その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は成長を希望する ⑤

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そんなアーウェンの、そして伯爵本邸にいる住人皆の願いが届いたかのように、それからはカラが調理する料理を食べて肉付きは良くなり、骨も丈夫になって身長が伸び始めた。
「ああ、アーウェン様!すごいですよ!十日前からまた少し大きくなりましたよ!体重も……ああ、ちゃんと筋肉もついてきましたね」
「ふむ……お履き物も早めに手配しませんと。お召し物はまだリグレ様の幼少の物で間に合いますが、おみ足につきましては……」
「魔力量もだいたい順調に流れるようになったようですね。おそらくこれが現在、アーウェン様のお身体にちょうどよい配分かと思いますので、次回は基礎運動時に魔力を回す練習をいたしましょう!」
毎日のように魔術師たちがアーウェンの身体のあちこちを計測し、警備兵と共に運動する様子を観察し、カラの調理風景を克明に記録し、他人の魔力を摂取することによる影響を確認したり──アーウェン自身はちっとも大きくなったようには思えないのに、周囲にいる大人がなぜか目を潤ませながら楽しそうに話してくれるのを、よく理解できないまま頷きながら聞く。
そしてその結果はさっそく、真新しい上下に分かれたパジャマとなって現れ、アーウェンを戸惑わせた。
「え……これ……前のだって、まだ新しいのに……」
「いえいえ。そちらはもうアーウェン様のお身体に合いませんので新しい物を用意するようにと申し伝えていたのです。出来上がりが遅くなってしまいまして申し訳ございません」
それは今まで着た物と違いはないように思えたが、襟と袖の先に金色の帯が縫われ、『R.D.T』という頭文字が胸のあたりに刺繍されていた。
「昨晩までお召しになられた物は、少し前からお袖がわずかに足りておりませんでした。本日までのご成長の記録から旦那様が『ようやく新しい物を準備できる』とお喜びになりまして……このパジャマはリグレ様も幼い頃からお召しになられている物と同じ物でございます」
「義兄様と?!」
主人からの贈り物を受け取ってもらうために、ロフェナがアーウェンの喜ぶ『義兄と一緒』というワードをわざと付け加えると、困惑の色を浮かべていたその目がキラキラと輝いて笑みを浮かべた。

そうしてアーウェンが幸せそうにシャツの袖を撫でながら寝つくと、ロフェナはほっと溜息をついた。
現在いまが以前とは全然違う幸福なものだとしても、アーウェンが男爵家の末子だったことをすべて忘れてしまえるほど時間は経っていない。
今夜のパジャマ然り、練習用の木刀然り、足が大きくなって履けなくなってしまった靴然り──次々と新しい物を与えられるたび、アーウェンの目は悲しみと戸惑いと、そして貧困の末にわずかな施しを受けた者が見せる諦めきった喜びを浮かべる。
ロフェナはアーウェンを初めて子供部屋に運んだあの日のことを、永遠に忘れられないと感じていた。
とても翌日に八歳の誕生日を迎えるとは思えないほどの軽くて細い身体。
何度も繕われた跡のある、生地の薄くなってしまった服。
少女が履く擦り切れた靴を与えられてもおかしいとも思わなかったに違いなく、とりあえず間に合わせの寝着を着せようと衣服も靴も脱がせば、かかとは靴ずれのために皮がめくれて血が滲み、本当に縫い繕われた粗末な下着は満足に洗われてもいなかった。
気を失ったままのアーウェンは熱めの湯で絞った手拭いで身体を拭かれても身を捩ることはなく、柔らかく大きなタオルの感触に安心したのか、そのまま寝入ってしまったのである。
ロフェナはまるでこのままミイラにでもなってしまいそうなその小さな身体を思わず抱きしめてしまったが、何か呟く声を聞いて顔を上げると、アーウェンは眠ったままほんのわずかに泣いていた。
あの時と比べるとほんの十ヶ月ほどではあるが、今ベッドの中にある寝顔の安らかさはなんという違いだろう。
「……あなたはどんな暮らしをされていたのでしょうか?私は……あなたをリグレ様の幼い頃のように、幸せにお育てして差し上げたい……」
その呟きは誰にも聞かれず、そして今後はカラにその役目を渡そうとしているのが少し寂しいと感じていた。
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