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第一章 アーウェン幼少期
伯爵は過去に翻弄される ③
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「……見る限り、何かを吐いたりとかはしていないのね?」
「そう……だな。泡を吹いた……」
「はぁ?!」
砕けた口調になったジェナリーに対してラウドもつい敬語を忘れて返すと、眉を吊り上げてさらに返事を返されたが、ふざけたつもりはないと慌てて訂正する。
「いっ、いやっ!ふざけていないぞ?!本当に泡を吹いたんだ!ほら、口の端に涎が……」
「本当ね……では飲食のせいではない、と……」
「ああ、突然だった。今のアーウェンよりも大きくなった……そうだな、話の印象では十歳かそこらに成長したエレノアが夢に出てきたという話を記録していたんだが。その時に……」
「記録?」
もっと詳しく調べるためだろうか、アーウェンの頭に手のひらを向けていた魔術師長がピクリと反応した。
「こちらです」
ラウドが頷いて許可を与えると、同じ馬車に乗ってラウドとアーウェンの会話を漏らさず記録していたロフェナがその書を差し出した。
後で要らぬ部分を抜き出すために不必要な会話部分もすべて記されているが、それは聞こえた言葉すべてを記憶できる魔術が施されたペンのおかげである。
「……魔力って便利ねぇ。私は血筋的にまったく受け継げる要素がないから、本当に羨ましいわ」
「あっても『便利に使う』だけではだんだん弱くなる。エレノアに与えてくれた『植物図鑑』という本の方が学術的に言えばとても役に立つし、しかもエレノア以外の人間にも知識を与えてくれるじゃないか。ジェンの持っている技術もすごい」
「あら、ようやく認めてくれたのね?『怪我など予め防御術を施しておけばかすり傷もつかないのに、なぜ使わないのだ?』とか言っていたのに」
「ウッ……」
過去を鋭く指摘され、ラウドは言葉に詰まった。
魔力があり、魔術を知っている者はどうしても『魔術至上主義』に偏りやすい。
王都貴族学院に所属していた頃のラウドが、まさしくその典型的な例である。
逆に魔力がない、あるいはあっても気付いていない人間の方が多いということを知ったのが、学院生活だった。
むろん魔力の保持量に個人差があるとは知っていたが、ターランド伯爵領や邸には魔力が無い者がおらず、その力が発揮されても誰も恐れることはなかった──幼いヴィーシャムを疎んだ家族のような者は。
だが多種多様な能力を持つ、あるいは何も持たない平凡な者が集う学び舎では状況は変わり、魔力だけでなく勉学や戦闘技術も優れていたラウドはともかく、従者として共に王都貴族学院に入学したバラットが魔術を駆使してラウドの身の回りを整えるのを見た者が怯え、少しずつ距離を置くのを見てしまった。
よく周りを見渡せば、ラウドの周りには魔力や魔術に偏見の無い者や、逆に偏見を持たれてしまって普通の学生たちから避けられている者しか集まらなくなってしまったのである。
そんな中でもジェナリー・アミエナ・ルッツ・ルアン伯爵令嬢が先頭に立った『魔力が無くても生きていける!』を信条とした者たちがおり、ラウドに魔力・魔術主義を撤回してもらおうと何度も挑んできてくれた。
「あなたが言うように、確かに魔力があればいろんなことができるでしょうね。だけど、できないこともあるのよ?」
「ふん……魔力が無ければできないことの方が多いじゃないか!」
「魔術で曲がった脚は治せても、曲がった心根を正すのは言葉だし、悲しい気持ちを癒すのはおいしい食べものや美しい花や『お友達』という存在だわ!」
「何だと?!」
そんな衝突もあったし、時には武力で決着をつけようとした時もあった。
まさか『魔力も持たない女』に知略で負けるとも思わず、三対三で挑んだ模擬戦では煙玉や嗅覚を刺激する液体を駆使され、抵抗を封じられて完敗したのである。
「そう……だな。泡を吹いた……」
「はぁ?!」
砕けた口調になったジェナリーに対してラウドもつい敬語を忘れて返すと、眉を吊り上げてさらに返事を返されたが、ふざけたつもりはないと慌てて訂正する。
「いっ、いやっ!ふざけていないぞ?!本当に泡を吹いたんだ!ほら、口の端に涎が……」
「本当ね……では飲食のせいではない、と……」
「ああ、突然だった。今のアーウェンよりも大きくなった……そうだな、話の印象では十歳かそこらに成長したエレノアが夢に出てきたという話を記録していたんだが。その時に……」
「記録?」
もっと詳しく調べるためだろうか、アーウェンの頭に手のひらを向けていた魔術師長がピクリと反応した。
「こちらです」
ラウドが頷いて許可を与えると、同じ馬車に乗ってラウドとアーウェンの会話を漏らさず記録していたロフェナがその書を差し出した。
後で要らぬ部分を抜き出すために不必要な会話部分もすべて記されているが、それは聞こえた言葉すべてを記憶できる魔術が施されたペンのおかげである。
「……魔力って便利ねぇ。私は血筋的にまったく受け継げる要素がないから、本当に羨ましいわ」
「あっても『便利に使う』だけではだんだん弱くなる。エレノアに与えてくれた『植物図鑑』という本の方が学術的に言えばとても役に立つし、しかもエレノア以外の人間にも知識を与えてくれるじゃないか。ジェンの持っている技術もすごい」
「あら、ようやく認めてくれたのね?『怪我など予め防御術を施しておけばかすり傷もつかないのに、なぜ使わないのだ?』とか言っていたのに」
「ウッ……」
過去を鋭く指摘され、ラウドは言葉に詰まった。
魔力があり、魔術を知っている者はどうしても『魔術至上主義』に偏りやすい。
王都貴族学院に所属していた頃のラウドが、まさしくその典型的な例である。
逆に魔力がない、あるいはあっても気付いていない人間の方が多いということを知ったのが、学院生活だった。
むろん魔力の保持量に個人差があるとは知っていたが、ターランド伯爵領や邸には魔力が無い者がおらず、その力が発揮されても誰も恐れることはなかった──幼いヴィーシャムを疎んだ家族のような者は。
だが多種多様な能力を持つ、あるいは何も持たない平凡な者が集う学び舎では状況は変わり、魔力だけでなく勉学や戦闘技術も優れていたラウドはともかく、従者として共に王都貴族学院に入学したバラットが魔術を駆使してラウドの身の回りを整えるのを見た者が怯え、少しずつ距離を置くのを見てしまった。
よく周りを見渡せば、ラウドの周りには魔力や魔術に偏見の無い者や、逆に偏見を持たれてしまって普通の学生たちから避けられている者しか集まらなくなってしまったのである。
そんな中でもジェナリー・アミエナ・ルッツ・ルアン伯爵令嬢が先頭に立った『魔力が無くても生きていける!』を信条とした者たちがおり、ラウドに魔力・魔術主義を撤回してもらおうと何度も挑んできてくれた。
「あなたが言うように、確かに魔力があればいろんなことができるでしょうね。だけど、できないこともあるのよ?」
「ふん……魔力が無ければできないことの方が多いじゃないか!」
「魔術で曲がった脚は治せても、曲がった心根を正すのは言葉だし、悲しい気持ちを癒すのはおいしい食べものや美しい花や『お友達』という存在だわ!」
「何だと?!」
そんな衝突もあったし、時には武力で決着をつけようとした時もあった。
まさか『魔力も持たない女』に知略で負けるとも思わず、三対三で挑んだ模擬戦では煙玉や嗅覚を刺激する液体を駆使され、抵抗を封じられて完敗したのである。
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