61 / 409
第一章 アーウェン幼少期
少年はみんなに癒される ④
しおりを挟む
呼ばれた総隊長殿は、驚くほどの早さで駆けつけてきた。
──まさか、早朝訓練を見ようと兵舎近くまで来てたのか?
ルベラは「どうやってアーウェンをこの部屋に運んだのか?」と聞かれませんように…と願いながら、神妙な顔を作って、ラウドの斜め後ろに控えている。
副総隊長のそんな心中になど気付かず、ラウドはくぅくぅと今は安らかな寝息を立てるアーウェンを覗き込み、起こさないように気遣いながらそっと青白い頬に触れた。
「……冷たいな」
「吐き気と眩暈は何とか治まったみたいなのですが、体温がなかなか上がりません。かといって温めようとすると、いきなり汗をかいて脱水症状になってしまう……今はカラが作った常温でも飲めるスープを布に含んで少しずつ吸わせているぐらいしか……」
「いや、無理やり食わせるのは難しかろう。よく考えてくれた」
「ハハ…あんまり経験したくはなかったんですが、知識だけの頭でっかちになるより、先の討伐で負傷兵の面倒を見たのが良かったですよ。あの時は高熱での脱水症状でしたが、まあ吐き過ぎても脱水にはなりますからね」
総隊長に褒められたルベラは気恥ずかし気に頭を掻いたが、すぐに真面目な顔に戻って、逆に尋ねる。
「そいで総隊長。坊ちゃんの様子は……?」
「うむ……エレノアの加護の力で頭蓋の中にあるという蔓状のものも取り除けないかと考えてはいるが、どうにもまだ魔力を安定して使えぬ。おそらくアーウェンのこの姿を見せれば、先のように力が顕現するとは思うが……その際はまた極限まで力を使い果たしてしまいかねん」
うぅむ…と大の男ふたりが解決策を考えるが、ラウドは医療よりも身体強化で敵を凌駕する突撃タイプの魔術系が得意で、ルベラはそういった魔術を受ける側で本人はほぼ魔力も魔術の知識もない。
答えなど出ようもないのは明らかで、魔術師はとにかくアーウェンの頭痛を緩和することだけに魔術を施すことにして、ふたりは放置しておくことに決めた。
「おにいしゃまぁ~!おにいしゃまぁ~!あうの~!のあがいいこしゅるのぉ~~~!!」
体力も気力も使い果たしてやっと眠ったアーウェンを本邸に移動させることが憚れると、今晩は父や母とだけの夕食だと知ると、エレノアは泣いて暴れて、あげくには兵舎へ突撃しようとして複数の侍女に挟まれるように抱きしめられてしまう。
「おかあしゃまぁ~~~!のあ~~~!いぐぅのぉぉぉぉ~~~~~!」
ビェェェェ~~ッと甲高い泣き声は吹き抜けの玄関に響いたが、今はエレノアの魔力を温存させると共に、多少はアーウェンに休息させて自力で体力を回復させねばならない。
幼い娘にどうやってそのことを説明しようかとラウドは考えるが、なかなかいい言葉が浮かばない。
「あ……あの……だ、旦那様……」
どう手を差し伸べればいいのかわからないと悩むラウドに対して、そっと後ろから声を掛けてきたのはなぜか鍋を持ったカラだった。
「どうした?というか……それは何だ?」
「あ。これはアーウェン様にお持ちしようと思うスープなんですが……エレノア様が落ち着いたら、少し魔力を分けていただけないかと」
「エレノアの?」
「はい」
コクンと頷くカラに考えがあるらしいと思い、続きを話すようにと促す。
「エレノア様が直接アーウェン様に魔力を注ぎ込むのは、ひょっとしたら……危険かもしれません」
「危険?」
「アーウェン様が倒られた原因が頭蓋の内側にあるというのなら、無理やりそこに寄生する物を取り除くと、最悪のことがあるかもしれません。その……あの……オレ…私の母の……」
「うん」
「い、一緒に働いていた人が、その……お客に変な物を耳から入れられて、やっぱり頭に寄生されたんです。そん時は虫だったんですが……魔術医師が魔力を流して引っ張り出そうとしたんですが、その……ちょっとヤバいことになってしまって……」
「……命の危険があると?」
カラは苦しそうな顔をして、その言葉に頷く。
相手をしていた女はその時一命は取り留めたものの、意識不明のまま寝たきりになって、半年後に息を引き取った。
だがそこまで説明することは、聞いていないだろうとは思っても、幼いエレノアの前ではしたくない。
──まさか、早朝訓練を見ようと兵舎近くまで来てたのか?
