた妹の指が伸び、兄が止める間もなくぬいぐるみに片方だけ残る木製のボタンと同じ色の物を指す。
「これ……」
「はい、お嬢さん。ではお友達を貸していただけますか?」
にっこりとラリティスが笑って手を差し出すと、女の子はグッと躊躇いなく手に持っていたぬいぐるみを突き出した。
ラリティス自身ははっきりとした属性のない魔力の持ち主だが、自分が手にした物を少しだけ強化することができる。
その力を込めてボタンを縫う糸を丈夫にし、目のところに空いた穴を閉じてボタンをつけ、もう片方も同じボタンで目を付け直した。
「さあ、これでよく見えますよ!」
「ありがとう!おねえちゃま!」
エレノアが服を破いたりぬいぐるみを乱暴に扱ったりということはほぼ無いため、裁縫の腕前は繕いをするというよりも刺繍などに限られていたが、そこで少しでも強化の加護が付けられないかと試行錯誤していたせいもあり、少しでもこの兄妹が護られればと想いを込めて繕ったぬいぐるみは、さっきよりも少し綺麗になった気がした。
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