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第二章 アーウェン少年期 領地編
伯爵夫人は諭す ②
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同じ『伯爵』であっても、一族の頂点に立つターランド伯爵家は他国とはいえ元『侯爵家』である。
翻ってウェデリアン家は遠い昔に直系からさらに傍系となり、婚姻と武勲でターランド伯爵家から王家への推進によって男爵家から子爵家へ、そしてさらに領地統括のために伯爵家へと昇格が認められたため、歴史と格が違った。
夫のデミアスはこれといって特色のある魔力ではなく、むしろ妻であるレミアの方が風にやや特性のある魔力持ちで、今後の婚姻次第では立場的にもう少し発言力のある子供ができるかもしれない可能性を秘めている。
だが生まれたふたりの男児はどちらもまだこれといって力を発揮してはおらず、後は成長後に統治能力があることを示さねばならないというのに、それを発揮する機会すら失いかねない状況に陥りかけていることを悟り、レミアは俯いたまま唇を噛んだ。
「……とは言え」
「はっ…いっ……」
「殿方の領分を犯すわけにはいくまいと、立場的に控えていたことは理解します。問題は、このようなことが初めてではないということ」
「は…初めて、ではない………?」
「すでに歓楽街に調査を入れました。止むを得ずそのような生活に身を落とす者もいれば、望んでそれを天職とする者もいます。事情と理由によっては、そのまま歓楽街を残すことをラウドから伝言されているわ」
「そ…そんなっ……」
驚愕に目を見開いたのは、王都でも領内でも清廉潔白さを発揮し、劣悪な娼館や孤児院、貧民院などを買い取って改善することが有名なターランド伯爵現当主が娼館や女性が少し過激なサービスを行う店を黙認するということだけでなく、自らソコにいることを許してほしいと願う女性がいるという事実である。
すべての女性は貞淑に、静粛に、尊厳を持って夫に仕える──もしくは家族に、父に、男兄弟に。
それが貴族家の娘としては当然の教育であり、それ以外に『女』が生きる術などないと思っていた。
そして貴族ほどではないにしろ、平民も同じように女は出しゃばらず、意見を言わず、夫に、父に、男兄弟に従うよう躾けられ、だから自分の身を穢すような仕事は無理やりやらされているのだと思っていた。
「そのような者はすべてウェデリアン伯爵家で雇い、使用人として礼儀作法などを教えた後に正規の仕事を紹介なさい。その後の生活や仕事状態については定期的に報告させ、さらに我がターランド伯爵家へも報告の義務を課します」
「はいっ……はいっ……」
「ただし、そのように男性と関わることに適性を見出している者に関しては、逆にその仕事を離れて家政をすることが女として当たり前だと押し付けてはなりません。むろん、家政ではなく職人の仕事がしたいというものも同様。身の振り方を狭めてはなりませんよ」
「はい………」
ヴィーシャムが言うことは本当だろうかと、首を傾げないでもない。
すべての女は子供を産み、家政を治め、家のために、夫のために、父のために、男兄弟のために尽くすべきではないのか。
そう思っても、レミアは反論する立場にないと口を噤む。
「……あなたはどうやら、この町に対して無関心のようね。自分の身さえ着飾ったり整えられたりしていれば、他者がどんなふうに暮らしたり、喜んだり悲しんだりしているのかということを知らないようだわ」
「そっ、そんなっ……」
ヴィーシャムに事実を言い当てられ、レミアはビクリと身体を震わす。
だって、貴族だもの。
社交やお茶会は大事だわ。
忙しくって、平民の暮らしなんか、気にしてられないわ。
ただでさえ社交シーズンが来てもあまり領地を離れることができず、夫がいない今ではこの地に住む他の貴族家で開かれるお茶会には参加できても、夜会に夫以外の男を連れだって行くわけにはいかない。
