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第一章 アーウェン幼少期
少年は領地に旅立つ ②
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ふかふかの座面に座り、ゆらゆら揺れるのは不思議な気分だった。
そしてデレデレと溶けそうな顔をしたラウドは、今まで先を越されていたすべてを取り返すかのように、アーウェンに美味しいお菓子やら冷たい果実水を与え、時々自分の膝の上に乗せて窓の外を見せ、寒くはないか暑くはないかと世話を焼いてくれる。
これは──まさか、夢?
サウラス男爵家に産まれてからの数年間、自分の歳も知らず、ひとつ上の兄に命じられてそれをこなしても褒められなかったのにただただ敬愛していた。
ほとんど会ったことのない次兄という人と、自分で服を着替えれるようになるまでは怒鳴りつけながらも着せてくれていた三番目の兄だという人は、笑ってくれたことはないけどとにかく黒っぽく薄いパンのような物を投げてくれた。
同じ季節になると違う家に行って、朝が七回来る間だけ一緒に朝ご飯を食べた長兄という人は触ることを嫌がっていたが、その人の奥様は悲しそうな顔をして二回飴をくれた。
その家の周りは緑だらけで、男爵家とは違って外に出てもよかったのが嬉しかった。
大人たちがいっぱいいて、投げ飛ばされたり蹴飛ばされたりしたけど、父もそうしていたから、自分はそうされるものだと思っていた。
父と違って、大人たちは笑った。嗤った。
嗤いながら、木の棒で殴った。蹴った。投げた。
母は寝ている時だけ頭を撫でてくれる時はあったけど、起きている時は笑わなかった。
通ってくるおばさんがなぜか苦しそうな顔をして『かみさま』という知らない人の名前を呼んで、熱で震える手を握ってくれた。
「あいされないなんて、かわいそう」
あいって、なに?
かわいそうって、なに?
いつもと違う服を着て、立派な家に行った。
「ご主人様には逆らわず、自分が底辺だということを忘れず、憐れまれ、気に入られて、お前は家に金を持って来い。お前がもらう給金は全部、父である私の物だからな!フン……『養子』だと?奴隷を買い入れるには志がご立派過ぎるってか!何がターランドだ……魔力も持たないサウラス男爵家の中でも恥晒しを寄こせなどと……おかげで妻を説得するにも時間がかかってしまった……ああ、うちの奴隷を寄こせなど……まあ、その辺の高級奴隷を買うよりも高い金をくれたからいいが……どうせ嬲り尽くすだけだろう……こんなやつ……」
父がブツブツと呟く言葉の半分も聞き取れず、そしてほとんど理解もできないまま、見たこともない生まれて初めての馬車は人がたくさんいて、父は小さなアーウェンの身体が潰れても構わないというように壁際に押しつけ、自分はその上に寄りかかった。
いつものように薄い重湯だけだったから吐かずに済んだが、揺れはひどくてアーウェンはグラグラするまま馬車から引きずり降ろされ、生まれて初めて見る外の景色を楽しむこともできずに立派な人たちがいる広い家の玄関に入った。
「こんにちは。おにいしゃま。えれのあでしゅ。三歳でしゅ」
そうして、初めて『義妹』に出会ったのだ。
そしてデレデレと溶けそうな顔をしたラウドは、今まで先を越されていたすべてを取り返すかのように、アーウェンに美味しいお菓子やら冷たい果実水を与え、時々自分の膝の上に乗せて窓の外を見せ、寒くはないか暑くはないかと世話を焼いてくれる。
これは──まさか、夢?
サウラス男爵家に産まれてからの数年間、自分の歳も知らず、ひとつ上の兄に命じられてそれをこなしても褒められなかったのにただただ敬愛していた。
ほとんど会ったことのない次兄という人と、自分で服を着替えれるようになるまでは怒鳴りつけながらも着せてくれていた三番目の兄だという人は、笑ってくれたことはないけどとにかく黒っぽく薄いパンのような物を投げてくれた。
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その家の周りは緑だらけで、男爵家とは違って外に出てもよかったのが嬉しかった。
大人たちがいっぱいいて、投げ飛ばされたり蹴飛ばされたりしたけど、父もそうしていたから、自分はそうされるものだと思っていた。
父と違って、大人たちは笑った。嗤った。
嗤いながら、木の棒で殴った。蹴った。投げた。
母は寝ている時だけ頭を撫でてくれる時はあったけど、起きている時は笑わなかった。
通ってくるおばさんがなぜか苦しそうな顔をして『かみさま』という知らない人の名前を呼んで、熱で震える手を握ってくれた。
「あいされないなんて、かわいそう」
あいって、なに?
かわいそうって、なに?
いつもと違う服を着て、立派な家に行った。
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父がブツブツと呟く言葉の半分も聞き取れず、そしてほとんど理解もできないまま、見たこともない生まれて初めての馬車は人がたくさんいて、父は小さなアーウェンの身体が潰れても構わないというように壁際に押しつけ、自分はその上に寄りかかった。
いつものように薄い重湯だけだったから吐かずに済んだが、揺れはひどくてアーウェンはグラグラするまま馬車から引きずり降ろされ、生まれて初めて見る外の景色を楽しむこともできずに立派な人たちがいる広い家の玄関に入った。
「こんにちは。おにいしゃま。えれのあでしゅ。三歳でしゅ」
そうして、初めて『義妹』に出会ったのだ。
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