33 / 411
第一章 アーウェン幼少期
伯爵家は混乱する ①
しおりを挟む
ターランド伯爵家は豊潤な魔力を持つ者が生まれやすい家系だ。
現在の当主であるラウドだけでなく息子のリグレもその魔力を活かして、在学している王都貴族院では戦術的魔術研究分野を学ぶべく、優秀な成績を修めている。
代わりに騎士科に所属するほどの力量のある者を輩出したことはなく、いずれはその方面に縁を作るために、騎士爵を持つ縁故から養子を得るのは予定路線だった。
それが金銭的手段で話がつきそうなサウラス家だったのは幸いだったが、希望に叶う才能がありそうだったのが、虐待され続けて隠されてきた末子だというのは皮肉である。
「せめてもは手遅れになる前に、我が伯爵家に取り込めたのは幸いだった。さもなければ、エレノアの婚約者にでも期待をかけるしかなかったが……それでは時間がかかりすぎる」
「あの子は……それほどまでに?」
「わずか二歳ほどで簡単な型を覚えたらしい。他に楽しみがなかったからとはいえ、短剣でもしっかりと構えられるなぞ、将来を楽しみにしても仕方なかろう?面白半分に狩ったウサギの血抜きまで見せたというのは、鬼畜な所業だがな」
「……面白半分?ですが父上。サウラス領の村では確かに家畜を飼う酪農家もいたと思いますから、『屠殺される家畜を見た』の間違いではないのですか……?」
リグレも今のアーウェンと同じ八歳の頃にターランド領だけでなく、親類縁者の領地も視察がてら父に連れて行ってもらったこともあり、もちろん食肉や毛皮を取るために処理される家畜も見せてもらった。
それは無理やりではなく、きちんと生きることに必要な仕事だと理解したうえで、命が屠られる場をしっかりと目にしたのである。
さすがに二歳の幼児にそんな経験をさせるのもどうかとは思うが、農業が主な産業である質素な村ではあまり珍しくもないはずだ。
「ウサギだよ。罠にかかって苦しむのを生きたまま毛皮を剥ぎ、耳や四肢を落し……わざと残酷に切り刻むのを見せて、誰が一番あの子を泣かせるのかを競ったという手合いがいたらしい。国王にはもう報告済みだ」
「何てことだ……」
ギリッ…と歯ぎしりをしてリグレは報告書を握りつぶす。
「そんな連中のひとりが、恥ずかしげもなく我が警護兵に所属し、王都警護兵への推薦をもらおうとしていたなど……見破れなかった私も甘かったが、これで採用の際にどういう部分に目を向ければよいのかと、間違った人材を我が伯爵家から出すことにならずに済んでよかったと思おう」
もともと剣の腕は立っても魔力はずいぶん少ない人間だったため、いずれ推薦するにしても魔術での後方援護部隊ではなく、地方への警備部隊になるだろうと考えていた。
幼児への残酷かつ玩具にするような行動を報告した今となっては、同時期にサウラス領の駐屯していた者たち共々、明るい未来が待っているとは言い難い。
「先々代の王たちが起こしたいくつもの紛争や、小国への武力的統廃合の結果、未亡人や孤児が増え、その問題はまだ解決していない。確かに心に傷を負ったのは残された者たちだけでなく、関わった者たちもだ」
「だからと言って……」
「そうだ。だからといって、すでに終わった争いの傷を二歳児に負わせようと……しかも自分たちが愉しむためなぞ……」
男たちがそれぞれの内で怒りを滾らせかけていたが、パンッと手を打つ音がサロンに響いた。
現在の当主であるラウドだけでなく息子のリグレもその魔力を活かして、在学している王都貴族院では戦術的魔術研究分野を学ぶべく、優秀な成績を修めている。
代わりに騎士科に所属するほどの力量のある者を輩出したことはなく、いずれはその方面に縁を作るために、騎士爵を持つ縁故から養子を得るのは予定路線だった。
それが金銭的手段で話がつきそうなサウラス家だったのは幸いだったが、希望に叶う才能がありそうだったのが、虐待され続けて隠されてきた末子だというのは皮肉である。
「せめてもは手遅れになる前に、我が伯爵家に取り込めたのは幸いだった。さもなければ、エレノアの婚約者にでも期待をかけるしかなかったが……それでは時間がかかりすぎる」
「あの子は……それほどまでに?」
「わずか二歳ほどで簡単な型を覚えたらしい。他に楽しみがなかったからとはいえ、短剣でもしっかりと構えられるなぞ、将来を楽しみにしても仕方なかろう?面白半分に狩ったウサギの血抜きまで見せたというのは、鬼畜な所業だがな」
「……面白半分?ですが父上。サウラス領の村では確かに家畜を飼う酪農家もいたと思いますから、『屠殺される家畜を見た』の間違いではないのですか……?」
リグレも今のアーウェンと同じ八歳の頃にターランド領だけでなく、親類縁者の領地も視察がてら父に連れて行ってもらったこともあり、もちろん食肉や毛皮を取るために処理される家畜も見せてもらった。
それは無理やりではなく、きちんと生きることに必要な仕事だと理解したうえで、命が屠られる場をしっかりと目にしたのである。
さすがに二歳の幼児にそんな経験をさせるのもどうかとは思うが、農業が主な産業である質素な村ではあまり珍しくもないはずだ。
「ウサギだよ。罠にかかって苦しむのを生きたまま毛皮を剥ぎ、耳や四肢を落し……わざと残酷に切り刻むのを見せて、誰が一番あの子を泣かせるのかを競ったという手合いがいたらしい。国王にはもう報告済みだ」
「何てことだ……」
ギリッ…と歯ぎしりをしてリグレは報告書を握りつぶす。
「そんな連中のひとりが、恥ずかしげもなく我が警護兵に所属し、王都警護兵への推薦をもらおうとしていたなど……見破れなかった私も甘かったが、これで採用の際にどういう部分に目を向ければよいのかと、間違った人材を我が伯爵家から出すことにならずに済んでよかったと思おう」
もともと剣の腕は立っても魔力はずいぶん少ない人間だったため、いずれ推薦するにしても魔術での後方援護部隊ではなく、地方への警備部隊になるだろうと考えていた。
幼児への残酷かつ玩具にするような行動を報告した今となっては、同時期にサウラス領の駐屯していた者たち共々、明るい未来が待っているとは言い難い。
「先々代の王たちが起こしたいくつもの紛争や、小国への武力的統廃合の結果、未亡人や孤児が増え、その問題はまだ解決していない。確かに心に傷を負ったのは残された者たちだけでなく、関わった者たちもだ」
「だからと言って……」
「そうだ。だからといって、すでに終わった争いの傷を二歳児に負わせようと……しかも自分たちが愉しむためなぞ……」
男たちがそれぞれの内で怒りを滾らせかけていたが、パンッと手を打つ音がサロンに響いた。
19
お気に入りに追加
784
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる