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第一章 アーウェン幼少期
伯爵は過去に翻弄される ④
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あれは狡かった……そう思っても確かに負けは負けで、女と侮り、攻撃を補助する飛び道具として薬品を持ってくるとは思わずに、物理的防御壁しか展開していなかったラウドたちの思い上がりを叩き潰してくれたことを思い出す。
「しかしジェンがいなければ、私はちゃんとヴィーシャムと向き合うこともなかっただろうし、今こんなふうに幸せだったかはわからないよ。そうしてアーウェンを引き取ることだって……」
「そうね。感謝していいわよ?ついでに皆が『うちのヴィ…』と聞いた途端に席を立ってしまったお礼も、いただいてよくってよ?」
そう──あの頃傷ついていたのはヴィーシャムだけでなく、限られた教師や学生以外からはほとんど避けられてしまったラウドやバラットもそうだった。
互いにそんな弱さを見せたりはしなかったが、やはり心の奥では忸怩たる思いは積もり、長期休暇で領地に戻れることはとても開放的で幸せだった。
そこで初めて会った、膨大な魔力暴走を起こして、真夏の庭を冬景色に一変してしまった美しい少女。
緑と白が混じる景色の中で泣いているその少女に一目惚れをし、その場で結婚を申し込んだことをヴィーシャムは忘れてしまっているようだったが、申し込まずともすでに婚約者だったと思い出したラウドは恥ずかしさのあまり、そのことを忘れていてほしいと願っている。
「……確かに、あの頃から私はヴィーシャムが一番大切だったな。あぁ…『うちのヴィーシャムは……』か。懐かしいな。美しくて聡明なのに、妹の邪さに気付かない優しさがとても可愛らしかったんだ」
「あー、はいはい。その惚気はいずれまた聞かせていただくわ。それよりも……」
そう言いながらジェナリーが差し出してきたのは、瓶にいくつも入った砂糖菓子のようである。
「我が町の名物のひとつよ。魔力が込められているわけではないけれど、精神的に落ち着く効果のある薬草を使っているの。必ず効果があると保証はできないけれど……精神を支配される負担は少なくなるはず。目が覚めたらひとつ食べさせてあげて。同じ話をしても気を失うようなことは稀になると思うわ。こちらはエレノアちゃん用」
「……ふたつも?」
「ええ。別々の物なの。こちらは気持ちが落ち着く…というか、ヴィーシャム様に伺ったのだけれど、エレノアちゃんは時々興奮しすぎるみたいなの。少しだけ気持ちを穏やかにしてくれる作用があるわ。集中したい時に飲むお茶に似た成分の薬草よ。アーウェンちゃんの方はエレノアちゃんにあげてはいけないけれど、こちらならふたりに食べさせても大丈夫」
アーウェンの分はカラに任せれば大丈夫だろうが、エレノアはきっとアーウェンに対して「あげる」と言ってきかないだろう──そんな場面が目に浮かぶようで、ラウドは思わず笑みを浮かべた。
「……本当に幸せなのね。良かったわ。私の旦那様が『どうしても大将が幸せそうに見えない。辛い』ってずっと言っていたの。学院内での雰囲気もあったとは思う……ふたりと違って私は大学部には進学しなかったから、気になっていたの」
「そうだな……大学部に進学する前にと高等部修業式後に婚姻式を両家で進めて……リグレが産まれて……あの数年間はあまり家族と向き合うよりも、己の為すべきことが見えていなかったからな……ヴィーシャムがよく支えてくれなければ、私はもっと苦しかったかもしれない」
だからこそ、今度こそ、『家族』を自分の手で救いたい。
それは自分勝手な過去への償いかもしれなかったが、ラウドはその思いに囚われていた。
「しかしジェンがいなければ、私はちゃんとヴィーシャムと向き合うこともなかっただろうし、今こんなふうに幸せだったかはわからないよ。そうしてアーウェンを引き取ることだって……」
「そうね。感謝していいわよ?ついでに皆が『うちのヴィ…』と聞いた途端に席を立ってしまったお礼も、いただいてよくってよ?」
そう──あの頃傷ついていたのはヴィーシャムだけでなく、限られた教師や学生以外からはほとんど避けられてしまったラウドやバラットもそうだった。
互いにそんな弱さを見せたりはしなかったが、やはり心の奥では忸怩たる思いは積もり、長期休暇で領地に戻れることはとても開放的で幸せだった。
そこで初めて会った、膨大な魔力暴走を起こして、真夏の庭を冬景色に一変してしまった美しい少女。
緑と白が混じる景色の中で泣いているその少女に一目惚れをし、その場で結婚を申し込んだことをヴィーシャムは忘れてしまっているようだったが、申し込まずともすでに婚約者だったと思い出したラウドは恥ずかしさのあまり、そのことを忘れていてほしいと願っている。
「……確かに、あの頃から私はヴィーシャムが一番大切だったな。あぁ…『うちのヴィーシャムは……』か。懐かしいな。美しくて聡明なのに、妹の邪さに気付かない優しさがとても可愛らしかったんだ」
「あー、はいはい。その惚気はいずれまた聞かせていただくわ。それよりも……」
そう言いながらジェナリーが差し出してきたのは、瓶にいくつも入った砂糖菓子のようである。
「我が町の名物のひとつよ。魔力が込められているわけではないけれど、精神的に落ち着く効果のある薬草を使っているの。必ず効果があると保証はできないけれど……精神を支配される負担は少なくなるはず。目が覚めたらひとつ食べさせてあげて。同じ話をしても気を失うようなことは稀になると思うわ。こちらはエレノアちゃん用」
「……ふたつも?」
「ええ。別々の物なの。こちらは気持ちが落ち着く…というか、ヴィーシャム様に伺ったのだけれど、エレノアちゃんは時々興奮しすぎるみたいなの。少しだけ気持ちを穏やかにしてくれる作用があるわ。集中したい時に飲むお茶に似た成分の薬草よ。アーウェンちゃんの方はエレノアちゃんにあげてはいけないけれど、こちらならふたりに食べさせても大丈夫」
アーウェンの分はカラに任せれば大丈夫だろうが、エレノアはきっとアーウェンに対して「あげる」と言ってきかないだろう──そんな場面が目に浮かぶようで、ラウドは思わず笑みを浮かべた。
「……本当に幸せなのね。良かったわ。私の旦那様が『どうしても大将が幸せそうに見えない。辛い』ってずっと言っていたの。学院内での雰囲気もあったとは思う……ふたりと違って私は大学部には進学しなかったから、気になっていたの」
「そうだな……大学部に進学する前にと高等部修業式後に婚姻式を両家で進めて……リグレが産まれて……あの数年間はあまり家族と向き合うよりも、己の為すべきことが見えていなかったからな……ヴィーシャムがよく支えてくれなければ、私はもっと苦しかったかもしれない」
だからこそ、今度こそ、『家族』を自分の手で救いたい。
それは自分勝手な過去への償いかもしれなかったが、ラウドはその思いに囚われていた。
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