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第一章 アーウェン幼少期

老伯爵は決意を新たにする ②

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エレノアの放つ癒しの光は、ゆっくりとアーウェンだけでなく、カラの奥底にまだ澱んでいた『黒い物』を少しずつ溶かして浄化した。
ふたりともそれと気付かず、そして大魔導士でも取り除けなかった澱を、無理なく、緩やかに。
その結果、アーウェンは先ほどのように虐待されていた頃と似た状況である『茂み』と『野ウサギ』というキッカケで暴走し、カラは無意識下に落とされていた記憶を呼び戻された。

それと共に、蓋をしていた感情にも──

泣いてはいけないと思っていた。
自分たちがどうやってご飯を食べたり寝床をもらっているのか、何も知らない他の子供たちと一緒に笑って過ごす幼い妹を心配させないため。
表の食堂で働いているとばかり思っていた母の本当の『仕事』を知ってしまったことで、自分も母も傷ついたことを知られないため。
八歳という年齢にはとても見えないアーウェンを、ひょっとしたらその命を奪っていたかもしれない罪悪感を知られないため。
カラは──兄として、息子として、従者として、泣くわけにはいかなかった。
だがアーウェンが目の前で倒れ、二度と目が覚めないかもと恐怖した後に訪れた安堵で、極限まで張り詰められていた糸が、プツンと切れた。
それは側にいるのが主人であるラウドではなく、ほとんど関わりの無いグリアース老伯爵だというのかもしれない。
祖父母という存在を知らないカラではあったが、施設の長や歳がいってさすがに娼婦としては働けなくなったのにまだ出て行けない『おばちゃん』と呼んでいたその人たちがあやすように、カラに接してくれたからこそ、こうやって決壊してしまったのかもしれない。
気が付けばカラはグリアース伯爵に縋りついて、激しく泣きじゃくっていた。

気持ちが落ち着くと、またアーウェンの様子を見るために側に戻る。
鼻を啜り上げ、乾かない涙目で見るアーウェンはすっかり寛ぎ、ほっと息を吐くとまた涙が浮かんできた。
きっともうこれより先に、こんなに大泣きすることはないだろう。
そう思えばアーウェンが目を覚ましていないのは幸いだったと、カラは心の底から安堵した。
きっとこんなに泣く自分を見せたら、アーウェンは我がことよりも心を痛めるだろうと、今では知っているから。
「……やはりいい子じゃのぅ。やっぱりお前さんの後見人になる!いいな?!決めたぞ、ラウド!!」
「……なんかもう止められようがないですね」
「エッ?!」
大声にカラが慌てて扉の方を向くと、呆れつつも柔らかな微笑みを浮かべるターランド伯爵とロフェナが立っていた。
カラが告白したどこまでを聞いていたのか──アーウェンを虐待していたことが判明した大人たちの告白を受けるために拷問を受けたことは聞いているが、現場を見ていないため、自分が一体どんな罰を受けるのかと顔を青褪めさせ、そして覚悟を決めた。
「……どうぞ、ご随意に」
ペタリと床に座り込み、まるでそのまま落としてくれと言わんばかりに首を差し出して俯くカラに近付くと、ラウドもまた床に跪いて、少年の身体を抱き寄せる。


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