267 / 416
第二章 アーウェン少年期 領地編
少年は従者と共に癒えていく
しおりを挟む
ターランド伯爵領の本邸までの旅行、馬車に揺られ、馬に乗り、遮るもののない風に髪をなびかせ、見たことない者や食べたことのない物に目を輝かせ、板の上ではなく柔からな寝具で安らかに眠る。
それはきっと、貴族の子女であれば当たり前に与えられる環境。
実際、アーウェンのすぐ上の実兄は兄弟の誰よりも良い環境でそのか弱い身を守られ、長兄よりも大事されていると言っても過言ではなかった。
実の親がきちんと育児ができないのであれば、すでに成人し配偶者まで得て領地を治める代行者となっている長兄が面倒を見なければいけないというのに、アーウェンは捨ておかれて下男というのも酷い扱いを受けていたのである。
それとはまったく逆の、実子であり嫡男であるリグレ・キュアン・デュ・ターランドに勝るとも劣らない待遇と、養父母以下ターランド伯爵家に携わる大人たちの過保護となりかねないほどの愛情を注がれている今、アーウェンの様相は一変した。
今までの過酷な生活が改善されたからといって年齢相応に身長が伸びたというわけではないが、肉付きはかなりふっくらと改善し、表情も怯えやまったくの無反応だったところが消えて良く笑うようになり、黒い『何か』から解放されてからはその明晰な頭脳が正常に働くようになって学習能力こそ本来の年齢に追いつきつつある。
この王国の中でまったく魔力のない人間というのは珍しくもないが、アーウェンはかなり大きい器を持っているらしいのは、魔術の研究をしているわけではないが魔力の豊富なターランド一族ならば誰でも察せられたが、その残量は生命の危険があるほどわずかだった。
しかもそれは地水風火白黒聖闇で分ければ黒と闇──白と聖とは正反対でありながら肉体と精神に強く働く魔力であり、失われれば確実にアーウェンは生きるだけで意思の無い人形となり果てるか、そのまま魂消えてしまうほどだったが、幸いにも同じ属性を持つらしいカラと共に回復してくれたのである。
そう──誰がどうやってかはまだ調査中であるが、カラもまた操り人形のように黒い糸に捉われ、無意識にアーウェンに害なしていたが、それは同属ゆえだったかもしれない。
彼は簡単に見えない操り師の道具となってしまっていたが、その呪縛が解けると、誰よりもアーウェンの忠実な従僕となるべく日夜精進し続けて幼い主人の信頼を得ている。
さすがに全面的に信頼されているわけではないが、買春という望まぬ職に就かねばならなかった母と、いずれ同じく身を落とさねばならなかったかもしれない妹を含めた、生まれ育った貧民院施設自体がターランド伯爵に買い取られてからは本当にただの給仕として女性が働ける環境になったということも、カラの表情を明るくし皆の評価を得ている一因だろう。
自分で期限を区切って友人である辺境伯へ義理の息子を預ける約束を先にしてしまったが、こんなに可愛らしいのであれば領内で養育すればよかったとターランド伯爵家当主のラウドは後悔しないでもなかったが、たとえ養子といえど王都の貴族学園に入れねばならぬ家格と財を持つため、アーウェンの境遇を思えば何としてもそれだけは避けたかった。
王家から認められた書類でアーウェンの生家であるサウラス男爵家と縁を切ったが、末子が今後得られる物に利益を見つけ難癖をつけて自分の懐に入れかねないと危惧した結果が、この可愛らしく成長しつつある次男であるとはまったく痛恨である。
だが──辺境伯のもとへ行けば、それだけでも王家優先を叩き込まれる思想教育の温床から遠ざけられ、サウラス男爵の手の届かぬところで成長し、また自身を守るだけの武力を手に入れられるだろうと、いい方に目を向けるしかない。
それはきっと、貴族の子女であれば当たり前に与えられる環境。
実際、アーウェンのすぐ上の実兄は兄弟の誰よりも良い環境でそのか弱い身を守られ、長兄よりも大事されていると言っても過言ではなかった。
実の親がきちんと育児ができないのであれば、すでに成人し配偶者まで得て領地を治める代行者となっている長兄が面倒を見なければいけないというのに、アーウェンは捨ておかれて下男というのも酷い扱いを受けていたのである。
それとはまったく逆の、実子であり嫡男であるリグレ・キュアン・デュ・ターランドに勝るとも劣らない待遇と、養父母以下ターランド伯爵家に携わる大人たちの過保護となりかねないほどの愛情を注がれている今、アーウェンの様相は一変した。
今までの過酷な生活が改善されたからといって年齢相応に身長が伸びたというわけではないが、肉付きはかなりふっくらと改善し、表情も怯えやまったくの無反応だったところが消えて良く笑うようになり、黒い『何か』から解放されてからはその明晰な頭脳が正常に働くようになって学習能力こそ本来の年齢に追いつきつつある。
この王国の中でまったく魔力のない人間というのは珍しくもないが、アーウェンはかなり大きい器を持っているらしいのは、魔術の研究をしているわけではないが魔力の豊富なターランド一族ならば誰でも察せられたが、その残量は生命の危険があるほどわずかだった。
しかもそれは地水風火白黒聖闇で分ければ黒と闇──白と聖とは正反対でありながら肉体と精神に強く働く魔力であり、失われれば確実にアーウェンは生きるだけで意思の無い人形となり果てるか、そのまま魂消えてしまうほどだったが、幸いにも同じ属性を持つらしいカラと共に回復してくれたのである。
そう──誰がどうやってかはまだ調査中であるが、カラもまた操り人形のように黒い糸に捉われ、無意識にアーウェンに害なしていたが、それは同属ゆえだったかもしれない。
彼は簡単に見えない操り師の道具となってしまっていたが、その呪縛が解けると、誰よりもアーウェンの忠実な従僕となるべく日夜精進し続けて幼い主人の信頼を得ている。
さすがに全面的に信頼されているわけではないが、買春という望まぬ職に就かねばならなかった母と、いずれ同じく身を落とさねばならなかったかもしれない妹を含めた、生まれ育った貧民院施設自体がターランド伯爵に買い取られてからは本当にただの給仕として女性が働ける環境になったということも、カラの表情を明るくし皆の評価を得ている一因だろう。
自分で期限を区切って友人である辺境伯へ義理の息子を預ける約束を先にしてしまったが、こんなに可愛らしいのであれば領内で養育すればよかったとターランド伯爵家当主のラウドは後悔しないでもなかったが、たとえ養子といえど王都の貴族学園に入れねばならぬ家格と財を持つため、アーウェンの境遇を思えば何としてもそれだけは避けたかった。
王家から認められた書類でアーウェンの生家であるサウラス男爵家と縁を切ったが、末子が今後得られる物に利益を見つけ難癖をつけて自分の懐に入れかねないと危惧した結果が、この可愛らしく成長しつつある次男であるとはまったく痛恨である。
だが──辺境伯のもとへ行けば、それだけでも王家優先を叩き込まれる思想教育の温床から遠ざけられ、サウラス男爵の手の届かぬところで成長し、また自身を守るだけの武力を手に入れられるだろうと、いい方に目を向けるしかない。
6
お気に入りに追加
784
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?
今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。
しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。
が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。
レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。
レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。
※3/6~ プチ改稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる