その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第二章 アーウェン少年期 領地編

少年と少女はそれぞれ散策をする ①

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牢屋の中でラウドが静かに怒りを発散している頃──
アーウェンは自分の家庭教師であるクレファーや専属従者であるカラとともに、少年執事であるリグレと数人の護衛に囲まれて町の中を散策していた。
ターランド伯爵家本邸のある領都につけば、こうやって義父たちと行動を別にすることも多くなるだろう。
そしてアーウェン自身に望まれていることは、これからもっと心身ともに頑健となり、義父の願った通りに辺境伯のもとでキャステ騎士爵家の血を開花させること。
そのために自分自身の足で歩き、目にする物事を自分で判断することを、いろいろと経験せねばならない。

主要産物がない代わりに周囲の景観を売りにするだけでなく、流通の多さを逆手に取った各地の名産を休暇や通りすがりに留まる者たちに販売するため、いくつもの商会が支店を開いている。
そのため『商店街』という通りがあるのだが、歓楽は何も買い物だけとは限らない。
そのためには何が危険で、どこが安全で、どれを選択するのか──その手段を知らなければならないと、クレファーはアーウェンとカラにこの町で配られている案内地図を使って説明しつつ、道を歩いている。
「この道はこの地図のどこにあるか、おわかりですか?」
「……えぇと……さっき先生が聞いたのはこの道で……」
「アーウェン様、そこではなくて、このひとつ違う道ではないでしょうか?」
「え?あれ?じゃ、じゃあ……さっきのところからひとつ…ふたつ…」
ふたりとも『地図』というものを目にしたことがなかったため、まずは線が何を現わし、どれが目印となっているのかを学ぶところから始めなければならなかった。
等間隔に道の印があるところもあれば、ぐるっと弧を描いている場所、行き止まりになっている部分、何もない空白、特別に名前が書いてあるのは何か、簡易的に絵が説明となっている所もあった。
しかも物珍しくきょろきょろと見回していたり、クレファーが一行を立ち止まらせて建物の由来や目についた店の商品などを説明してくれるため、通りを何本過ぎたかなどを記憶しておくのも難しい。
それほどまでに刺激的で楽しい時間を過ごしていた。


一方、ターランド伯爵家唯一の令嬢であるエレノアは徒歩ではなく、この町にある貸し馬車に乗せてもらって、乳母であり侍女であるラリティスと、義兄であるアーウェンよりも多い護衛を兼ねる侍女たちと共に土産物を買いに出かけていた。
むろん幼い令嬢の希望ではなく母であるヴィーシャムの指示であるが、「お義兄様のために、喜ぶ物を見に行きなさい」という言葉を理解し、目をキラキラと輝かせて勢い込んで馬車に乗ったのである。
今回のような長旅のために仕立てられている伯爵家の特別な馬車と違い、観光客用に作られた馬車は乗合馬車よりも豪華ではあるが、揺れを抑えるための装備などがされているわけではない。
おかげでガタゴトと車体が揺れるが、エレノアにとってはそんな体験も単なる遊びで、むしろ車体の揺れに合わせてわざと身体を傾けたりしている。
ラリティス以外の侍女の中には子育ての経験がある者もおり、子供が思いがけない動きをすることがあると理解して念のため持ち込んでいたクッションを床にも置いていたため、その上に落ちてはきゃぁと喜びの声を上げていたが、さすがに危ないとラリティスに注意されてからはようやく落ち着いて窓の外を眺め出した。
「あれはなぁに?」
「どうされました?お嬢様」
過ぎる風景の中に何か気を引く物があったのか、エレノアがラリティスに呼びかけた。
なるべく幼い主人と同じものを見ようとしても、何が彼女の目に留まるかはわからない。
実際エレノアが差す『あれ』とは何かと後方にあるものを目で追うが、特に気を引く物はなかった。
「あのね。おめめがとれた、うさぎさんもってたの。かなしそうだったの。なおしてあげれゆ?」
街道をゆく疾走ではなく比較的ゆっくりな走行だったが、ラリティスの目には『おめめのとれたうさぎさんを持っていた人物』は目に入らなかった。
もうだいぶ過ぎてしまったかもしれないが、慌てて御者をしている護衛に声を掛け、馬車を停めてもらう。


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