そんなつまらない田舎暮らしを知らないから、自分以上に上質なもので着飾る伯爵夫人は上からものを言うのだと、レミアは内心で反発を強めた。
翻ってウェデリアン家は遠い昔に直系からさらに傍系となり、婚姻と武勲でターランド伯爵家から王家への推進によって男爵家から子爵家へ、そしてさらに領地統括のために伯爵家へと昇格が認められたため、歴史と格が違った。
夫のデミアスはこれといって特色のある魔力ではなく、むしろ妻であるレミアの方が風にやや特性のある魔力持ちで、今後の婚姻次第では立場的にもう少し発言力のある子供ができるかもしれない可能性を秘めている。
だが生まれたふたりの男児はどちらもまだこれといって力を発揮してはおらず、後は成長後に統治能力があることを示さねばならないというのに、それを発揮する機会すら失いかねない状況に陥りかけていることを悟り、レミアは俯いたまま唇を噛んだ。
「……とは言え」
「はっ…いっ……」
「殿方の領分を犯すわけにはいくまいと、立場的に控えていたことは理解します。問題は、このようなことが初めてではないということ」
「は…初めて、ではない………?」
「すでに歓楽街に調査を入れました。止むを得ずそのような生活に身を落とす者もいれば、望んでそれを天職とする者もいます。事情と理由によっては、そのまま歓楽街を残すことをラウドから伝言されているわ」
「そ…そんなっ……」
驚愕に目を見開いたのは、王都でも領内でも清廉潔白さを発揮し、劣悪な娼館や孤児院、貧民院などを買い取って改善することが有名なターランド伯爵現当主が娼館や女性が少し過激なサービスを行う店を黙認するということだけでなく、自らソコにいることを許してほしいと願う女性がいるという事実である。
すべての女性は貞淑に、静粛に、尊厳を持って夫に仕える──もしくは家族に、父に、男兄弟に。
それが貴族家の娘としては当然の教育であり、それ以外に『女』が生きる術などないと思っていた。
そして貴族ほどではないにしろ、平民も同じように女は出しゃばらず、意見を言わず、夫に、父に、男兄弟に従うよう躾けられ、だから自分の身を穢すような仕事は無理やりやらされているのだと思っていた。
「そのような者はすべてウェデリアン伯爵家で雇い、使用人として礼儀作法などを教えた後に正規の仕事を紹介なさい。その後の生活や仕事状態については定期的に報告させ、さらに我がターランド伯爵家へも報告の義務を課します」
「はいっ……はいっ……」
「ただし、そのように男性と関わることに適性を見出している者に関しては、逆にその仕事を離れて家政をすることが女として当たり前だと押し付けてはなりません。むろん、家政ではなく職人の仕事がしたいというものも同様。身の振り方を狭めてはなりませんよ」
「はい………」
ヴィーシャムが言うことは本当だろうかと、首を傾げないでもない。
すべての女は子供を産み、家政を治め、家のために、夫のために、父のために、男兄弟のために尽くすべきではないのか。
そう思っても、レミアは反論する立場にないと口を噤む。
「……あなたはどうやら、この町に対して無関心のようね。自分の身さえ着飾ったり整えられたりしていれば、他者がどんなふうに暮らしたり、喜んだり悲しんだりしているのかということを知らないようだわ」
「そっ、そんなっ……」
ヴィーシャムに事実を言い当てられ、レミアはビクリと身体を震わす。
だって、貴族だもの。
社交やお茶会は大事だわ。
忙しくって、平民の暮らしなんか、気にしてられないわ。
ただでさえ社交シーズンが来てもあまり領地を離れることができず、夫がいない今ではこの地に住む他の貴族家で開かれるお茶会には参加できても、夜会に夫以外の男を連れだって行くわけにはいかない。
そんなつまらない田舎暮らしを知らないから、自分以上に上質なもので着飾る伯爵夫人は上からものを言うのだと、レミアは内心で反発を強めた。
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