上 下
117 / 409
第一章 アーウェン幼少期

少年は思い出すことを受け入れる ⑤

しおりを挟む
小さい身体には不似合いな広い部屋で眠ることは、ある意味慣れていた。
兄たちのための簡易ベッドが二つあり、本来ならばサロンとして使われるはずの少しばかり広い部屋の壁に沿って置いてある板の上に申し訳ばかりの敷布が置かれているのが、産まれた時からアーウェンの寝床だったのだから。
病弱な四男だけは両親と同じ二階に一室与えられていたが、長男から三男までの息子がすべて家を出ると、サウラス男爵はその部屋に仕切りを作ってアーウェンのその『寝床』とわずかに着替えられるだけの隙間が『部屋』になったけれど。

腹が空いて泣けば、色がついたぐらいにしか言い表せない薄いミルクの入った哺乳瓶を口に押し当てられ、例え夜尿してもおむつを替えてもらえずに、朝になってようやく乾いた下着をもらえた。
むろんひとりで動くことすらままならない赤ん坊の頃は、舌打ちされながらも兄に当たる人が最低限それらをやってくれたのだが、その手は乱暴で、冷たい水をかけられたり蹴られてうつ伏せにされられたりしたことが記憶にないことは、ある意味幸せだったのかもしれない。

だがそれはあくまで『思い出せない』だけで、『存在しない事実』ではない。

「チッ……こんな出来損ないでも、教会が出生を認めただなんて……こんなやつのために、俺が家を出れないなんて……クソッ……忌々しい『可愛い弟』だよ!……何でこんなにしても死なねぇんだ……」
声変わりも怪しい少年は裸に剥いた赤ん坊を蹴り転がし、わざと高い位置から水を掛けた。
それは家の裏手で行われていたが、さすがにアーウェンが大声で泣き出すと、自分が濡れることも厭わず慌てて小脇に小さな身体を抱えて家に入る。
「バカ者!あの出来損ないが家にいると知られてみろ?!この辺りの平民が報奨金欲しさに王宮へ届け出てでもしたら……さっさとそいつを乾かして寝かしつけろ!」
兄の着ていたシャツに包まれた隙間から見たのは、確かにまだ若い父だった・・・・人だ。
アーウェンはその後そのまま部屋の隅の自分の寝床の上に放置され、弱々しく泣いては眠り、無理やり哺乳瓶の乳首を口に突っ込まれて本能のまま飲み、乱暴に背中を叩かれて窒息だけは免れていた。

「……もう、これ、いらないや」

通いの家政婦は、アーウェンに汚れた下着類を投げつけた。
「ほら、もう歩けるんだ!自分の始末は自分でやりな!!」
どんなに粗悪な食事でも生き延びるために身体は貪欲に栄養を吸収したが、そんな物ではアーウェンが正常に成長できるはずもないが、どうにか生きていた。
誕生を祝われたことがないから、アーウェンは知らなかったが、ようやく一歳半。
たとえ極貧の孤児院でも、そんな乳幼児期の子供を働かせたりはしない。
なのに──
「チッ!使えないねぇ!お貴族様の子供ってのは甘やかされすぎさ!うちの子だって、もうちょいと気が利くってもんさ!」
そういう家政婦の娘はその年に十二歳を迎え、春に平民のための読み書きを教えるだけの学舎を出たばかりで、家の手伝いだって六歳の頃にテーブルを拭くぐらいしかできなかったのである。
だか彼女は何故かそのことをすっかり忘れ去たように、言葉もほとんど喋れないアーウェンが洗濯ひとつできないことを嘲った。

「もう、いらないね、バイバイ……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。

まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」 そう、第二王子に言われました。 そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…! でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!? ☆★☆★ 全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...