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第一章 アーウェン幼少期
少年は成長を約束される
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予定の半分も進まなかったが、結局この日はこのまま野営することとなった。
程なくしてアーウェンは目を覚まし、しばらく心ここにあらずという状態だったが、ジェナリーが予想した通り、エレノアが自分用にともらった砂糖菓子を口に放り込まれて落ち着きと理性を取り戻した。
さすがに何度も気を失っていてることを黙っているわけにもいかず、ラウドは必要以上に気に病むことはないと言いながら、これまでターランド伯爵家として調べてきたことを教える。
アーウェンが産まれてきたのは確かに貧しい貴族の家系ではあったが、その育てられ方がたとえ極貧の平民であってもあり得ないこと。
幼い頃に長兄が男爵家当主代理として治める領地の村であったことも、貴族籍の子供に対して平民が行ってはいけなかったこと。
それらの多くはアーウェンの身体には暴力の傷を、心には暴言の傷を残し、いまだに癒え切ってはいないようだということ。
ターランド伯爵家としてはアーウェンを手放す気はなく、以前アーウェンが気にしていた『いつサウラス男爵家に帰れるのか』という質問には永遠に答えがないこと。
未来の話もする──これから領地に向かい、二年ほど領都にある邸で勉学と武術の習得に励み、その後には縁のある辺境伯爵家の辺境警備兵として任に就くこと。
だがそうやって家を離れてもラウドとヴィーシャムはアーウェンの本当の両親としてあり、家族はサウラス男爵家ではなく、ターランド伯爵家だと肝に銘じて生きていってほしいこと。
いろいろと理解が追いつかない部分もあろうが──そう言ってラウドは伝えたいことを終えると、義息子の顔を凝視する。
確かに詰め込まれ過ぎた感はあるし、アーウェンが告白されたことのすべてを理解できたかどうかは怪しいが、とにかく義父となったラウド・ニアス・デュ・ターランド伯爵が自分を慈しんでくれていることはわかった。
そして悲しいことではあるが、サウラス男爵家にいた時の自分は『不幸』というにも言葉が足りないほどのどん底にいたらしいということも理解してしまった。
「……ぼくは、生きていて、いいのでしょうか……」
ポツリと力なく漏らした言葉こそが、長い間アーウェン自身を苛んでいたものだろう。
大切にもされず、慈しんでももらえず、望んでももらえず──けれども、いなくなることは許されず、暴力や暴言を受け止めねばならず、這いつくばることを止めることを選ばせてももらえず。
ひたすらに親の加護を得るべき乳児の頃から受ける扱いではない。
それは貴賎問わず──現実的には難しいものとわかってはいても、それでもなお理想を求めてしまうのは、ラウド自身が積極的に取り組む孤児や貧困家庭への救済という活動のせいだった。
だから──
「アーウェンが死んでいいということは、私はまったく認めない!父として命じる」
「は…い……」
「アーウェン…理不尽に扱われたことを思い出さなくてもよい。だが、お前自身は理不尽に扱われたことを怒り、自分がそのような目に遭ったことを許すな。そして、その理不尽をまた掲げてお前を責める者がいたら、父が成敗する。お前自身が力をつければ、お前が立ち向かってもよい。その際には、父も、母も、義兄のリグレも、義妹のエレノアも、そしてターランド伯爵家に在る者すべてが、お前の後ろ盾となろう」
「はい……」
「今は理解せずともよい。健やかに育て。心を鍛えよ。それだけを目標に、十の歳までターランド領で過ごすのだ。そうしたら……」
「そ、そうしたら……?」
ジワリと涙を滲ませた目で見上げる義息子に向かい、ラウドはしっかりと視線を合わせて頷く。
「ターランドの名に懸けて、お前を当国随一の魔剣士に鍛え上げる。二度と『生きていていいのか?』などと悩まぬようにな!」
