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第二章 アーウェン少年期 領地編
少年は従者と共に癒えていく
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ターランド伯爵領の本邸までの旅行、馬車に揺られ、馬に乗り、遮るもののない風に髪をなびかせ、見たことない者や食べたことのない物に目を輝かせ、板の上ではなく柔からな寝具で安らかに眠る。
それはきっと、貴族の子女であれば当たり前に与えられる環境。
実際、アーウェンのすぐ上の実兄は兄弟の誰よりも良い環境でそのか弱い身を守られ、長兄よりも大事されていると言っても過言ではなかった。
実の親がきちんと育児ができないのであれば、すでに成人し配偶者まで得て領地を治める代行者となっている長兄が面倒を見なければいけないというのに、アーウェンは捨ておかれて下男というのも酷い扱いを受けていたのである。
それとはまったく逆の、実子であり嫡男であるリグレ・キュアン・デュ・ターランドに勝るとも劣らない待遇と、養父母以下ターランド伯爵家に携わる大人たちの過保護となりかねないほどの愛情を注がれている今、アーウェンの様相は一変した。
今までの過酷な生活が改善されたからといって年齢相応に身長が伸びたというわけではないが、肉付きはかなりふっくらと改善し、表情も怯えやまったくの無反応だったところが消えて良く笑うようになり、黒い『何か』から解放されてからはその明晰な頭脳が正常に働くようになって学習能力こそ本来の年齢に追いつきつつある。
この王国の中でまったく魔力のない人間というのは珍しくもないが、アーウェンはかなり大きい器を持っているらしいのは、魔術の研究をしているわけではないが魔力の豊富なターランド一族ならば誰でも察せられたが、その残量は生命の危険があるほどわずかだった。
しかもそれは地水風火白黒聖闇で分ければ黒と闇──白と聖とは正反対でありながら肉体と精神に強く働く魔力であり、失われれば確実にアーウェンは生きるだけで意思の無い人形となり果てるか、そのまま魂消えてしまうほどだったが、幸いにも同じ属性を持つらしいカラと共に回復してくれたのである。
そう──誰がどうやってかはまだ調査中であるが、カラもまた操り人形のように黒い糸に捉われ、無意識にアーウェンに害なしていたが、それは同属ゆえだったかもしれない。
彼は簡単に見えない操り師の道具となってしまっていたが、その呪縛が解けると、誰よりもアーウェンの忠実な従僕となるべく日夜精進し続けて幼い主人の信頼を得ている。
さすがに全面的に信頼されているわけではないが、買春という望まぬ職に就かねばならなかった母と、いずれ同じく身を落とさねばならなかったかもしれない妹を含めた、生まれ育った貧民院施設自体がターランド伯爵に買い取られてからは本当にただの給仕として女性が働ける環境になったということも、カラの表情を明るくし皆の評価を得ている一因だろう。
自分で期限を区切って友人である辺境伯へ義理の息子を預ける約束を先にしてしまったが、こんなに可愛らしいのであれば領内で養育すればよかったとターランド伯爵家当主のラウドは後悔しないでもなかったが、たとえ養子といえど王都の貴族学園に入れねばならぬ家格と財を持つため、アーウェンの境遇を思えば何としてもそれだけは避けたかった。
王家から認められた書類でアーウェンの生家であるサウラス男爵家と縁を切ったが、末子が今後得られる物に利益を見つけ難癖をつけて自分の懐に入れかねないと危惧した結果が、この可愛らしく成長しつつある次男であるとはまったく痛恨である。
だが──辺境伯のもとへ行けば、それだけでも王家優先を叩き込まれる思想教育の温床から遠ざけられ、サウラス男爵の手の届かぬところで成長し、また自身を守るだけの武力を手に入れられるだろうと、いい方に目を向けるしかない。
それはきっと、貴族の子女であれば当たり前に与えられる環境。
実際、アーウェンのすぐ上の実兄は兄弟の誰よりも良い環境でそのか弱い身を守られ、長兄よりも大事されていると言っても過言ではなかった。
実の親がきちんと育児ができないのであれば、すでに成人し配偶者まで得て領地を治める代行者となっている長兄が面倒を見なければいけないというのに、アーウェンは捨ておかれて下男というのも酷い扱いを受けていたのである。
それとはまったく逆の、実子であり嫡男であるリグレ・キュアン・デュ・ターランドに勝るとも劣らない待遇と、養父母以下ターランド伯爵家に携わる大人たちの過保護となりかねないほどの愛情を注がれている今、アーウェンの様相は一変した。
今までの過酷な生活が改善されたからといって年齢相応に身長が伸びたというわけではないが、肉付きはかなりふっくらと改善し、表情も怯えやまったくの無反応だったところが消えて良く笑うようになり、黒い『何か』から解放されてからはその明晰な頭脳が正常に働くようになって学習能力こそ本来の年齢に追いつきつつある。
この王国の中でまったく魔力のない人間というのは珍しくもないが、アーウェンはかなり大きい器を持っているらしいのは、魔術の研究をしているわけではないが魔力の豊富なターランド一族ならば誰でも察せられたが、その残量は生命の危険があるほどわずかだった。
しかもそれは地水風火白黒聖闇で分ければ黒と闇──白と聖とは正反対でありながら肉体と精神に強く働く魔力であり、失われれば確実にアーウェンは生きるだけで意思の無い人形となり果てるか、そのまま魂消えてしまうほどだったが、幸いにも同じ属性を持つらしいカラと共に回復してくれたのである。
そう──誰がどうやってかはまだ調査中であるが、カラもまた操り人形のように黒い糸に捉われ、無意識にアーウェンに害なしていたが、それは同属ゆえだったかもしれない。
彼は簡単に見えない操り師の道具となってしまっていたが、その呪縛が解けると、誰よりもアーウェンの忠実な従僕となるべく日夜精進し続けて幼い主人の信頼を得ている。
さすがに全面的に信頼されているわけではないが、買春という望まぬ職に就かねばならなかった母と、いずれ同じく身を落とさねばならなかったかもしれない妹を含めた、生まれ育った貧民院施設自体がターランド伯爵に買い取られてからは本当にただの給仕として女性が働ける環境になったということも、カラの表情を明るくし皆の評価を得ている一因だろう。
自分で期限を区切って友人である辺境伯へ義理の息子を預ける約束を先にしてしまったが、こんなに可愛らしいのであれば領内で養育すればよかったとターランド伯爵家当主のラウドは後悔しないでもなかったが、たとえ養子といえど王都の貴族学園に入れねばならぬ家格と財を持つため、アーウェンの境遇を思えば何としてもそれだけは避けたかった。
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だが──辺境伯のもとへ行けば、それだけでも王家優先を叩き込まれる思想教育の温床から遠ざけられ、サウラス男爵の手の届かぬところで成長し、また自身を守るだけの武力を手に入れられるだろうと、いい方に目を向けるしかない。
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