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第一章 アーウェン幼少期
義兄妹は行進に目を奪われる ①
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侍女ふたりと護衛警護兵を三名、そして連絡係としてロフェナを店に残すと、ラウドとヴィーシャムはふたりの子供をラリティスに任せて腕を組み、優雅に店主夫妻に挨拶をして店を出る。
大人数で店を占拠していた客のうち、数名が居残ったとしても、外から見えなければその数が減ったことなどわからない。
主人たちが出て行った後にロフェナがまた結界の魔術を掛けるはずだが、怪しまれないようにと店主の妻が『閉店』と書かれた札を下げて鍵を掛けるのをしっかり見てから、ラウドたちは市議会前の広場へと向かう。
交代式には特に市議会員は参加するわけではないようで、賑やかに子供たちが手を繋いで走っていく他は、ラウドたちと同じように旅をしている者が珍しいものを見るつもりで交代式のチラシを手にして同じ方向へ向かっていくのに出会った。
「何だかこの市の人たちにとってはもう当たり前の光景……なのかしら?」
「うむ。子供が多いが、大人があまりいないな。この時期にこの市を通ることはほぼないから、私も初めて見るんだが、そんなに魅力がないものなのかな?」
「アッハッハッ!どこのお貴族様ですか?もうアタシらには見慣れちまってねぇ。でも、やっぱり行進とか素晴らしいし、領主様がいらしている時はもっと大掛かりに出店や何かもあるから、その頃なら大人たちもやっぱり見に来るんですよ!」
遠慮もなく笑い飛ばしたのは、たまたま立ち止まった果物屋の女店主だった。
「ほら!坊ちゃんもお嬢ちゃんも。可愛いねぇ。ブドウはどう?今、いい時期なんだよ。ちょうど小さい房があるから、ひとつずつね!」
そう言うと大きな粒が五つついた紫色のブドウをアーウェンとエレノアの手に押しつける。
エレノアは目を輝かせて受け取ったが、アーウェンはどうしていいのかわからずに手のひらに乗るブドウを気味悪そうに見つめるだけだ。
「ああ、すまない。この子はあまり果物を見たことがないんだ。いくらかね?」
受け取ってしまったことで怒られるのではないかと思っているらしいアーウェンの前にさりげなく立ちながら、ラウドがロフェナの代わりに財布を持つ従僕を呼び寄せたが、女店主はキョトンとしてからにっこり笑う。
「いいの、いいの!見たところ、何かいいお貴族様でしょう?悪いことしそうにゃ見えない。この市でいい思い出持って帰ってくれて、また来てくれたらいいしさ!今日はサービス!」
「む……そ、そうか……では、後で……いや明日、うちの使いの者を寄こすので、旅の間に食べられる果物を見繕って持たせてほしい。そうだな……箱ふたつ分ほど」
「えっ?!ほ、本当に?あんた、気前のいいお貴族様だねぇ!じゃあ、今夜のおやつにこのリンゴでも持ってってよ!」
どちらが気前がいいのか女店主は籠ひとつ分のリンゴをラウドに持たせようとしたが、さすがにその代金を受け取ってもらうと、広場で交代式がよく見える位置を教えてもらって店を後にする。
「……市長親子はどうかと思うけれど、いい市ね。あなた」
「ああ。うちの領でもこのように気持ち良く住める市や町を増やさないとな」
そう話し合うふたりの顔はいつの間にか領地経営者の表情であるが、アーウェンはぎこちなく手のひらにブドウを乗せたままで歩いていた。
「……奥様」
そっとラリティスが囁く声にヴィーシャムが振り返ると、エレノアは皮ごとひと粒目のブドウを頬張っていたが、アーウェンは義妹のその幸せな姿に気が付くこともなく、ただ無表情にブドウが落ちないようにと手のひらに乗せているだけである。
「アーウェン?」
呼びかけるとアーウェンはビクリと肩を揺らし、何故か諦めたような色を目に浮かべ、無表情さは変えることなくヴィーシャムを見上げる。
「……それは食べていいのよ?あのお店の人がふたりにどうぞってくれたのだから」
「……い、いい…の……?」
「ええ。そうね……ジェナリーおばさまが、ノアとアーウェンにってお菓子をくださったでしょう?直接受け取ってはいないから違うように思うかもしれないけれど、あのお菓子と同じですよ?」
「ほ…んと……?」
「本当よ。ねえ、あなた?」
ヴィーシャムが許可を出してもあまり効き目がないと思い、夫に同意を求めると、しっかりと頷いてくれた。
