その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は初めてのおねだりをする ④

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朝起きて食堂室に入ったラウドが見たのは、さっそくもらった塗り絵を塗っているエレノアと、それを横から覗き込んでいるアーウェンだった。
手には包みが剥がされた積み木のセットがしっかりと抱え込まれているが、まだ遊ばれた様子はない。
だがなぜアーウェンは義妹の手元を覗き込んでいるのかが不思議である。
「ごきげんよう、あなた。アーウェン、エレノア…お父様がいらっしゃったわ。ご挨拶をなさい」
別のテーブルにいたヴィーシャムが声を掛けると、パッとふたりの子供が嬉しそうに顔を上げた。
特に玩具屋に入る前に寝てしまったエレノアには何も買っていないのだが、おまけでもらった塗り絵で十分満足しているらしく、特にアーウェンを妬んでいる様子は見られない。
「とっ…父様っ……」
まだ手を放すことなく積み木を持って、アーウェンがそばにやってきた。
「お…おはようございます」
「おはよう。積み木はまだ遊ばないのかい?」
さすがに朝ご飯の前から開けて遊ぶのはどうかとは思うが、てっきりひとつでも手にして弄っているかのに、アーウェンは初めて欲しがった物を宝物のように抱え込んで幸せそうに義父を見上げている。
「はい……あの……と、父様…と……」
「私と?」
コクンとアーウェンが頷くと、何故かクレヨンで顔の所どころをカラフルに染めたエレノアも塗りたての絵を持ってやってきた。
「はよーごじゃーます!」
「ああ、おはよう、エレノア」
「おにいしゃま!おとおしゃまとちゅみきしゅるの!のあもいっしょでいいって!」
ふふふ…と笑って見せてくれた塗り絵ははみ出しながらも比較的綺麗に塗られている。
きっとラリティスが丁寧に教えてくれたのだろうが、なかなか色の選び方もよいと親バカ気味に微笑み、朝食のために席に着いた。
「まずは朝食にしよう。もう少し市中を観てみようかとも思ったが……まあ、ここにはまたいつか来るだろうから、午前中は一緒に積み木をしようか?」
「……はいっ!」
「あーい!」
よほど嬉しかったのかアーウェンの目が少し潤んでいたが、エレノアも『父と遊ぶ』ということはめったにないことなので、元気良く返事をした。
「お嬢様、お手とお顔を綺麗にいたしましょうね?」
「あい!」
ラリティスが苦笑しながら濡れた布巾で手と顔を綺麗すると、さっきまでふたりが座っていたテーブルへと連れて行く。
そんなに離れているわけではないが、今日は子供や妻と侍女、ラウドたち男性陣と別れているため、アーウェンの様子がよく見えた。
王都の邸ではラウドはだいたいひとりか、当日の業務連絡を兼ねて部下と朝食をとることが多い。
普通の貴族であれば夫婦でとるか、十代以上の子供たちに当日の予定を確認するために同席するが、ターランド伯爵家の子供たちはまだ幼いため、ラウド自身に都合がつく時に昼食か夕食を共にするぐらいで、こうして子供たちと一緒に食事をとる機会を逃すことはない。
「ふむ……アーウェンはだいぶ普通の食事をとれるようになったな?」
「はい。確かにリグレ様の同時期と比べまして量は少ないものの、エレノア様とほぼ同じ物をお召し上がりになられます」
こういった場では執事も護衛も侍女たちも『宿の客』であるため、給仕は宿の者にほぼ任せ、ロフェナもあるじと同じテーブルに着いている。
ただしカラはアーウェンのためにと調理場を借りていつもの魔力入りのスープを始め、多少でも自分が調理に加わった物をアーウェンに自ら給仕し、その様子を観察していた。
「……今のところ、カラにおかしい様子はないな?」
「はい。やはり彼も王都から離れて呪術から逃れたのか……あの黒い現象・・・・・・以降、アーウェン様を気遣いますが、害する様子はございません」
ロフェナはズバリとラウドが口にしなかった心配事を否定し、逆に周りがギョッと身体を竦ませる。
「……ふむ。では、今日もまたあちらの店にお前を遣わしても問題はないな?」
見ていないようで、ラウドももちろん一緒に連れて行くことを決めたガブス料理店の娘が、ロフェナに気持ちがあることはわかっていた。
しかしその問いにロフェナは顔色ひとつ変えることなく、そして自分の恋人の方へわずかに柔らかい眼差しを向けてから、主人へしっかりと頷く。
「もちろんでございます。あの御一家はターランド伯爵家の配下ではなく、領地までの護衛対象。いささかも失礼の無いようにいたします。私事わたくしごとで旦那様のお心を煩わせるようなことはいたしません」
「ああ。信頼している……とはいえ、ご婦人を悲しませることになることは避けられまいが」
「ただひとり……そこに私自身が揺らぐことはございません。付随する出来事には誠意を持って対処いたしますゆえ、旦那様におかれましてはお子様とお過ごしいただけますよう……」
食事を終えたロフェナはスッと立って一礼をすると、同じように食事の終わった侍女や護衛を数人連れて食堂を出た。

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