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第一章 アーウェン幼少期
少年は思い出した過去を語る ②
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実の長兄のことを『若旦那様』と呼ぶ違和感を伝えようもなく、ラウドもロフェナもそこを指摘することなく、アーウェンに語らせる。
「森は…きれいだったけど……動物たちはみんなやさしくて、でも大人の人たちがみんな、僕を『遊ぶ』ように、その子たちも……あれ……?」
怖い、辛い、痛い、悲しい。
まだ言葉にできないその感情の代わりに、静かにアーウェンは涙を流す。
悲しいよぅ。
切らないでよぅ。
やめてよぅ。
赤ん坊だったアーウェンはきっと、そう叫びたかったに違いない。
だが一方的に命令だけされ、『会話』を習うことなく育ってしまった小さい子。
言葉を知らなければ、拒否も懇願もできなかっただろう。
「きっともう……『まじょさん』は僕のことなんか覚えていないと思うけど……僕は、忘れなくて…いいんですね……」
「ああ……もちろんだ。きっとその方も、アーウェンのことを忘れてはいないはずだ。アーウェンを『自分の子供』にしたのならば」
実際は報告書にその後の村での男爵当主代理夫妻のことは書かれていた。
父の代から──ひょっとするともっと以前から続いている『当主による接待』の内容を知ったティーニアが苦言を呈したため、ふたりの仲はあまり良好とは言えない。
子供が出来ないことも原因の一端ではあるが、それは妻側の問題だけでなく、従順に父から受け継いだ『役目』を果たすために義務的に服用している丸薬のせいらしいともあった。
「そういえば、ルアン伯爵夫人がアーウェン様のために、町の土産物をお持ちくださいましたよ。何でも『安眠のおまじない』と言われている物だとか」
そう言ってロフェナが猫ほどの大きさの包みをアーウェンの膝に置く。
「……あけて、いいの?」
「開けなければ、中身を見れないだろう?それは『アーウェンの物』だ。見ていいんだよ」
戸惑うアーウェンにラウドはそう言ったが、ターランド伯爵家に引き取ってからというもの、様々な『アーウェンの物』が与えられてきたことを認識していないのだろうか?
「……旦那様。アーウェン様が何度もお嬢様の物だと言い張られて……お着物もお履き物もすべて、包まれた物はすべて……そして『玩具』にも興味をあまり示されず、エレノア様の物だと思われてしまいまして……」
何度説明してもダメだった。
綺麗に包まれたそれらは『自分の物』ではないという強固な思い込みは、サウラス男爵家にいる時に植えつけられたものだろう。
そのような物が届くことなどはあまり無かったが、時折次男や三男が送ってくれる包みや、男爵自身が買ってきた物はアーウェンに見せられても触らせてもらえず、すぐ上の兄のための物だと持っていかれたのだから。
だから『綺麗に包まれた何か』は自分の物ではなく──『ターランド伯爵家で一番可愛がられている者』であるエレノアの物だと思い込んで、どうしても訂正を聞き入れてはもらえなかった。
仕方無くロフェナやカラが包みを解いてアーウェンの衣裳部屋にこっそり仕舞うようになってからはそういったことはなくなったが、玩具に関してはどうやって遊べばいいのかもわからず、『使い方を知っているエレノアの物』という認識で、子供たち共有のサロンに置くことがようやくの妥協点だったのである。
「森は…きれいだったけど……動物たちはみんなやさしくて、でも大人の人たちがみんな、僕を『遊ぶ』ように、その子たちも……あれ……?」
怖い、辛い、痛い、悲しい。
まだ言葉にできないその感情の代わりに、静かにアーウェンは涙を流す。
悲しいよぅ。
切らないでよぅ。
やめてよぅ。
赤ん坊だったアーウェンはきっと、そう叫びたかったに違いない。
だが一方的に命令だけされ、『会話』を習うことなく育ってしまった小さい子。
言葉を知らなければ、拒否も懇願もできなかっただろう。
「きっともう……『まじょさん』は僕のことなんか覚えていないと思うけど……僕は、忘れなくて…いいんですね……」
「ああ……もちろんだ。きっとその方も、アーウェンのことを忘れてはいないはずだ。アーウェンを『自分の子供』にしたのならば」
実際は報告書にその後の村での男爵当主代理夫妻のことは書かれていた。
父の代から──ひょっとするともっと以前から続いている『当主による接待』の内容を知ったティーニアが苦言を呈したため、ふたりの仲はあまり良好とは言えない。
子供が出来ないことも原因の一端ではあるが、それは妻側の問題だけでなく、従順に父から受け継いだ『役目』を果たすために義務的に服用している丸薬のせいらしいともあった。
「そういえば、ルアン伯爵夫人がアーウェン様のために、町の土産物をお持ちくださいましたよ。何でも『安眠のおまじない』と言われている物だとか」
そう言ってロフェナが猫ほどの大きさの包みをアーウェンの膝に置く。
「……あけて、いいの?」
「開けなければ、中身を見れないだろう?それは『アーウェンの物』だ。見ていいんだよ」
戸惑うアーウェンにラウドはそう言ったが、ターランド伯爵家に引き取ってからというもの、様々な『アーウェンの物』が与えられてきたことを認識していないのだろうか?
「……旦那様。アーウェン様が何度もお嬢様の物だと言い張られて……お着物もお履き物もすべて、包まれた物はすべて……そして『玩具』にも興味をあまり示されず、エレノア様の物だと思われてしまいまして……」
何度説明してもダメだった。
綺麗に包まれたそれらは『自分の物』ではないという強固な思い込みは、サウラス男爵家にいる時に植えつけられたものだろう。
そのような物が届くことなどはあまり無かったが、時折次男や三男が送ってくれる包みや、男爵自身が買ってきた物はアーウェンに見せられても触らせてもらえず、すぐ上の兄のための物だと持っていかれたのだから。
だから『綺麗に包まれた何か』は自分の物ではなく──『ターランド伯爵家で一番可愛がられている者』であるエレノアの物だと思い込んで、どうしても訂正を聞き入れてはもらえなかった。
仕方無くロフェナやカラが包みを解いてアーウェンの衣裳部屋にこっそり仕舞うようになってからはそういったことはなくなったが、玩具に関してはどうやって遊べばいいのかもわからず、『使い方を知っているエレノアの物』という認識で、子供たち共有のサロンに置くことがようやくの妥協点だったのである。
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