「もちろんだ。いけないことなら、あの時受け取らせない。アーウェンがもらったのだから、食べていいのだよ」
その言葉にようやくアーウェンは怒られるのではなく、その香りのいい少しひんやりとした粒に指を掛けた。
大人数で店を占拠していた客のうち、数名が居残ったとしても、外から見えなければその数が減ったことなどわからない。
主人たちが出て行った後にロフェナがまた結界の魔術を掛けるはずだが、怪しまれないようにと店主の妻が『閉店』と書かれた札を下げて鍵を掛けるのをしっかり見てから、ラウドたちは市議会前の広場へと向かう。
交代式には特に市議会員は参加するわけではないようで、賑やかに子供たちが手を繋いで走っていく他は、ラウドたちと同じように旅をしている者が珍しいものを見るつもりで交代式のチラシを手にして同じ方向へ向かっていくのに出会った。
「何だかこの市の人たちにとってはもう当たり前の光景……なのかしら?」
「うむ。子供が多いが、大人があまりいないな。この時期にこの市を通ることはほぼないから、私も初めて見るんだが、そんなに魅力がないものなのかな?」
「アッハッハッ!どこのお貴族様ですか?もうアタシらには見慣れちまってねぇ。でも、やっぱり行進とか素晴らしいし、領主様がいらしている時はもっと大掛かりに出店や何かもあるから、その頃なら大人たちもやっぱり見に来るんですよ!」
遠慮もなく笑い飛ばしたのは、たまたま立ち止まった果物屋の女店主だった。
「ほら!坊ちゃんもお嬢ちゃんも。可愛いねぇ。ブドウはどう?今、いい時期なんだよ。ちょうど小さい房があるから、ひとつずつね!」
そう言うと大きな粒が五つついた紫色のブドウをアーウェンとエレノアの手に押しつける。
エレノアは目を輝かせて受け取ったが、アーウェンはどうしていいのかわからずに手のひらに乗るブドウを気味悪そうに見つめるだけだ。
「ああ、すまない。この子はあまり果物を見たことがないんだ。いくらかね?」
受け取ってしまったことで怒られるのではないかと思っているらしいアーウェンの前にさりげなく立ちながら、ラウドがロフェナの代わりに財布を持つ従僕を呼び寄せたが、女店主はキョトンとしてからにっこり笑う。
「いいの、いいの!見たところ、何かいいお貴族様でしょう?悪いことしそうにゃ見えない。この市でいい思い出持って帰ってくれて、また来てくれたらいいしさ!今日はサービス!」
「む……そ、そうか……では、後で……いや明日、うちの使いの者を寄こすので、旅の間に食べられる果物を見繕って持たせてほしい。そうだな……箱ふたつ分ほど」
「えっ?!ほ、本当に?あんた、気前のいいお貴族様だねぇ!じゃあ、今夜のおやつにこのリンゴでも持ってってよ!」
どちらが気前がいいのか女店主は籠ひとつ分のリンゴをラウドに持たせようとしたが、さすがにその代金を受け取ってもらうと、広場で交代式がよく見える位置を教えてもらって店を後にする。
「……市長親子はどうかと思うけれど、いい市ね。あなた」
「ああ。うちの領でもこのように気持ち良く住める市や町を増やさないとな」
そう話し合うふたりの顔はいつの間にか領地経営者の表情であるが、アーウェンはぎこちなく手のひらにブドウを乗せたままで歩いていた。
「……奥様」
そっとラリティスが囁く声にヴィーシャムが振り返ると、エレノアは皮ごとひと粒目のブドウを頬張っていたが、アーウェンは義妹のその幸せな姿に気が付くこともなく、ただ無表情にブドウが落ちないようにと手のひらに乗せているだけである。
「アーウェン?」
呼びかけるとアーウェンはビクリと肩を揺らし、何故か諦めたような色を目に浮かべ、無表情さは変えることなくヴィーシャムを見上げる。
「……それは食べていいのよ?あのお店の人がふたりにどうぞってくれたのだから」
「……い、いい…の……?」
「ええ。そうね……ジェナリーおばさまが、ノアとアーウェンにってお菓子をくださったでしょう?直接受け取ってはいないから違うように思うかもしれないけれど、あのお菓子と同じですよ?」
「ほ…んと……?」
「本当よ。ねえ、あなた?」
ヴィーシャムが許可を出してもあまり効き目がないと思い、夫に同意を求めると、しっかりと頷いてくれた。
「もちろんだ。いけないことなら、あの時受け取らせない。アーウェンがもらったのだから、食べていいのだよ」
その言葉にようやくアーウェンは怒られるのではなく、その香りのいい少しひんやりとした粒に指を掛けた。
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