ルベラは「どうやってアーウェンをこの部屋に運んだのか?」と聞かれませんように…と願いながら、神妙な顔を作って、ラウドの斜め後ろに控えている。
副総隊長のそんな心中になど気付かず、ラウドはくぅくぅと今は安らかな寝息を立てるアーウェンを覗き込み、起こさないように気遣いながらそっと青白い頬に触れた。
「……冷たいな」
「吐き気と眩暈は何とか治まったみたいなのですが、体温がなかなか上がりません。かといって温めようとすると、いきなり汗をかいて脱水症状になってしまう……今はカラが作った常温でも飲めるスープを布に含んで少しずつ吸わせているぐらいしか……」
「いや、無理やり食わせるのは難しかろう。よく考えてくれた」
「ハハ…あんまり経験したくはなかったんですが、知識だけの頭でっかちになるより、先の討伐で負傷兵の面倒を見たのが良かったですよ。あの時は高熱での脱水症状でしたが、まあ吐き過ぎても脱水にはなりますからね」
総隊長に褒められたルベラは気恥ずかし気に頭を掻いたが、すぐに真面目な顔に戻って、逆に尋ねる。
「そいで総隊長。坊ちゃんの様子は……?」
「うむ……エレノアの加護の力で頭蓋の中にあるという蔓状のものも取り除けないかと考えてはいるが、どうにもまだ魔力を安定して使えぬ。おそらくアーウェンのこの姿を見せれば、先のように力が顕現するとは思うが……その際はまた極限まで力を使い果たしてしまいかねん」
うぅむ…と大の男ふたりが解決策を考えるが、ラウドは医療よりも身体強化で敵を凌駕する突撃タイプの魔術系が得意で、ルベラはそういった魔術を受ける側で本人はほぼ魔力も魔術の知識もない。
答えなど出ようもないのは明らかで、魔術師はとにかくアーウェンの頭痛を緩和することだけに魔術を施すことにして、ふたりは放置しておくことに決めた。
「おにいしゃまぁ~!おにいしゃまぁ~!あうの~!のあがいいこしゅるのぉ~~~!!」
体力も気力も使い果たしてやっと眠ったアーウェンを本邸に移動させることが憚れると、今晩は父や母とだけの夕食だと知ると、エレノアは泣いて暴れて、あげくには兵舎へ突撃しようとして複数の侍女に挟まれるように抱きしめられてしまう。
「おかあしゃまぁ~~~!のあ~~~!いぐぅのぉぉぉぉ~~~~~!」
ビェェェェ~~ッと甲高い泣き声は吹き抜けの玄関に響いたが、今はエレノアの魔力を温存させると共に、多少はアーウェンに休息させて自力で体力を回復させねばならない。
幼い娘にどうやってそのことを説明しようかとラウドは考えるが、なかなかいい言葉が浮かばない。
「あ……あの……だ、旦那様……」
どう手を差し伸べればいいのかわからないと悩むラウドに対して、そっと後ろから声を掛けてきたのはなぜか鍋を持ったカラだった。
「どうした?というか……それは何だ?」
「あ。これはアーウェン様にお持ちしようと思うスープなんですが……エレノア様が落ち着いたら、少し魔力を分けていただけないかと」
「エレノアの?」
「はい」
コクンと頷くカラに考えがあるらしいと思い、続きを話すようにと促す。
「エレノア様が直接アーウェン様に魔力を注ぎ込むのは、ひょっとしたら……危険かもしれません」
「危険?」
「アーウェン様が倒られた原因が頭蓋の内側にあるというのなら、無理やりそこに寄生する物を取り除くと、最悪のことがあるかもしれません。その……あの……オレ…私の母の……」
「うん」
「い、一緒に働いていた人が、その……お客に変な物を耳から入れられて、やっぱり頭に寄生されたんです。そん時は虫だったんですが……魔術医師が魔力を流して引っ張り出そうとしたんですが、その……ちょっとヤバいことになってしまって……」
「……命の危険があると?」
カラは苦しそうな顔をして、その言葉に頷く。
相手をしていた女はその時一命は取り留めたものの、意識不明のまま寝たきりになって、半年後に息を引き取った。
だがそこまで説明することは、聞いていないだろうとは思っても、幼いエレノアの前ではしたくない。
6
お気に入りに追加
783
あなたにおすすめの小説
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
妹が聖女に選ばれたが、私は巻き込まれただけ
世渡 世緒
ファンタジー
妹が聖女として異世界に呼ばれたが、私はどうすればいいのか
登場人物
立川 清奈 23歳
涼奈 14歳
王子
ルバート・アッヘンヴル
公爵家長男
クロッセス・バルシュミード26
次男
アルーセス・バルシュミード22
三男
ペネセス・バルシュミード21
四男
トアセス・バルシュミード15
黒騎士 騎士団長
ダリアン・ワグナー
宰相
メルスト・ホルフマン
どうやら私は異世界トリップに巻き込まれてしまったようです。
玲藍
恋愛
私、桜坂神無15歳はこの春からビバ!高校生活!となる筈が異世界トリップに巻き込まれてしまったようです。
私は関係ないから元の世界にー。と思ったら帰れないそうです。どうしましょうかね。
※登場人物紹介 更新日 2017/09/25
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる