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第一章 アーウェン幼少期
伯爵は先を越される ①
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結局その日のアーウェンは訓練を見学するどころか、一日いっぱい兵たちに可愛がられるだけ可愛がられ、厩に並ぶ馬を引き出して馬場で乗せてもらったり、宿舎内の水泳鍛錬場で初めて水に入ったり、とにかく『7歳の男の子が喜びそうな遊び』を堪能した。
隊員の多くが二十代前半から高等教育を終えた十八歳ぐらいの青年たちだったおかげで体力も十分にあり、自分の弟妹の幼い頃の頃を思い出したり、まったく栄養の足りていない痩せぎすな少年を元気にしたいと頑張ったせいでもある。
「……今日は祭りか何かだったか?」
同じ領地内とはいえ、伯爵家本館と鍛錬場との間には目隠しのために幾本もの大木が植えてあり、声は聞こえどもその動きは見えない。
「ロフェナがアーウェン様を本邸警備隊の朝の訓練を見学させるとのことでしたが……不届き者がいたため、その者を懲罰房に入れ、他の隊員たちがお慰めしているようでございます」
ターランド伯爵当主のラウドは、自分が少年だった頃から専任で仕えている執事長のバラットの言葉に、器用に片眉を上げた。
「数ヶ月前にサウラス男爵領の村から『警護兵を辞めて、王都の警備隊に応募しに来た』と突然現れた男です。アーウェン様のことをお調べするきっかけともなった…とも言えますが。男爵代理のロアン様からの推薦状も持ってきてはおりましたが……」
「ああ、あれか」
受け取った文書のすべてを覚えているわけではないが、さすがに養子として迎えるきっかけとなったあの書状のおおよそは覚えている。
『この者、サウラス領村では己の実力を発揮できぬと警備兵を辞退。王都警備隊への入隊を希望する。以上』
「……簡素にして明確、とでも言いたかったのか?呆れるほどに、何の経歴も書かれていなかったな……」
文書に記されたのは、名前の他にその一文のみ。
生まれも生年月日も、両親の名や学歴や従事歴すらも書かれていない、はっきり言って「推薦状」にすら値しないともいえる文書だった。
「旦那様はそれでもきちんとお調べになって、あの者を我が警備兵で訓練しようとなさってくださったのに……」
「訓練でのミスか?それとも、仲間との喧嘩か、乱痴気騒ぎでも起こしたのか?」
「それが……アーウェン様を侮辱したと」
いったいいつの間に報告を受けたのか──バラットは副隊長がアーウェンを大泣きさせ、それを宥めるために肩に担ぐように抱きあげて踊り出したことまでを残さず報告した。
「……なんと」
「まったく、無礼極まりない」
「いや……あの子を抱き上げるのは、俺が最初にしようと思っていたのに!クソッ!ルベラめ!!」
ラウドの怒りはもちろんアーウェンを『脳無し』と呼んだ男に向けられていたが、それとは別に嫉妬の炎を、自分の部下であるルベラに抱いた。
隊員の多くが二十代前半から高等教育を終えた十八歳ぐらいの青年たちだったおかげで体力も十分にあり、自分の弟妹の幼い頃の頃を思い出したり、まったく栄養の足りていない痩せぎすな少年を元気にしたいと頑張ったせいでもある。
「……今日は祭りか何かだったか?」
同じ領地内とはいえ、伯爵家本館と鍛錬場との間には目隠しのために幾本もの大木が植えてあり、声は聞こえどもその動きは見えない。
「ロフェナがアーウェン様を本邸警備隊の朝の訓練を見学させるとのことでしたが……不届き者がいたため、その者を懲罰房に入れ、他の隊員たちがお慰めしているようでございます」
ターランド伯爵当主のラウドは、自分が少年だった頃から専任で仕えている執事長のバラットの言葉に、器用に片眉を上げた。
「数ヶ月前にサウラス男爵領の村から『警護兵を辞めて、王都の警備隊に応募しに来た』と突然現れた男です。アーウェン様のことをお調べするきっかけともなった…とも言えますが。男爵代理のロアン様からの推薦状も持ってきてはおりましたが……」
「ああ、あれか」
受け取った文書のすべてを覚えているわけではないが、さすがに養子として迎えるきっかけとなったあの書状のおおよそは覚えている。
『この者、サウラス領村では己の実力を発揮できぬと警備兵を辞退。王都警備隊への入隊を希望する。以上』
「……簡素にして明確、とでも言いたかったのか?呆れるほどに、何の経歴も書かれていなかったな……」
文書に記されたのは、名前の他にその一文のみ。
生まれも生年月日も、両親の名や学歴や従事歴すらも書かれていない、はっきり言って「推薦状」にすら値しないともいえる文書だった。
「旦那様はそれでもきちんとお調べになって、あの者を我が警備兵で訓練しようとなさってくださったのに……」
「訓練でのミスか?それとも、仲間との喧嘩か、乱痴気騒ぎでも起こしたのか?」
「それが……アーウェン様を侮辱したと」
いったいいつの間に報告を受けたのか──バラットは副隊長がアーウェンを大泣きさせ、それを宥めるために肩に担ぐように抱きあげて踊り出したことまでを残さず報告した。
「……なんと」
「まったく、無礼極まりない」
「いや……あの子を抱き上げるのは、俺が最初にしようと思っていたのに!クソッ!ルベラめ!!」
ラウドの怒りはもちろんアーウェンを『脳無し』と呼んだ男に向けられていたが、それとは別に嫉妬の炎を、自分の部下であるルベラに抱いた。
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