その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第二章 アーウェン少年期 領地編

軽率な娘は後悔する

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時代が進み、代が変わり、ターランド一族だけでなく領民もウェルエスト王国の人民と交わり血が薄くなったことで、婚姻や文武の繋がりだけでターランド伯爵領に移住する貴族家もだいぶ多くなってきた。
それは古くからある家柄ではなく、やはり婚姻によって傍系となったり綬勲によって興った新興貴族だったり──経緯は様々ながら、何故ターランド一族が『伯爵』という中位ほどにあるのにかなり広い領地を有しているのかの歴史を知らぬ者ばかりである。
領民の多くは大なり小なり体内に抱える『異質さ』を受け入れてくれるターランド伯爵一族を敬っているが、その上に立つ移住貴族たちの中にはそんな領民ごとその存在意義を侮っていると言っても過言ではない。
「だからね?あんたみたいな綺麗で若いお嬢さんは、あんまり気軽に出歩かない方がいいんだよ」
そうシェイラ・チュラン・グラウエスに忠告するのは、ターランド伯爵家の厨房で働くニィザである。
だいたい警護などされる立場ではなかった単なる平民のシェイラにしてみれば、一見すれば何も危険がないように見える町をひとりで歩いてもいいと思ってもおかしくはなかったかもしれない。
特に彼女が生まれ住んでいた市は、市内を見回る警備兵の交代式が見世物になるほどのんびりとして治安も良かったため、他の町もそうだと疑わなかったということもある。
ましてやあの市では市長親子がシェイラの母と自分に執着していることが知れ渡っており、むやみに手を出すような命知らずがいなかったのも、油断を誘うことに繋がったのかもしれない。

ターランド伯爵から支給された防寒着を着ていても、顔つきまで生粋のウェルエスト人になるわけではない。
むしろ異国の血が混じった美しさが際立ち、陰に潜む者を呼びよせてしまったようである。
「……流れ者か?ここいらで見たことのねぇ女だな」
「ああ、初めて見る顔だ。ということは……」
「ひとりか?イイところに連れてってやるぜ!」
「むしろ言葉が通じんのか?まあ、喋れねぇ方が逃げらんなくていいな!」
「……何だよ、アンタら?」
自分よりも頭ひとつ半ほど大きい男たちに囲まれながら、なおシェイラは気丈に睨みつけた。

幼い頃からこうやって囲まれることは何度もあった。
自力で逃げたこともあるし、両親や兄が助けてくれたこともある。
今は──自力で突破するしかない。
だが素早さには自信があった。

だから簡単に逃げれると思ったのに──

男たちはどこかで同じような『仕事』をしていたのか、簡単にシェイラを捕まえ、路地裏に引きずり込んだ。
『オトコ』は恐怖対象だ──自分の身に起きようとしているのが尊厳と貞操を踏み躙られる行為だと脳みそが理解した途端、口をついたのは罵声ではなく甲高い悲鳴だった。
「イヤァ────ッ!!」
「ケケッ……どうせどっかの色物好きが性処理用に連れてきた異国人だろうが……逃げ出してきたのが、運の尽きさ」
「そうそう!傷物になっちまえば、そのまんまここに捨てられっちまうんだ。明日からは俺らの顔の利く娼館で世話してやっから、大人しく味見させな!」
「どうせ処女は売り物にならねぇって旦那が初物いただいちまうからな……たまにゃぁ俺らが先に味あわなきゃ、こんなヤバい仕事やってらんねっブヘェッ!!!」
グシャッと何かが潰れるような音がして、シェイラの衣服を剥ぎ取ろうと覆いかぶさってきた男が白目を剥いて、そのままの姿勢で小さな身体に圧し掛かってきた。
が、その重みはたちまち取り除かれ、間を置かずに痛いほど両手を拘束していた無骨な指も消え去る。
怖ろしくてギュッと瞑っていた目を開けると、呆れた顔をしたニィザとふたりのターランド伯爵家警護兵がその場におり、腰が抜けて動けなくなってしまったシェイラを連れ帰ってくれた。


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