その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

伯爵夫人は子供時代を思い出す ③

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成長は続く。
レーシャムはあの後どうしたのだろう──ヴィーシャムとラウドがターランド伯爵領の邸で行った婚姻の日、あの子は姿を見せなかった。
いや、妹だけでなく、父も、三人の兄も。
参列したのはその五人を除くガミス子爵家の前当主である祖父母やいとこ、その両親、ヴィーシャムの母であったと記憶している。
むろん魔力や魔術を尊び、血で結ばれた分家たちも集まり、幾組かの婚姻もまとまって今に至る。
どうしてあまり強くはないとはいえ、治癒魔術を扱える魔力を持った妹があの場にいなかったのか──いれば、きっと良い縁をいただけただろうに。
「姉さんは狡いわ。なぜ、姉さんがラウド様に望まれるの?単に扱いきれない魔力を持ってるからって……ラウド様に何かあった時に助けることもできない、役立たずなのに!」
ヴィーシャムが着る結婚の衣装とよく似たドレスを纏った妹が、今まで見たこともない形相で叫んで──霧が晴れるように姿が崩れながら消えた。

「おかーしゃま!」
レーシャムの幼い頃とよく似た──でも、もっと美しい金髪の、可愛い幼い子が手を伸ばす。
これは
「エレノア………」
「おかーしゃま!みて!おにーしゃまと、おにーしゃまよ!いいでしょ?のあと、おにーしゃまと、おにーしゃま…がいるから……だから…泣かないで……お母様……」
エレノアが兄と義兄、それぞれと手を繋いで、一歩ずつ近づく。

ああ……将来のあなたは、こんなに美しく成長するのね。

今の子供たちよりたぶん五年ほど成長した姿の三人の後ろには、夫であるラウドと、一歩引いた位置にカラ、ロフェナ、バラット、ルベラ──たくさんの邸の者たちが微笑んでいる。
「……これが現実なら、どんなに幸せかしら」
「良い夢をご覧になられましたか?」
ホッと息を吐き出すと、聞き慣れた声が寝室の隅から聞こえて、目が覚めたことをヴィーシャムは知った。
重苦しかった夜中の目覚めと違い、気分がかなりスッキリしている。
あまり夢見が良かったとは思えないのに、頭痛も治まり、何より気持ちが晴れているのが不思議だ。
ずっと見ないようにしていた妹の、ラウドへの横恋慕という過去が記憶の中で生産されているのに気がつき、ヴィーシャムは思わず苦笑する。
「ええ……そうね、良い夢だったみたい。でも…どうして……?」
「ほほ……お休みになる前に、朝にアーウェン様にお出しするというスープをエレノア様からいただいたためでは?」
そういえば、そんなことがあった。
寝酒を嗜む習性はないのだが、酒入りの紅茶を飲みながらアーウェンがまた深い眠りに落ちてしまったことを思い悩んでいたのを見て、エレノアがカラと作ったスープを大事そうに持ってきてくれたのである。
温かいスープは優しいミルク味で、兎型の魔物を使うというこの町独特の料理をカラが穀物を少し入れて腹持ちを良くしたものだった。
「そうね……私が『魔力入りのスープを飲んでみたい』と言ったのを、ふたりとも覚えていてくれたのよね」
当然伯爵夫人ともなれば、出すものは作り手も材料も吟味されるため、ほぼアーウェンの専属料理人という立場となっているカラの料理を口にしたことはない。
だが今は『当たり前の日常』ではないからと、遅い時間だったのにも関わらず、エレノアがカラを引き連れて来てくれたのに驚きながらも喜んだ。
そしてそのスープをひと匙ずつ食べるのをエレノアはキラキラした目で見つめ、一滴も残さずヴィーシャムが飲み干すまで息を詰めていたカラがホッと溜め息をついたのである。
「あれは美味しかった…けれど……あれ、が……もしかして……?」
気がつかなかった心の澱。
見ないようにしていた家族の軋轢。
忘れようとした父や兄たちの異質を見る目。
それらが驚くほど心の中から消えてしまっているのだ。
「アーウェンの今の眠りは、呪いによる揺り戻しではなく、カラとエレノアの力による解呪……?」
ヴィーシャム自身が気付かなかった呪いとも言える、血を分けた兄妹からの恨みや妬み、父が抱いていた筋違いな怒りが、あのスープを飲んだことで揺り起こされ、霧散し、『今の幸せ』と置き換わったのだと、なぜか理解できた。
それは理屈を超えた、ヴィーシャムとエレノアの血の繋がりゆえかもしれない。

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