魔剣士──アーウェンは聞いたこともないその名にキョトンと目を丸くして、泣くことも忘れてしまった。
程なくしてアーウェンは目を覚まし、しばらく心ここにあらずという状態だったが、ジェナリーが予想した通り、エレノアが自分用にともらった砂糖菓子を口に放り込まれて落ち着きと理性を取り戻した。
さすがに何度も気を失っていてることを黙っているわけにもいかず、ラウドは必要以上に気に病むことはないと言いながら、これまでターランド伯爵家として調べてきたことを教える。
アーウェンが産まれてきたのは確かに貧しい貴族の家系ではあったが、その育てられ方がたとえ極貧の平民であってもあり得ないこと。
幼い頃に長兄が男爵家当主代理として治める領地の村であったことも、貴族籍の子供に対して平民が行ってはいけなかったこと。
それらの多くはアーウェンの身体には暴力の傷を、心には暴言の傷を残し、いまだに癒え切ってはいないようだということ。
ターランド伯爵家としてはアーウェンを手放す気はなく、以前アーウェンが気にしていた『いつサウラス男爵家に帰れるのか』という質問には永遠に答えがないこと。
未来の話もする──これから領地に向かい、二年ほど領都にある邸で勉学と武術の習得に励み、その後には縁のある辺境伯爵家の辺境警備兵として任に就くこと。
だがそうやって家を離れてもラウドとヴィーシャムはアーウェンの本当の両親としてあり、家族はサウラス男爵家ではなく、ターランド伯爵家だと肝に銘じて生きていってほしいこと。
いろいろと理解が追いつかない部分もあろうが──そう言ってラウドは伝えたいことを終えると、義息子の顔を凝視する。
確かに詰め込まれ過ぎた感はあるし、アーウェンが告白されたことのすべてを理解できたかどうかは怪しいが、とにかく義父となったラウド・ニアス・デュ・ターランド伯爵が自分を慈しんでくれていることはわかった。
そして悲しいことではあるが、サウラス男爵家にいた時の自分は『不幸』というにも言葉が足りないほどのどん底にいたらしいということも理解してしまった。
「……ぼくは、生きていて、いいのでしょうか……」
ポツリと力なく漏らした言葉こそが、長い間アーウェン自身を苛んでいたものだろう。
大切にもされず、慈しんでももらえず、望んでももらえず──けれども、いなくなることは許されず、暴力や暴言を受け止めねばならず、這いつくばることを止めることを選ばせてももらえず。
ひたすらに親の加護を得るべき乳児の頃から受ける扱いではない。
それは貴賎問わず──現実的には難しいものとわかってはいても、それでもなお理想を求めてしまうのは、ラウド自身が積極的に取り組む孤児や貧困家庭への救済という活動のせいだった。
だから──
「アーウェンが死んでいいということは、私はまったく認めない!父として命じる」
「は…い……」
「アーウェン…理不尽に扱われたことを思い出さなくてもよい。だが、お前自身は理不尽に扱われたことを怒り、自分がそのような目に遭ったことを許すな。そして、その理不尽をまた掲げてお前を責める者がいたら、父が成敗する。お前自身が力をつければ、お前が立ち向かってもよい。その際には、父も、母も、義兄のリグレも、義妹のエレノアも、そしてターランド伯爵家に在る者すべてが、お前の後ろ盾となろう」
「はい……」
「今は理解せずともよい。健やかに育て。心を鍛えよ。それだけを目標に、十の歳までターランド領で過ごすのだ。そうしたら……」
「そ、そうしたら……?」
ジワリと涙を滲ませた目で見上げる義息子に向かい、ラウドはしっかりと視線を合わせて頷く。
「ターランドの名に懸けて、お前を当国随一の魔剣士に鍛え上げる。二度と『生きていていいのか?』などと悩まぬようにな!」
魔剣士──アーウェンは聞いたこともないその名にキョトンと目を丸くして、泣くことも忘れてしまった。
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