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第一章 アーウェン幼少期

伯爵家は混乱する ③

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「え……?」
「……鼠か?」
「迂闊でございました。よもや、伯爵家に潜りこむなど……まさか男爵家の者だとは思えませんが」
気持ち悪い──伯爵と執事が共有し、夫人が口にしたその言葉を、今はサロンにいる者すべてが感じている。




******




…………ヂッ。
舌打ちのような音を立てて一本の糸が焼き切れると、嫌な匂いと共に目鼻のない人形がぼとりと床に落ちた。
本来ならあの場所・・・・にいるのは、自分だったはず──なのに、なぜ自分はまだこんな臭い所にいて、あいつは傅かれている?

間違っている。
間違っている。
間違っている。
間違っている。
間違っている。
間違っている。
間違っている。
間違っている。
間違っている。
間違っている。
間違っている。
間違っている。

醜く歪む顔つきで漏らす、暗い呪詛の声を聞く者はいなかった。




******




厨房で突然泡を吹いて倒れた少年は、一命を取り留めた。
首に細い糸のようなものが巻き付いたような跡があり、それを掻きむしるようにしながら倒れた瞬間、側にいた給仕メイドのひとりが治癒魔法をかけたおかげである。
そこまでは良かった──
「……記憶が、ない?」
「はい」
厨房や掃除、洗濯などの下位使用人をまとめる第二執事長と同じく第二侍女頭が揃って、伯爵夫妻の前に立つ。
雇い入れた経緯になった推薦書や経歴書、職歴などに間違いがないことはいろいろと調べ尽くしていた。
勤め始めて半年ほどだが、同時期に庭師と執事見習い、メッセンジャーなどと合わせて十名ほど雇い入れたうちのひとりだと記憶している。
今はまだ厨房での調理どころか、野菜を洗ったり屑を捨てたりといった下働き役だが、後々はメインホールでの給仕頭になりたいという意欲的な少年で、当番制ではあるが給仕補助として家族の食事時間に就かせることもあった。
ふたりは家令であり伯爵当主専属執事であるバラットに促され、それぞれが聞き取ったことを報告する。
「二時間ほどして目が覚めましたが、自分がなぜここにいるのかと尋ねました。いくつか質問いたしましたが、ちょうどこちらに勤めることが決まって実家へ荷物をまとめに行った頃からの記憶がないと……ただし自分の名前や両親のこと、以前の奉公先である食堂のことは覚えておりました」
「ちょうど同じ時間に食事を摂っておりましたメイドが治癒魔法を使えたために治癒いたしましたが、口から溢れる泡の間から灰色の煙がひと筋昇ったように見えたと申しますが、ほんの微かだったため見間違いかと思い、何らかのまじないにかかっていた可能性は考えなかったということです」
「泡……煙……そして、首の跡、か……」
何か聞いたことがあるような気がしたが、ラウドはとりあえず決めねばならないことに意識を集中する。
「リグレには先日の給仕は見習いであったと伝えよ。しばらくは養生させ、今後は本邸ではなく警護兵の宿営厨房にまわせ。ただし、アーウェンがあちらで食事をする際には、いっさい厨房に立ち入らせぬように」
「もしや、彼の者が……?」
「これでアーウェンの体調や栄養摂取による成長が認められれば、更なる調査を心得よ」
「はっ!」
ラウドが命じると、バラットと第二執事長が胸に手を当てて承る。
「メリア」
「はい」
代わって伯爵夫人が第二侍女長に命じた。
「その少年にはいつもより多めに沐浴を。その際に治癒魔法を掛けなさい。何らかの印が現れた場合にはすぐにバラットに報告なさい」
「畏まりました」
その命の効果はすぐに現れた。

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