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第一章 アーウェン幼少期

少年はみんなに癒される ①

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義両親とはディナーは共にすることがほとんどだが、朝食は早朝鍛錬の後に兵士たちと、そして昼食はエレノアと一緒の時が多い。
今も『子供たちだけで食事をする場所』と決められた小さめのダイニングルームでアーウェンはエレノアと一緒に、カラに給仕されながら昼食を摂っていた。
アーウェンの魔力回路は現在のところ安定して身体中を巡ってはいるが、やはり生粋のターランド家の者に比べると十分の一ぐらいかもしれず、むしろカラの方がターランド家所属警備兵の第六部隊の入隊条件を満たすほどの魔力の持ち主である。
しかしそのカラが食事の様々に混ぜる魔力の馴染み具合が良くて、無理やり引き離すことは無益なことだと、カラが常々言っている『アーウェン専属従者』の希望はほぼ通る予定だ。
「……ごちそーさまでした」
「っした!」
アーウェンがパンッと柏手を打って食事の終わりを告げると、一緒に昼食を摂っていたエレノアも小さな手をパチンと合わせて舌ったらずに合わせ、ふたりは顔を見合わせてふふふと笑う。

この挨拶は本来ウェルネスト王国の風習ではなく、海の向こうにある小国のひとつで使われているものだ。
警備兵の中に曾祖父世代で一族ごと亡命してきた貴族の末裔がいて、代々その国の文化習慣を忘れないようにと受け継がれてきたものを教えてくれた。
由来は『身(実)をもって、我が命を救う。生あるものを差し出す無念を、我が身において成仏せんことを。その命繋ぐよう我が命に…いただきます』の最後の句と対になった締めの句だという。
アーウェンは自覚していなかったようだが、『今日も生き延びた』と無意識に迎えていた夜のとばりと朝日に感謝するようなその気持ちを抱き、粗末な食事で命を繋いでいた生活があったからか、その食事の始まりと終わりの句を気に入って、本邸での食事の際も手を合わせるようになっていた。
エレノアは警備兵と関わることのない本邸住みだったので知らない風習だったが、アーウェンがこっそりと呟いた語句の聞き取れた部分だけを真似している。
しかもアーウェンは怒られて殴られない・・・・・・・・・ようにとこっそりと養父母に見られないテーブルの下で両手を合わせていたのも真似て、思いっきり自分の顔の前で手を鳴らした。
当然アーウェンは驚いたが、養父母はエレノアが行ったことの理由を聞き、真似されたアーウェンが上手く言えずにいたのをカラが説明し、『他家での会食やお茶会などでは行わないこと』を条件に、邸内での家族だけの食事時や兵舎内で教えてくれた警備兵と共に食事を摂る時は行ってよいと許可が出た。
「……いい…のですか………?」
「ん?アーウェンが気に入ったのだろう?他国の風習を良しとしない者も多いから、警備兵のすべての者に従わせるわけにはいかないし、ターランド伯爵家でも私たちは同調することはないが、我が家におけるアーウェンの『新しい仕来たり』にすればよい」
「そうね。そうやって文化風習は継がれ、融合し、新しい風習になるのだもの。あなたたちがお父様やお母様と同じ年頃になれば、また新しい言葉や習慣ができるでしょう。その時は今のお父様のお言葉を思い出して、頭ごなしに否定するようなことはしないように」
「は…い……」
「あい!」
エレノアが万歳をするように両手を勢いよく上にあげ、義兄の声をかき消すほどの元気良い返事をすると、食堂に穏やかな笑いが広がった。
だがアーウェン自身はそれどころでなく、義父と義母がそれぞれ自分が行った食事の挨拶に対して否定するどころか、暴力も暴言もなく、条件付きとはいえ承認してくれたことに思わず呆然とする。
その微妙な違和感を探ろうとすると、チクリとこめかみが痛み、アーウェンは思わず顔をしかめてしまった。

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