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第一章 アーウェン幼少期
少年は悪夢を忘れる ②
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アーウェンが受けた心の傷はどんなに深いだろう──ラウドはロフェナから渡された報告書をおもわず捻じり切ってしまった。
「……旦那様」
「す、すまん……つい……」
後方支援部隊として魔術を駆使できるターランド伯爵家は同位の中でもかなり裕福であるが、どんな性質の紙でも手に入れるにはそれなりの苦労がある。
「いえ…おそらくこうなるのではないかと思い、あと数部は書き写しを作っております。おかげさまで複写術を訓練させるのに役に立ちました」
「すごいな!」
取り調べた人数は自衛団の幹部クラスの者が五名、話を聞かされてなぜか暴力行為に到った者十八名、下っ端で同じように幼児たちを甚振った者が三名の二十一名分だが、訓練と称してずいぶんと作成したらしく、積んである紙束は十山を超える。
「魔術師長殿にご同行いただき、様々に使える魔術をご指導いただけるので、領地でも便利に使えそうです。旦那様が落ち着いて読めるようになるまで破っていただいても大丈夫でございます。このように王都に近い町であるのに、特産物として売り出してもいいくらいの紙産業の技術があるので、こうやって多少質の落ちた物がかなり安く手に入るんです」
「ほう……そんな物があったのか……おかしいな?王宮ではデビニアン町産の紙など見たことが無いが?」
「詳しくは聞いておりませんが、どうやらかなり質の良い物は隣国への輸出物として徴収されているようです。逆に安価となってしまうほど質が落ちるものは王都内でも平民街の末端でしか売り捌けないため、ほぼこの町限定でしか取り扱っていないと……」
「徴収…ということは、正規の収入には繋がらないではないか!それではこの町も発展のしようが……」
「確かに……発展させたくない貴族がいらっしゃると、勘繰りたくなります」
「まさか……とは言えんなぁ。ログナスは武力バカであるが、ジェナリー嬢は昔から勉学においては文官志望の者すら凌ぐほどの博識と好奇心を持たれた女性だった。彼女の才覚があれば、この町がもっと豊かになっていいはず。嫉妬する輩がいてもおかしくはない……か」
この地の発展に対して口出しをするのは血縁関係のない貴族としてはあまり褒められた行為ではないが、せめて他山であっても石をどける方法を一緒に探すのは旧友として当然だろう。
今目の前にある義息子への仕打ちに対しての処罰が済んだら、そちらを手掛けるのも悪くないと思いつつ、また新しい書類を手にした。
結果として二十一名分の供述が二回ずつ破られ、だいぶ怒りは発散された。
だが何度読んでも、幼子に対して行うような行動ではないという思い自体が目減りすることはなく、ログナスに見せていいものかと、ラウドの方が悩んでしまう。
「……このような者はこの町だけでなく、王都にも、他の町にも、そしてきっと我が領にもいることでしょう」
「そうだな……」
ラウドや王都に残してきた警護兵隊副大隊長であるルベラはすべての兵たちの経歴に目を通してはいるが、王宮へ仕官した者の訓練地まで把握していたり覚えているかは怪しい。
実際、王都のターランド邸の警護兵に採用した者の中にアーウェンを覚えていた者がいた。
これから領地までの旅程で通過する村や市などにも、やはりアーウェンを甚振った者やそれを嘲笑って見ていただけの者もいるかもしれない。
だからといって、せっかく王都を出たアーウェンを馬車の中に閉じ込めておくなど、赤の他人のために行動を制限するつもりはラウドにはなかった。
「……旦那様」
「す、すまん……つい……」
後方支援部隊として魔術を駆使できるターランド伯爵家は同位の中でもかなり裕福であるが、どんな性質の紙でも手に入れるにはそれなりの苦労がある。
「いえ…おそらくこうなるのではないかと思い、あと数部は書き写しを作っております。おかげさまで複写術を訓練させるのに役に立ちました」
「すごいな!」
取り調べた人数は自衛団の幹部クラスの者が五名、話を聞かされてなぜか暴力行為に到った者十八名、下っ端で同じように幼児たちを甚振った者が三名の二十一名分だが、訓練と称してずいぶんと作成したらしく、積んである紙束は十山を超える。
「魔術師長殿にご同行いただき、様々に使える魔術をご指導いただけるので、領地でも便利に使えそうです。旦那様が落ち着いて読めるようになるまで破っていただいても大丈夫でございます。このように王都に近い町であるのに、特産物として売り出してもいいくらいの紙産業の技術があるので、こうやって多少質の落ちた物がかなり安く手に入るんです」
「ほう……そんな物があったのか……おかしいな?王宮ではデビニアン町産の紙など見たことが無いが?」
「詳しくは聞いておりませんが、どうやらかなり質の良い物は隣国への輸出物として徴収されているようです。逆に安価となってしまうほど質が落ちるものは王都内でも平民街の末端でしか売り捌けないため、ほぼこの町限定でしか取り扱っていないと……」
「徴収…ということは、正規の収入には繋がらないではないか!それではこの町も発展のしようが……」
「確かに……発展させたくない貴族がいらっしゃると、勘繰りたくなります」
「まさか……とは言えんなぁ。ログナスは武力バカであるが、ジェナリー嬢は昔から勉学においては文官志望の者すら凌ぐほどの博識と好奇心を持たれた女性だった。彼女の才覚があれば、この町がもっと豊かになっていいはず。嫉妬する輩がいてもおかしくはない……か」
この地の発展に対して口出しをするのは血縁関係のない貴族としてはあまり褒められた行為ではないが、せめて他山であっても石をどける方法を一緒に探すのは旧友として当然だろう。
今目の前にある義息子への仕打ちに対しての処罰が済んだら、そちらを手掛けるのも悪くないと思いつつ、また新しい書類を手にした。
結果として二十一名分の供述が二回ずつ破られ、だいぶ怒りは発散された。
だが何度読んでも、幼子に対して行うような行動ではないという思い自体が目減りすることはなく、ログナスに見せていいものかと、ラウドの方が悩んでしまう。
「……このような者はこの町だけでなく、王都にも、他の町にも、そしてきっと我が領にもいることでしょう」
「そうだな……」
ラウドや王都に残してきた警護兵隊副大隊長であるルベラはすべての兵たちの経歴に目を通してはいるが、王宮へ仕官した者の訓練地まで把握していたり覚えているかは怪しい。
実際、王都のターランド邸の警護兵に採用した者の中にアーウェンを覚えていた者がいた。
これから領地までの旅程で通過する村や市などにも、やはりアーウェンを甚振った者やそれを嘲笑って見ていただけの者もいるかもしれない。
だからといって、せっかく王都を出たアーウェンを馬車の中に閉じ込めておくなど、赤の他人のために行動を制限するつもりはラウドにはなかった。
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