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第一章 アーウェン幼少期
少年は眠ったままで自分を受け入れる ②
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エレノアではなかった。
押し潰され、すり潰され、消えそうになっていた『アーウェン』に、ちゃんと愛されていいと、助けてもらっていいと、そう教えてくれたのは──アーウェン自身だった。
でも、どこかまだ信じられなかった。
「虐められて、可哀想になぁ」
「ああ、俺たちが可愛がってやるよ」
そう言って頭を撫で──同じ手で殴り飛ばされた。
今笑いかけている大人たちが、そうしないと言っている人たちが、思いついたかのように、思い出したかのように、毬のように蹴り飛ばされる。
そんな経験しかなかった。
まだ『父親』の方が優しかった。
まだ『母親』の方が優しかった。
まだ『兄たち』の方が優しかった。
父は叩いたり、蹴ったりして壁に顔をぶつけて鼻血が出たら、『そのみっともない顔の腫れが引くまで冷やしておけ』と放っておいてくれたから。
母は少なくとも蹴り飛ばしたりはせず、ただ無視して兄に話しかけるようには笑ってくれなかっただけだから。
兄たちは『何もできない出来損ない』と言って罵ったり、熱いお茶を持ってこさせたり、高い所にある本を取らせたり、ただ黙って台所の隅で立ってろと言っただけだから。
僕の身体を『壊す』ことはしなかったから、とっても優しかった。
ああ──でも。
父様に『今日からターランド伯爵家の子』と言われてから、誰も僕にお盆じゃなく素手で取っ手のないカップに入った熱いお茶を持ってこいとは言わない。
誰も『野菜の屑でも食ってろ、屑!』と罵らない。
誰も『邪魔だから、台所のゴミ壷の後ろの目の付かないところで立っていろ』と命令しない。
誰も僕とウサギを一緒に走らせて、捕まった方の背中を鞭で殴らない。
誰も家の外に出たからと言って腕がちぎれそうになるほど勢いよく引っ張らない。
お腹が空いていないかと聞いてくれる。
どんな遊びが好きかと聞いてくれる。
肩車してくれる。
温かいお湯で体を洗ってくれる。
綺麗な服を着せてくれて、綺麗ベッドで寝かせてくれる。
可愛い妹が可愛い声で僕を呼んでくれる。
僕を呼んでくれる。
呼んでくれる。
ああ、いつになったら、僕のことを『脳無しの役立たず。出て行け。居座るなんて図々しい』と罵って、追い出してくれるんだろう。
違う。
違うよ。
僕は追い出されないよ?
僕の家はここだよ?
どうして?
でもあの人は言ったよ?
「お前がもらわれていくのは間違いなんだ。別の子をもらうために、役立たずの子を引き取るのがどんなに愚かしいことか知るために、ちょっとだけ働かせるんだ。だからお前はいつでも失敗しなきゃ。役に立たないってわからせなきゃ。そしたら帰ってきて、また殴られようよ。楽しませようよ。お前以外の人を」
だから、僕はいちゃ、いけないんだ。
「帰ってきたら男娼に自分を売って、そのお金を家にお入れよ。きっと父様も母様も喜ぶよ。お前以外の人を、悦ばせようよ。そうしたら、お前の代わりに引き取られる子は、お前よりもずぅっと優秀で魔法の才能があってとっても役に立つって可愛がってもらえるんだから。お前ひとりが不幸になる方がずぅっとみんな幸せになるんだから」
だから僕は、帰りたくないあの小さい家の入りたくない僕の部屋に、帰らなきゃ。
押し潰され、すり潰され、消えそうになっていた『アーウェン』に、ちゃんと愛されていいと、助けてもらっていいと、そう教えてくれたのは──アーウェン自身だった。
でも、どこかまだ信じられなかった。
「虐められて、可哀想になぁ」
「ああ、俺たちが可愛がってやるよ」
そう言って頭を撫で──同じ手で殴り飛ばされた。
今笑いかけている大人たちが、そうしないと言っている人たちが、思いついたかのように、思い出したかのように、毬のように蹴り飛ばされる。
そんな経験しかなかった。
まだ『父親』の方が優しかった。
まだ『母親』の方が優しかった。
まだ『兄たち』の方が優しかった。
父は叩いたり、蹴ったりして壁に顔をぶつけて鼻血が出たら、『そのみっともない顔の腫れが引くまで冷やしておけ』と放っておいてくれたから。
母は少なくとも蹴り飛ばしたりはせず、ただ無視して兄に話しかけるようには笑ってくれなかっただけだから。
兄たちは『何もできない出来損ない』と言って罵ったり、熱いお茶を持ってこさせたり、高い所にある本を取らせたり、ただ黙って台所の隅で立ってろと言っただけだから。
僕の身体を『壊す』ことはしなかったから、とっても優しかった。
ああ──でも。
父様に『今日からターランド伯爵家の子』と言われてから、誰も僕にお盆じゃなく素手で取っ手のないカップに入った熱いお茶を持ってこいとは言わない。
誰も『野菜の屑でも食ってろ、屑!』と罵らない。
誰も『邪魔だから、台所のゴミ壷の後ろの目の付かないところで立っていろ』と命令しない。
誰も僕とウサギを一緒に走らせて、捕まった方の背中を鞭で殴らない。
誰も家の外に出たからと言って腕がちぎれそうになるほど勢いよく引っ張らない。
お腹が空いていないかと聞いてくれる。
どんな遊びが好きかと聞いてくれる。
肩車してくれる。
温かいお湯で体を洗ってくれる。
綺麗な服を着せてくれて、綺麗ベッドで寝かせてくれる。
可愛い妹が可愛い声で僕を呼んでくれる。
僕を呼んでくれる。
呼んでくれる。
ああ、いつになったら、僕のことを『脳無しの役立たず。出て行け。居座るなんて図々しい』と罵って、追い出してくれるんだろう。
違う。
違うよ。
僕は追い出されないよ?
僕の家はここだよ?
どうして?
でもあの人は言ったよ?
「お前がもらわれていくのは間違いなんだ。別の子をもらうために、役立たずの子を引き取るのがどんなに愚かしいことか知るために、ちょっとだけ働かせるんだ。だからお前はいつでも失敗しなきゃ。役に立たないってわからせなきゃ。そしたら帰ってきて、また殴られようよ。楽しませようよ。お前以外の人を」
だから、僕はいちゃ、いけないんだ。
「帰ってきたら男娼に自分を売って、そのお金を家にお入れよ。きっと父様も母様も喜ぶよ。お前以外の人を、悦ばせようよ。そうしたら、お前の代わりに引き取られる子は、お前よりもずぅっと優秀で魔法の才能があってとっても役に立つって可愛がってもらえるんだから。お前ひとりが不幸になる方がずぅっとみんな幸せになるんだから」
だから僕は、帰りたくないあの小さい家の入りたくない僕の部屋に、帰らなきゃ。
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